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 訓練二日目。



 狸みたいな動物を蹴散らしながら森の中を進みつつ、休憩中ただ休んでいるのも勿体無いと言う事で、シンディーの薬草雑学講座が開かれていた。

 シンディーは歩いている途中に摘み取っていた植物を、平らな岩の上に並べる。

 それを眺めながらがら私達が地面に体育座りをしていると、紫色の毒々しい色をした植物を指さし。



「この草はエルヒルドと言って、あまり知られてはいないんだけど……別名『ホレホレ草』って言うの」



 ホレホレ草とは何ぞや? と聞けば、ホレ薬の元になる植物だと教えてくれる。

「そんな物、本当にある訳が無いじゃない」

 私とシリルがホレ薬なんてあるのかと驚けば、アシュレイが鼻で笑う。

 魅了の能力だったり、洗脳系の能力を持っている人の話なら分かるけど、植物だけで人をホレさせる事なんて出来ないと言う。



 しかし、シンディーは人差し指を振りながらチッチッチッと口を鳴らす。



「それが、出来るんだなぁ~。この、エルヒルドと対の植物――ムチチ、別名『ドキドキ草』があればね!」

 じゃじゃーん! と効果音を付けて手に持つ植物を見て、私達は一斉に上半身を引いた。

 どぶのような臭いの他に、見た目も蛍光オレンジに丸い白い斑点がある色合いをしていた。

 視覚にも嗅覚にも攻撃性がある。



 そんな物を使って本当にホレ薬になるのか……。



 鼻を抓みながら、毒薬の間違いじゃなくて? と確認すれば、失敬な! と怒られる。

「ホレ薬は薬学辞典にもきちんと製法が載っているし、安全性も確認されているんだから!」

 ただ、ホレ薬を作るのに必要な物は、この二種類の植物と薬師が使う専用の精製水だけなのに対して、製法過程が驚くほど面倒らしい。

 小さな小瓶ほどの量を一つ作るのに、ホレホレ草とドキドキ草を乾燥させたものを、約百キロも使うんだとか。

 使う量を集めるのにも一苦労するのに、それを作るのも更に大変だった。

 特殊な部屋でじ~っくりと煮込みながら、焦げないように常にかき混ぜないといけないらしく、少量のホレ薬が完成するまで三年も掛かるんだって。

 大変な思いをして出来上がったホレ薬は、素晴らしい効果を発揮するみたいだけど、持続時間はたったの一日だけ。



 それだから、誰も作りたがらないらしい。



 本当にホレ薬として色々な薬学辞典にも載っているらしいけど、載ってるだけで誰も作らない幻の薬と言われているんだとか。

 そりゃそうだろう……。

 ただ、数年に一度くらいのペースでホレ薬を作ろうと思う猛者がいるらしいけど、九割以上が途中で挫折するんだとか。

 残りの一割が奇跡的に完成させる事が出来るんだけど、出来上るのが小さな小瓶一つだけ。

 普通に「ホレ薬」として売ったとしても、高額だし、皆がアシュレイみたいな反応をするから、製作者は苦労して作ったホレ薬を街で売らなくなり――結果として巷には出回る事も無くなって、物語の中(それと薬学辞典)だけに登場する幻の薬として皆に知られる事になる。



 ちなみに、出来上がったホレ薬は誰の手に渡るのかと聞けば……いつも贔屓にしてもらっている貴族のお嬢様方との事。



 どこの世界の女の子も、ホレ薬には興味がそそられるみたいだ。

 それからも雑学は続き――治癒能力者が共に行動していない時に怪我をした場合に応急処置で使える薬草を教えてもらう。

 平らな石の上にぺんぺん草に似た葉がハート形の青い植物を置き、これでもかっ! ていうぐらい磨り潰す。

 そして、磨り潰した葉から出たベトベトした真っ青な液体を傷口に擦り込んで、包帯を巻けば止血にもなる。

 ただし、塗った瞬間は激痛が襲うらしい。



 そんな事を聞きながら、私達三人はシンディーがいない時は、なるべく怪我をしないように気を付けようと話し合っていたのだった。








 野戦訓練三日目。

 訓練開始から二日経ち、何度か魔獣とも戦ったりしていたけど何事も無く過ごす事が出来ていた。

 けれど、三日目の早朝にそれは起きた。



『ぎゃぁぁあぁ゛ぁ゛ぁ!?』



 森の中に突然響いた悲鳴に、寝ていた私達は飛び起きた。

 辺りはもう薄っすらと明るくなっている。

 急に起きたからなのか、痛む頭を抑えつつ何が起きたのかと聞けば、能力を使って辺りを見回していたアシュレイが一点を見ながら口を開く。

「あっちの方向で、誰かが魔獣に襲われてる」

 その言葉に、一瞬だけどうしようかと悩む。

 しかし、続けざまに聞こえた悲鳴にこの隊での発言権が強いシリルが助けに行こうと立ち上がる。

「アシュレイ、どんな魔獣? それに数は?」

「クルコックス、六体いる。数体はあちらの人達が倒してるみたい」

「……うげ」

 アシュレイの口からクルコックスの名前が出た瞬間、シンディーが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 分かるよ、私も同じ気持ちだもん。



 出来れば一生聞きたくない名前だ。



 私達は急いで荷物を纏めてからバックを背負い直し、辺りに危険がないか確認しながら走り出す。

「六体とはいえ、クルコックスなら僕の能力で動きを止められるな」

「どうやって助け出すの?」

「そうだね、まずは少し離れた位置から僕が植物を使ってクルコックスの足止めをするから、その隙に瞬間移動でルイが襲われている人達を助けてくれる?」

「それはいいけど、助け出したらどこに運べばいい?」

「もちろん、怪我をしているだろうから僕達の側へ。そうしたら、直ぐにシンディーに治してもらえるしね」

「シリル……ちょっと、何かおかしい」

「ん?」



 走りながら前方を見詰るアシュレイが、眉間に皺を寄せながら首を傾げる。



「どうしたの?」

「なんか……クルコックスが、強い」

「うん?」

 アシュレイの言葉に、一瞬皆の頭の中で、はてなマークが飛ぶ。

 どういう事?

「動きが倍以上早い。それに、知能はそんなに高くないはずなんだけど……動きに無駄が無くて、思った以上に統率が取れてる」

「それって、どういう……」

「分かんない」

 アシュレイも分からないらしく、首を振られた。

「それじゃあ、いつもより気を付けなきゃだめだな……アシュレイ、どう進めばいい?」

「このまま真っ直ぐ行くよりも、右左に分かれて囲い込んだ方が良いかも」

「分かった。じゃあ、アシュレイとルイが左から行って。僕がクルコックス達の動きを封じるから、その隙にルイ、アシュレイを連れて瞬間移動で襲われている生徒を助け出してもらえる?」

「了解!」

 走りながら作戦を立てていると、ちょっと待ってとアシュレイが口を挟む。

「シリル、あの人達の怪我……かなり酷い」

「そっか……じゃあ、急がないと。あまりにも血が流れていれば、血の匂いに引き寄せられた他の魔獣がやって来るかもしれないしね」

「治すのは任せて」

「――よし、それじゃあ作戦開始!」



 走りながら二手に分かれ、私達の救出作戦が始まった。

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