第4章
プロローグ
「う~美味しい~」
学校のカフェテリアで珈琲を飲みつつ、思わず呟く。浮き浮きしながら、プリンを一口。これまた美味しい♪ 身体を左右に揺らし、足をぶらぶら。
一連の騒ぎが収まり数日。ボクは平穏な日常を満喫している。
ここ数日は委員長や、月風、双神さん達も忙しいらしく、訓練は中断。着せ替えで遊ばれることもなく、今も一人だ。
雪姉や、月と華からは電話こそあれ、突然、拉致されることもない。はぁ、ここまで平和な日々を過ごしたのはいつ以来だろう。
誰かしら絡んでくるからなぁ……拓海も彼女さんといちゃいちゃするのに忙しいみたいだし。
時折、通りかかった子達が「あ、姫様だ!」「姫、この前、可愛かった~」「魔法少女の別バージョンは何時??」「今度、魔法教えてほしいかもっ!」「ズボンを、履いて、る!?」ボクは生まれた時から男です。あと、姫様、言わない。
うん、概ね平穏だ。平穏過ぎるくらいに平穏だ。あ、今日の夕飯は何を作ろっかな? 偶にはカレーとか?? でも、あれって一人で食べるには量がなぁ。
「姫野」
「!」
後ろから委員長の声。嗚呼……短かった……。
恐る恐る振り返ると、トレイを持った笑顔の少女。カップとケーキが載っている。
「や、やぁ、委員長。本日は御日柄も良く」
「ん? ああ、確かに良い天気だ。そこに座ってもいいか?」
「え? あ、う、うん」
「ありがとう」
自然な動作で向かい側に座る。隣ではなく、向かい側。……あ、あれ?
ゆっくりとカップを手にし一口。フォークを手に取った。
……は、はっ! そ、そうか、きっとこれから。
何事もなく、美味しそうに食べる委員長。あ、あれぇ??
「どうした、姫野。私の顔に何かついているのか?」
「あ、ううん。な、何でもないよ。あはは……」
「変な奴だ」
くすくす、笑う委員長。
…………おかしい。
普段なら、何だかんだボクをからかうか、構うか、束縛しようとしてくるのに。
罠、か?
周囲を探る――それらしい兆候無し。誰も潜んでいないみたい。ん~???
腕組みし、身体を左右に傾けつつ悩む。
「…………かわっ……ごふっ」
「? 委員長?」
「――……何でもない。少しばかり、気管に入ってしまった、だけだ」
「そ、そっか」
突然、委員長が顔を背け鼻と口を手で覆い、女の子らしからぬ音を立ててむせた。確かに誤飲すると苦しいよね。
どうやら考え過ぎみたいだ。
はぁ……身内や友達を疑ってかかるようになってしまうなんて……ボクの馬鹿っ。うん、やっぱり、人間関係は信頼することが基本だよね。反省。
取り合えず、目の前のまだ鼻と口を押えている委員長に微笑みかける。
「………………がふぁっ」
「い、委員長。だ、大丈夫?」
目を見開き、手の上に手を重ねた。
え、えっと、手の間に赤いのが見えるんだけど……血?
「おーこんな所にいたのか姫」
「! き、来たなっ、拓海! や、やっぱり、これは罠なんだろ? そうなんだろっ!?」
「? はぁ?? 何の話――おいおい、森塚、どうした? 顔が真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃねぇか」
「…………大丈夫だ。問題ない」
「そっか」
あっさりと流し拓海が空いている席へ腰かけた。
「いただき~」と一声。ボリュームがあるA定食をガツガツと食べ始める。
……あれぇ???
普段なら、何かしら、あれを着ろー、だの、髪形を変えろー、だの、化粧をしろー、とだの言ってくるのに。
委員長と拓海をもう一度確認。
……普通だ。委員長は両手を外さないけど。
嗚呼、やっぱり考え過ぎだったみたいだ。そうだよね。そろそろ、飽きたよね。良かった。ほんと……ほんとに良かった。
クラスの黒板に『姫に着せたい服候補一覧』が、毎日でかでかと書かれるのなんて普通じゃないもんね。どんどん増えてたし。
巫女服、ゴスロリ、欧風の民族衣装、御嬢様学校(※『御姉様』とか言いあってるやつ……らしい)etc.etc.。
取り合えず……一つとして男の子用がなかった。ゴスロリに関しては、図面も引いてたみたいだし。まぁこの前の騒ぎが終わった直後から、そういうのもなくなったんだけど。
クラスの子達も「姫・姫様・魔法少女!」とかって呼びはするけど、着せようとしたり、写真会を勝手に開催しようともしない
つまり――今のボクは遂に健全な男子高生の平穏を手に入れたってことか?
「――えへ」
「~~~~~っっっ!!!!」
「も、森塚、お、落ち着け。気持ちは分かるが落ち着くんだっ」
委員長が足で拓海を蹴っている。そろそろ、手を外せばいいのに。
両手を合わせて、身体を傾けにっこり。
振動。え? え?? じ、地震???
「うおっ! ……ったく、バレたらどうすんだ」
「? 拓海??」
「あー何でもねぇよ。地震だろ」
「そうだねー。えへへ♪」
「機嫌いいな。何かあったか?」
「ん~♪ だって、みんながボクで遊ばなくなったみたいだから、嬉しくて☆」
「…………頭は切れるのに、人を信じ過ぎる。悪い癖だぜぇ、姫ぇ」
「???」
「あーあー何でもねぇよ。ま、俺らも忙しいしな。毎度毎回、姫と遊んでやるわけにもいかないんだわ、これが。ま、今度またな」
「うん、もう二度と御免被る☆ よーし、それじゃね。今日は美味しいカレーを作らねばー!」
「おぅ。頑張れ」
「ありがと。じゃねー」
浮き浮きして、席を立つ。
今日は奮発しちゃおうかなー。
※※※
スキップしながらカフェテリアを出ていく姫の姿が完全に見えなくなると、俺は息を吐いた。ふぅ、何とか凌いだ、か。
森塚を睨む。
「おい。さっき、脱落しそうだったろうが?」
「……素直な姫野は」
「うん?」
「……………可愛すぎる。反則だ。しかし――いぃ」
「確かに、な。さて」
宝珠を取り出し、状況を確認。
先程の笑顔に被弾し殉職者多数。なれど、映像は確保したようだ。参考資料としてはもう十分だろう。
定食をかっくらい、立ち上がる。
――気合を入れる。戦いはこれからなのだ。目の前の存在も含め、クラスに集結しつつある連中には、強敵、仇敵、異端者が多い。
さっきまで恍惚の表情だった森塚も、一転戦意に満ち満ちている。
「まぁ……悪いが俺達が勝つだろうな。諦めてくれ」
「はんっ! 私達が勝つに決まっているだろう? 今日の表情を見て確信した。姫野には――巫女服こそ至高っ!」
「はぁぁぁ……分かってねぇなぁ。愁いを帯び、謎めいた笑みを浮かべて振り向く、ゴスロリの姫――見たいと思わねぇか?」
「「っ!!!」」
眼光鋭く、睨み合う。
――何度目かの負けられない戦いが始まろうとしていた。
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