第1話 委員長はお嬢様

 人生には何かとしがらみが多い。

 比較的自由気ままに生きているボクですらそうなのだから、世の中の人達はいったいどうしているんだろう?

 ……生きていくのは大変なのだ。

 本当だったら、今日は一日中、家でゴロゴロするつもりだったのに、気付けば、朝から森塚家にいて、この有様だし。


「優希様? また、お考え事ですか? 御髪が乱れております。こちらへ」

「何でもないよ。大丈夫、自分でやるから」

「そういう訳には参りません。少なくとも、我が家にいる間は」

「……ケチ」

「何とでも仰ってください。さ、そこにお座りを」


 櫛を持った着物姿の美少女が満面の笑みで手招きしている。

 口調は何時もと違ってとてもとても丁寧で柔らかい。

 が……目はこう語っている。


 『とっとと座れ。そして、髪を直させろ――私が小さかった頃の着物を』


 はい。ボクが間違っていました。素直に直してもらうから恫喝は止めてほしい。 口調とミスマッチ過ぎて、ちょっと寒気が……。

 調子が狂うなぁ。

 別に、普段の感じで構わないのに。無駄に頑固なんだから……。


「それは出来かねます。本来であれば、学内でもこの口調で接するのが当然なのですから」

「あのね……香澄」

「はい」

「確かにボクは昔々、『十乃間』で、分家筋に当たる『森塚』からすれば主筋だったのかもしれないよ? だけど、知っての通り、今のボクは『姫野優希』なんだから、こうして、丁寧に接せる必要はないと思う」

「冗談が相変わらずお上手ですね。優希様、今度、分家当主及び傘下の家長達の前で同じ発言をお願いいたします。大荒れですね。いえ……むしろ、雪子様、月子様、華子様の御前の方がよろしいですか? 御屋敷が全壊しかねないかと愚考いたしますが」

「OK。ボクが悪かった。悪かったから、そんな風に虐めないでよ……」


 『十乃間』には、分家と傘下に入っている家が多い。何れも国内で名が知られた名家だ。その中で、まとめ役になっているのは二家。

 

 一つは委員長の実家である『炎剣』の『森塚』。古から『十乃間』と共に歩んできた、忠義一筋の家だ。分家筋の筆頭でもある。

 そして――かつての『二宮八家』の一角にして、近接戦最強を謳われた『過剣』の『八ツ森』。

 先々代の我欲が引き起こした大戦の結果、世界を敵に回した挙句、他の七家から袋叩きにされて没落したものの、その実力は健在。

 今では、『十乃間の狗』とすら揶揄される程の狂信的な忠誠心を持ち、戦場においては先陣を務める程だ。


 他の各家も、本家には絶対的服従を誓っている。

 傍から見れば、力で抑えつけられている、という風に見えるが、内実は『付き従っていればこそ自分達の繁栄もある』という意識が非常に強く、反発のはの字もない。政治・経済・社会に対して大きな影響力を持っている家も多く、その力は今や、下手な『八家』を部分的に凌ぐ。

 ……問題はその忠義・忠誠が向かっている先なんだよなぁ。


「そう言えば、今度の会合には是非出席を、と父も言っていました」

「ええ~。嫌だよ。ほら、ボクは部外者だしね。それに雪姉が許可する筈」

「既に許可は頂けているそうですが? 御当主様からは『是非、参加させるように。私も参加します』という御言葉を賜ったそうです」

「……別に出なくてもいいじゃないか。香澄からも説得してよ」

「お断りいたします。偶には、お顔をお出しください。父が各家から『森塚家が、優希様を独占するのは許されぬ。是正されなれければ……我等一同、思うところあり』と詰め寄られていますので。特に『八ツ森』から」

「うぅ……どうしてこんな事に……」

「御自身の行動を思い起こし下さい」 


 発端は、数年前に起こった『十乃間』の代替わりだった。

 詳細は大して面白くもないし、省略するけれども……端的に言えば、当時の当主だった叔父に対して、うちの雪姉がクーデターを起こしたのだ。

 分家筋及び各家の大半は雪姉側についたのだけれども、少数家が叔父についた。

 結果は……半日とかからず、雪姉の圧勝。いやまぁ、あの人に挑むなんて、正気の沙汰ではないのだけれども。

 で、戦後処理の際、叔父側についた家をどうするか、多少揉めたのだ。一時は、内乱寸前。

 当時、もう十乃間から離れてたボクは、内々に仲裁を命じられ(『お願い』とか言われたけど、実質脅迫である)事をおさめた経緯がある。

 もう終わった事なのだし、気にしなくていいのに。


「優希様が仲裁に入られた事で、無駄な血は流れず、我等の結束はより強まりました。同時に『八ツ森』を含め、前御当主側だった各家も存続が許されたのです。しかも、『星風』の保持すら許される寛大な御処分! 未だに会合がある毎に、皆、思い出しては感服しています」

「大袈裟だよ。ボクが出て行かなくても、雪姉ならそうしていたと思うよ。それと『七機剣』は、保持者を選ぶからね。取り上げたところで使えなくちゃ意味がないじゃないか。そんなの……可哀想だよ」

「そうでございましょう。けれど、実際にそれをやったのは――優希様、貴方様なのです。さ、直りました」


 委員長が優しくボクの頭を最後に撫で、手を放した。

 鏡を見る――何となくだけど分かってた。どうしてボクってこんな顔なんだろう……もう少し男っぽくなっても


「優希様は今のままで良いのです。お可愛いですし」

「……酷いなぁ、もう」


 溜め息を吐き、立ち上がる。

 これから、森塚家と八ツ森家当主と会わないといけない。ちょっと憂鬱。

 いっそこのまま――委員長が、口を耳元に寄せてくる。



「逃げたら、後で大撮影会だからな? 別に私はそれでも構わないが」


 

 ……逃げることすら許されないのか。

 その後、会合場所に何故か、雪姉と華が突然現れ、委員長も交え延々と着せ替え人形をさせられた。

 あ~うん。毎回は困るけど、ボクはこっちの委員長の方が良いと思うよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る