第1話 負けられない戦いがここにはあるっ!!

 姫様が自宅で、じっくりことこと煮込んだ美味しい美味しいカレーを作りつつ、小皿で味見をし「ん……もう少しコク、かな?」と、小首を傾げていた同時刻――教室内では、激論が交わされていた。

 拓海が獅子吼する。

 

「いいか! 俺達は、今までたくさんの可能性を試してきたっ! それらが素晴らしいものであったことを俺は否定しない。が……前にも言った筈だ。俺達は前へ、ただただ、前へと進まなければならないんだっ!!!」

「……詭弁ですね。そう言って、矢野先輩は御自身の欲望をあいつにぶつけようとされているだけなんじゃないですか? そんなのは――彼女さんにぶつけてくださいっ!」

「ち、違うっ! お、俺は純粋にだな」

「た、拓ちゃん……私、拓ちゃんなら、その、いいよ……?」

『有罪だ!』『このような場でハレンチだぞっ!?』『矢野には、別法廷への招待が相応しいのではないか?』『…………姫と矢野。じゅるり』『み・な・ぎ・っ・てきたぁぁぁ!!』『取り押さえろっ! 暴走されては話が進まんっ!』。


 ――有り体に言って、状況は混沌していた。

 初戦、異端の中では最大勢力であった『正統制服主義』が殲滅された。その後は、拓海率いる『ゴスロリ同盟』、委員長を首魁とする『今回は巫女服連合』、何故か混じっている月風率いる『ボーイッシュ原理主義』の三派に分かれ、延々と争っている。

 当初こそ、拓海の搦め手、買収何でもござれの弁論に押された二派であったが、彼の泣き所である『彼女持ち』という点を突き、同盟の結束には亀裂。

 しかし、残る二派も決定力を欠き、消耗戦に。

 結果、会は一時、休会となった。


「……ふぅ。どうにか凌いだわね」

「舞花ちゃん、大丈夫? はい、お水」

「ありがと、綾。こんなことに付き合わなくてもいいのよ? もう、夕食の時間じゃない?」

「楽しいから♪ だけどさ」

「? どうかした??」 


 キョロキョロと綾がクラスを見渡す。

 皆、激戦に次ぐ激戦で疲れ切っているものの。目には未だ、戦意。

 が……不思議そうな表情を浮かべた。


「森塚先輩と桜宮さん、いないよね?」

「え?」


 慌てて、立ち上がり舞花もクラスを見渡す――いない。

 そう言えば、議論の場にあの二人、随分と前から参加していなかったような。

 普段なら、最前線、もしくは横槍を入れてくるのが常だというのに……戦っていたのは、私と、現在、拷問されて自白を強要されている矢野先輩だけ。


「! もしかしてっ!!」


 慌てて携帯を使う。

 ……出ない。

 椅子から立ち上がり、出口へ向かう。


「ま、舞花ちゃんっ!?」

「綾、行くわよっ! あいつが危ないわ」


 ――二人は慌てていた。

 だからこそ、気付かなかったのだ。拷問を受けている筈の、拓海の目が妖しく光っていたことを。



※※※



「よーし、出来た♪」


 鍋の火を止め、炊き立てのご飯をお皿によそい、カレーをたっぷり。

 氷冷庫から、サラダを取り出しトレイに載せ、居間へ。

 テーブルに置き、椅子へ腰かけ、両手を合わせる。


「いただきまーす」

「うむ、いただこうか」

「姫野様、スプーンはどれを使えばよろしいですか?」


 …………幻聴が聞こえた。

 うん、気のせい。気のせいだよね? だって、さっき、玄関の鍵は締めたし。


「桜宮さん、スプーンはここだ」

「あら、可愛らしいですね」

「そうだろう? 全て、姫野が自分で集めた物だ」

「まぁ、やっぱり?」 

「ふふ、あれで可愛い物が好きだからな」


「……委員長、桜宮さん。どうしてここにいるのかなぁ?」

 

 げんなりした口調で、楽しそうにカレーをよそっている、制服姿の二人へ尋ねる。いったい、何処から侵入したんだよー。

 カレーの皿と麦茶の茶碗を持った委員長が腰かける。


「姫野」

「?」

「窓も締めておかねば危ないぞ。このように容易く進入されてしまう」

「そうですよ? もう少し、考えてくださいね?」

「え、あ、その……ごめん、なさい?」

「うむ」

「良く出来ました。そんな姫野様には、はい、あ~ん」


 桜宮さんがスプーンを突き出してきた。

 そ、そんなの食べる訳――あ、あれ? 変だな? これを絶対食べなきゃいけない気がする。ぱくり。


「うふふ♪ はい、もう一口です」

「あい――……はっ! ボ、ボクはなにを……」

「……優希様、桜宮様、お戯れが過ぎます。不公平です。そういうことは、どう考えても私からではありませんか?」

「委員長、口調が……」

「香澄です。ここは、学校ではありませんから。はい、どうぞ」


 今度は、香澄からスプーンが突き出された。仕方ないなぁ。ぱくり。

 ボクを見る視線は、とっても優しい。


「あーあー香澄さん、ズルいです」

「抜け駆けは禁止、と約束した筈ですので。優希様」

「ん~?」


 カレーをパクつく。

 うん、やっぱり、ボクって料理の才能あるんじゃないかな? 我ながら美味しいや。今度、雪姉が来たら作ってあげよっと。

 香澄が頭を下げた。

 

「――私は反省しました。今まで、優希様に色々な服を着させて遊んでしまい、申し訳ありませんでした」 

「…………罠?」

「違います。本心です」 


 ……怪しい。とてもとても怪しい。

 けれど、その表情からは何も読み取れない。桜宮さんもニコニコしてるだけだし。

 ま――いっか。カレー、美味しいし。後で考えよっと。あ、そうだ。



「南瓜のプリンも作ったんだけど、後で食べる??」

「はい、勿論です」「わぁ♪ 楽しみです」

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