エピローグ

「い、委員長……あのね……」

「…………」

「委員長?」

「…………」

「あー……香澄?」

「はい、何でございましょう。やはり、優希様には和服がよく映えます。魔法少女姿など、邪道っ!」

「……ボクにとっては、この格好もなんだけどな」


 鏡に映る、藍色の和服を着た自分。

 ―—あれ? そうだ!


「香澄、どうせ和服なら羽織袴」

「駄目です。却下です。生涯、着る必要はございません。皆もまっったく求めていません。さ、移動しますよ」 

「うぅ……」


 手を引かれ、部屋を出て廊下を歩き出す。

 不気味なほどに静まり返っている十ノ間の屋敷。い、幾ら何でも静か過ぎる。嫌な予感しかしないよ……。

 突然、香澄が立ち止まった。


「? どうしたの??」

「私としたことがっ! ……簪を忘れておりました。取って参りますので、ここで暫しお待ちを」

「え、いや、必要ない」

「では」


 姿が消える。は、速い。普段の三倍以上。

 周囲を見渡す。人気無し。空にはまんまるお月様。 

 おそらく、広間には分家筋+月風、双神さん達が待っているだろう。 

 ……昼間の対決を、大画面で観る為に。

 な、何という生き恥っ! 果たして、ボクの心が終わりまで崩壊せずにいられるかは非常に怪しい。

 

 ――逃げちゃおっかな。


 うん。そうしよう。今なら、全力を振り絞れば、きっと翌朝までは逃げ切れるっ!

 良し。そうと決まれば善は急げ。早速、一世一代の逃走を 


「無駄だと思う?」 

「!」


 女の子の涼やかな声。君まで出てくるのね……。

 深く息を吸い、目を閉じ、ゆっくりと振り向く。


「優姫? おめめ、開かない??」

「…………ボクは姫じゃないし」 

「? 不思議なことを言う? 私を見て?」

「えー。それはちょっと……」

「優姫、酷い? 昼間、助けてあげたのに?」

「そ、それは……その、感謝してるけど……」

「見て?」


 静か。されど、断固たる意志を秘めている。

 はぁ……御先祖様、少し恨みます。

 目を開けると、そこにいたのは、ボクと同じ和服を着た長い黒髪の少女。月光の加減か、若干緋色じみている。悔しいことに、ボクよりも背が高い。ぐぬぬ。

 少女が両手を伸ばしてきた。頬を触られる。


「優姫は、優し過ぎるかも? 昼間の塵なんて、とっとと、砕いて、裂いて、潰してしまえば良かったかも?」 

「そういう事を言わないの」

「どうして? あんなのは害悪かも? 昔よりもっと、劣化してるかも??」

「今じゃ、魔王もいないしね。仕方ないよ。それだけ世界は平和になったってことさ。第一、そんな酷い戦いになったら」 

「なったら?」

「……君がまた傷つくじゃないか。嫌だよ、ボクはそんなの」

「うふふ~♪ 優姫はほんとのほんとに優し過ぎるかも? でも、大好きかも? だから、もっと呼んでほしいかも?」

「……善処します」

「約束してほしいかも?」

「約束って――っ」


 唇を奪われる。

 どれくらい、そのままだったろう。やがて、離れた。ぺろりと、唇を舐める。

 少女とは思えない妖艶な笑み。ぞくり、と背筋が震える。


「二度目の約束したかも? 怖い怖い魔女が来そうだから、逃げるかも?」 

「魔女って、誰――!」


 後方より殺気を通り越し、最早、冷気。少女は姿を隠した。

 振り向きたくない! 振り向きたくないっ!! 

 後ろから、抱きしめられる。


「こーら」

「! ゆ、雪姉」

「いけない子。私に黙って、しかも、屋敷内で逢引するなんて。これは、お仕置きしないといけないわね」

「ナンノコトヤラ」 

「他の子達にはバレてないわ。分家筋は勿論、月と華にもね。でも」

「で、でも?」

「最近の優希はお姉ちゃんをないがしろにしてる気がするし、悲しくて、ぽろっと愚痴をこぼしてしまいそう♪」

「…………雪姉、虐めないでよぉ」

「うふふ♪ 冗談よ。でも、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ましょう。ね?」 

「……あい」

「優希はいい子ね。香澄」

「はっ!」


 戻ってきた香澄が緊張した面持ちで、簪を恭しく雪姉に差し出す。

 結い上げられた髪を細い指が弄る。


「く、くすぐったいよ」 

「相変わらず綺麗な髪ね。はい、これで完成。さ、お披露目しましょう」

「あー雪姉……」

「なーに?」

「こ、このまま行くの?」

「? 当たり前でしょう。私は、離れるつもりはないわ。離れたら、また」


 あの子が奪いにくるかもしれないから、と囁くような声。

 ……雪姉は心配性だなぁ、そんなに危ない子じゃないのに。

 少なくとも、ボクやボクが大切にしている人達を害することは絶対にない。他の人達は知らないけれども。 

 まぁ、生みの親である『狐魔』さんに文句は言いたい。確かにご先祖様の大恩人なのは分かるけど、あんな子を渡すのはどうなのかと。

 七機剣ですら、過剰も過剰。最早、都市伝説扱いされてるのに……。

 ま、いいや。今はそれよりも何よりも――覗き込むように後ろから抱き着いている姉の顔を見つめる。


「ねね、雪姉」

「な~に?」

「今から二人でお出かけしない?」

「!」

「優希様、いけません」

「今なら、香澄しかいない、よ?」

「……うふ♪ それもいいわね」

「そ、宗主様!?」

「やった! それじゃ」


「雪姉、あんた」「雪姉様、優兄様」


 言葉を続けようとしたボクの声を遮る妹達。うぐっ……ば、バレたか!

 見れば、その後方には分家筋と月風と双神さん。そして何故か、分家の重鎮達と激論を交わしてる矢野と桜宮さん。「だから、ボーイッシュだってのっ! 分かってねぇなぁ、おっさん」「違うっ! 姫様にはやはり和服が」「いや、この若造の考えにも一理ある」「! 貴様っ」「――皆様、ここは間を取って、白無垢姿は如何でしょう?」『それだっ!!!』……君達。

 既に、月と華は『月風』『華風』を抜き放っている。い、いけない、本気だ。

 対して、雪姉はボクを抱きしめたまま向き直り、微笑む。


「あら? どうかしたの? 私は今から、この子とデートなのだけれど」

「……そんなの」

「み、認められませんっ! 優兄様、私もしたいですっ! そうしたら、そっちにつきますっ!」

「…………華?」

「ダメよ。どうしても、と言うなら」


 何もない空間から、一本の古い機剣が出現した。

 抜き放たれたらその剣身は静謐な薄蒼。空気が震える。



「私から奪って御覧なさい。『雪風』も少し遊びたがっているしね♪」

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