第2章
プロローグ
月風舞花の朝は早い。
朝5時に起床し朝の鍛錬。
その後にシャワーを浴び、朝食までの間に予習をし、身なりを整え(最近はとても入念に)、15分前に自分の席へつく。
そして、10分間で新しい情報を執事、メイド達から聞き、両親を待つ。
『二宮八家』に連なる名家である『月風』家だが、朝夕の食事は原則、家族で取る、と定められているのだ。
その日も朝も、舞花は普段通り席に着き、30分きっかしに両親と一緒に食べ始める。
――問題が発生したのは食後のお茶を飲んでいる時だった。
「時に舞花」
「はい、お父様」
「例の件――どうなったかな?」
「例の件……ああ、あの件ですか。解決しました。無事、完勝しましたので。御心配おかけしました」
「そうか。ならば良いが……」
「どうされたんですか?」
「いや、その、だな」
「?」
「舞花さん、お父様は――その人が貴女を負かす程の逸材ならば、一度お会いしたいと思ってらっしゃるのよ」
「そ、それってどういう意味でしょうか?」
「端的に言えば、お婿さん候補ですね」
「!? あ、ありえませんっ! あいつが、わ、私の婿だなんてっ!!」
「舞花さん、落ち着きなさい」
母親からたしなめられて、席に座る。気付かぬ内に立ち上がっていたのだ。
その様子を見て、両親は目配せ。これはいよいよもって。
完勝した事実などないことは既に調べがついている。にも関わらず、わざわざ嘘をついてまで、話を終わらせようとしている。
今まで、『月風家』を強く意識していたこの子がっ!
咳払いをし、切り出す。
「婿云々は母さんの冗談だ。けれど、一度会ってみたいと思っているのは本当だ。今度、連れて来なさい」
「……お父様、今、なんと?」
「その子をこの屋敷へご招待なさい」
「……お父様、お母さま、お戯れが過ぎます。学校へ遅刻してしまいますので、失礼いたします。御馳走様でした」
すっと立ち上がり、舞花は去っていった。
が――その耳はほのかに赤く染まっているのを両親が見逃す筈もなく。
「ふむ」
「どうやら、報告は本当のようですね」
「いや、しかし……舞花はまだ15歳だぞ? 早過ぎる」
「あら? そんなことありませんわ。他の家ならば、幼い頃から婚約者がいるのも少なくありませんし」
「だが」
「とにかく、一度会ってみましょう。よろしいですね?」
「ま、待て。この写真を見る限り、どうにも信じられん。本当に男なのか? どう見ても少女にしか見えぬのだが……」
「そうですね。けれど、人は見た目以上に中身でしょう。ただ、気になる事はあります」
「何だ?」
「一年時の成績を手に入れようとしましたが――拒絶されました。交渉の余地もありません。理由も提示されず、零回答です」
父親――月風家当主、月風勲の目が険しくなる。
かつてに比べれば大きくその勢威を落としているとはいえ『二宮八家』の一角である、『月風』家の要請を学校側が、理由すら言わずに断る?
それはつまり
「うち以上の家が、情報開示を拒んでいると?」
「分かりません。他の方法でも、情報を得ようとしましたが……何も出てきませんでした」
「どういう意味だ?」
「字義通りです。生年月日、出身地、名前、その他、彼を指し示すものは、その悉くが、ブロックされます」
「馬鹿なっ!? あり得ぬ」
「事実です。今、分かっていることは『姫野優希』という名前と、2年生であること。そして――私達の愛しい娘が、初恋をしつつあることだけです」
「ぐっ……ま、待て。まだそうと決まったわけではあるまい。しかも、よりにもよって何故、この子なのだっ!?」
「さぁ、恋はするものではなく落ちるものですからね。私はこの縁、悪いものではないと思っています」
楽しそうに微笑む母親――月風妙は夫へ告げた。
大きな溜め息を吐き、勲が答える。
「…………分かった。彼と会ってみよう」
「そんなに気落ちなさらなくても。舞花は良い子に育ってくれました。けれど、少し真面目過ぎるとも思っていたのです。そうしたら、私達へバレバレな嘘までついて秘密にしたい男の子が出来たなんて――嬉しいことじゃありませんか」
「と、とにかく、会ってみてからだっ! ふん、そう易々とは、うちの娘を嫁に出す――うぅ……想像しただけで、泣けてくる……」
「あらあら、困った旦那様ですね」
――月風舞花はまだ知らない。
自分が知らぬ所で勝手に外堀が着々と埋められつつあることを。
まぁ実際のところ、その外堀を埋めたのが、本当に両親だけだったのかは、本人しか知らぬことではあるのだが……分かっていることは、巻き込まれる『姫』は決まっている、ということだろう。
「……何か嫌な予感が……」
「優希様、どうかされましたか?」
「あ、ごめんごめん。大丈夫だよ。ありがと――香澄」
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