魔法学校のお姫様

七野りく

第1章

プロローグ ある春の日

 その日、学校に来ていたのは偶然だった。

 

 春休みだったので実家に帰ってみたものの、妹から散々邪険にされて嫌気がさし「まだ宿題が残っているから」と帰ってきてしまったのだ。

 

 ……既に宿題は終わっていたにも関わらず、である。

 

 帰って来たはいいものの――手持無沙汰。

 友人達と何処かへ行こうにも、みんなして予定あり。

 仕方なしに、学校の大図書館へ出向いた次第。

 遠くの空で、が気持ちよさそうに飛んでいる。うん、良い天気。


「やっほー姫様ー」

「あれ……姫、実家に帰ってたんじゃ?」

「お姫様、今日も可愛い~」


 部活に来ていた友人知人達へ挨拶しつつ、学内を移動する。

 ……まったく、何度何回「姫じゃないっ!」と言えば。

 目下、最大の悩みはそんなもの。

 平和である。良い事だ。


 読みたかった文献を借り、外へ出ると何やら歓声。

 ――魔法の実習場からだ。

 はて? 何かイベントがあるとは聞いていない。

 近づいてみると、黒山の人だかりが出来ている。

 

 ……み、見えない。


 平均身長に大分足りない自分の背が恨めしい。

 ぴょんぴょん飛び跳ねていると――突然、視界が開けた。む……。


「よ、姫」

「――拓海か。何の真似だ?」

「ん? 姫の背じゃ見えないだろうと思ってな」

「だからといって……何故肩車をする?」

「姫、飯ちゃんと食べてるか? ちょっと軽過ぎるな」

「……質問に答えろ。と言うかおーろーせー」


 肩の上で暴れるもののビクともしない。

 く……これだから体育会系は……。

 仕方なく、実習場に目をやると――二人の少女が戦っていた。

 一人は――黒髪が印象的なうちの委員長だ。もう一人は中学生?


「あの子は?」

「あ~今度入って来る新入生だってさ。見学してたらしいんだが……喧嘩を売ってきたんだとさ」

「ふ~ん。あ――まずいな」


 そうこうしている内に、委員長が追い詰められていく。

 中学生にしては中々見事な風魔法が実習場を荒れ狂っている――本気になれば負けないだろうに、躊躇してるな。

 ああ――負けた。


「……珍しいな、森塚が負けるなんて」

「そう? 委員長は初見だと慎重になり過ぎて駄目なんだよ。二度目はやたらめったら強くなるけどね」

「流石は姫。良く知ってるな」

「……あれだけ、何時もお説教されてれば」


 委員長を一瞥していた女の子が周囲に向かって叫んでいる。


『――全国屈指の魔法学校だと聞いていたのだけれど、とんだ虚仮脅しね。看板倒れもいいとこだわ。次は誰かしら? 少しは楽しませてほしいのだけれど』


 周囲からはざわつき。

 無理もない。あれで、委員長は学内でも上位に入る魔法士なのだ。

 ……拓海、何故前へ出ようとしている?

 そして、何故、人混みが左右に分かれていくんだ? 

 嫌な予感が……。


『どうしたの? まさか、誰も私に挑戦する人がいないなんて言わないわよね?』

『――ここにいるぞ!!』


 肩車をしたまま最前列に躍り出た拓海が大声で叫ぶ。

 ……何故、このタイミングで降ろす? 

 そのにこやかな笑みは――頑張れ、じゃない!!

 座り込んでいた委員長は動揺した表情。


「ひ、姫野! な、なんでここに!? じ、実家に戻ってたんじゃ……」

「……昨日、戻ってきた」

「貴女が次の相手――じゃないわよね? 幾ら私でもを相手には――」

「む――中学生に子供呼ばわりされる筋合いはない。それに」

 

 わざとらしく、くすくす、笑う。

 周囲からは何故か嬌声。

 ……誰だ。今、「可愛い」とか言ったのは!


「――君はボクに勝てない」

「なっ……い、言ってくれるじゃない……。そこまで言う以上、覚悟はあるんでしょうね?」

「君こそ、覚悟はあるのかな? 何処ぞのお嬢様みたいだけれど……目上に対する礼儀もなってないなんて……程度が知れる」

「……死にたいみたいね……」


 殺気立つ少女。

 委員長は心配そうな表情。頭を軽く、ぽん、として向き直る。


「君が負けたら、今日したことを謝るように」

「……幾らでも。貴女が負けたら、私の奴隷になってもらうわ」

「うわぁ……そんな単語を聞く機会があるなんて……中学校を……いや、幼稚園からやり直した方がいいよ?」

「…………」


 怒りで言葉も出ないらしい。

 なんというちょろさ……この子、よくこんなので世の中を渡ってこれたなぁ……。

 まぁいいか。取りあえず――委員長分位は虐めるとしよう。


※※※


「ひっぐ、ひっぐ…………」

「泣いても許しません。ボクは男女平等主義者です。さ、謝ってね」


 周囲の野次馬達からは『お姫様、えげつなーい』『姫、幾らなんでも……魔法を接近戦で完封するのは……』『少し位は見せ場を作ってあげろよー』『美少女虐待反対!』等々のブーイング。

 む、さっきまでこの子を敵視してたのに……仇を取った英雄に対する仕打ちがそれかっ!

 泣き続ける少女。はぁ、とため息。


「――分かった、分かった。取りあえずこれで終わろう」

「ひっぐ、ひっぐ……あ、あたしは、ひっぐ……ま、負けてないもん……!」

「はいはい。そこで見ている子、そろそろ引き上げてくれるかな?」

「!」

「それと――さっきからこっちに魔法を向けてる人達。何処の名家の人か知らないけれど――恥は知っておくべきと思うよ?」

『!?』

「護衛を名乗るなら――少しは礼儀作法を習わしておくように。さ、お仕舞、散った散った」


 野次馬たちが文句や「姫様、面白かったよー」「姫、またね~」「ドSなお姫様――イイ」誰だ、気持ち悪いことを言ったのは?

 無駄な時間を使った。

 帰って夕飯の支度をしなきゃ。帰ろっと。

 にやにや笑いをしている馬鹿拓海が手をあげていた――無視。

 ……今度、必ず仕返しするからなっ!

 委員長もこちらに微妙な視線を向けてきたので、軽く手を振る。

 その時だった。


「……待ちなさい……」

「ま、舞花ちゃん、もうやめなよぉ……」


 振り向くと、さっきまで大泣きしていた少女がこちらを睨みつけ、その付き添い? らしい少女があたふたしている。

 別段、止める義理もないので無視。

 確か、冷蔵庫の中には――


「ま、待ちなさいよっ!!」


 うるさいなぁ……ボクはこれから夕飯の支度と言う一大事があるというのに。

 溜息をつき、顔だけを向ける。


「何?」

「……貴女、名前は?」

「答える義務も義理も、まして教えたいとも思わないね」

「っ……!」


 冷たく言い放ち。歩き出す。

 流石にここまで言えば追っては来るまい。

 そして、ボクは夕飯に意識を集中し、彼女のことを忘れ去ったのだった。


 ――この時、きちんと名前を名乗っておけば良かった……、と幾度となく後悔することになるのはもう少し先のお話。

  

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