第8話 ボクは何時でも素直です。本当です。

 翌日の月曜日早朝、味噌汁のいい匂いで目が覚めた。

 昨日は、夜遅くまで双神さんの家にいたので、思ったよりも疲れていたらしい。普段なら、入って来る段階で気付くんだけど。

 ……寝る前に、鍵はかけたのになぁ。

 欠伸をしながら、洗面台へ向かい、顔を洗う。覚醒。

 歯を磨きながら、鏡に映る自分の顔を見る。寝癖が凄い。後で直そっと。

 磨き終え、再度、鏡を確認。

 それにしても……もう少し、こう、男っぽくならないかな?

 髪は……そんなに切れないから仕方ないけど、顔つきが少女っぽいのはどうにかしたいなぁ。

 で、何? 委員長。


「……優希様。どうして、もう起きていらっしゃるんですか? 毎回、言っている筈です。起こしに行くまでは起きないで下さいね、と」

「その前に、どうして此処にいるのかな? えっと、今は」

「7時です」

「月風家が迎えに来るのって、確か」

「9時です」

「……あのね、委員長。ボク、これでも料理も出来るんだよ。わざわざ、森塚家からうちに来る必要はないと思うんだけど」

「その選択肢は存在しませんね。未来永劫。たとえ、また『魔王』がこの地に降臨したとしても」

「ええ……」


 そんな満面の笑みで言われても。

 あと、そういう物騒な事を言うのは駄目だと思う。さっきから距離が近いです……その櫛は何かな?


「綺麗な御髪なのですから。さ、椅子に座ってください」

「いや、大丈夫だから。普段は毎朝自分でやってるんだからね? 学校で見てるでしょ?」

「ほぼ、少し寝癖がついたままで来られますね」

「……ボクだって偶には寝坊くらいするよ」

「毎朝ですか」

「毎朝じゃないよ。ただ」

「ただ、なんです?」

「学校行くの止めて、映画でも観に行こうかなって思ったりするだけ――待った。委員長、待った。今のは冗談だから。進級する為に、後何日は休めるとか計算なんかしてないから」 

「優希様」

「ごめんなさい」


 素直に謝る。

 うぅ……委員長がどんどん怖くなっていくよぉ……。

 昔は、あんなに可愛らしかったのに……そんなんじゃ、お嫁さんになれないよ? 男は、何だかんだ優しい女の子に弱いんだからねっ!


「……今、とてもとても失礼な事を考えられましたね?」

「ハハハ、マサカー」 

「言っておきますが……これでも、私はモテるのですよ? 婚約の申し込みは常に殺到。学校でも告白を多数受けています」

「あ、それは分かる気がする。香澄は可愛いもんね」

「……そう言う事をさらっとどうして……バカ」


 はて? 何か変な事を言ったかなぁ? まぁいいや。

 さ、朝ご飯、朝ご飯……あの、その肩が痛いです。


「優希様、御髪が直っておりません」

「後で」

「駄目です。さ、こちらへ」

「……うん、百歩譲って、髪を梳いてもらうのは良いけれど。委員長、その手に持っているのは何かな?」

「はて?」

「はて? じゃないよっ! 言っとくけど、ボクは紅いリボンなんかするつもりはないからねっ! あと、今日は着物にしないし、スカートもはかないからっ!!」

「うふふ、優希様は御冗談もお上手ですね」


 あれぇ……本気で通じてないぞ……。

 ま、まぁ、幾ら委員長でもボクが本気で嫌がっていたら無理にはしないだろう。

 リボンと、女の子の服を着ないなら、髪を梳いてもらう事位は許容しよう。うん。そうしよう。

 洗面所に置かれている椅子を鏡の前に移動し、ちょこんと座る。

 ゆっくりと櫛で髪を梳いていく。気持ちいい事は気持ちいい。

 ただ、それを伝えると毎朝、ボクの家に来かねないから言わないけれど、

 

「そう言えば」

「うん」

「――昨日の、双神いと様とのお話合いは何だったのですか?」 

「………………旧交を温めていただけだよ。ほ、ほら、ボクがまだ十乃間にいた頃、会った事があってさ。それで、ボクの名前を聞いて懐かしく」

「双神綾嬢との婚姻――反対でございます」

「……あのね、委員長」

「反対でございます。絶対に反対でございます。双神さんは良い子だとは思いますが、それでも反対でございます」

「ボクは誰かと婚約するつもりも、結婚するつもりもないよ」

「それは困ります。婚約して、結婚してくださらなければ。これは分家の総意です」


 ……ボクにどうしろと。

 まだまだ先の話だと思うし、そうなる前に雪姉と華を説得しないと。月? う~ん、あの子はどうなんだろう。嫌われてはいないと思うし、色々あるかもだけど、いざ家の話になったら、さばさばしてるのかもしれない。

 他の子だと……いないなぁ。こんなボクをもらってくれそうな人は。双神さんの話は、まだ信じられない。相手は十家だし。

 で、委員長、そんなお澄まし顔して、何て言ってほしいのさ?


「そう言えば、優希様、私そろそろ誕生日です」

「そうだね。大丈夫、覚えてるから」

「ありがとうございます。今年は」

「撮影会はしません」

「…………おや、こんな所にリボンが」

「お、脅しには屈しないからねっ!」 

「そうですか。分かりました。では――もっと大層な物を望んでも?」

「待とう、うん、ちょっと待とう。やっぱり撮影会でいいよ」

「……ちっ」


 今、舌打ちしたよね!?

 撮影会以上って、な、何を欲しがってたのさ……怖い怖い。

 そうこうしている内に、寝癖は直ったみたいだ。良か――どうして、紅い物が見えるんだろ? それと、どうして髪が一部編み込まれてるのかな?

 委員長を見る。満面の笑み。何さ、その『やり遂げました』と言わんばかりのドヤ顔は。

 自分で、解こうとすると――がっちり、掴まれた。

 そして、耳元で一言。



「――このまま今日行くか、私と婚約するかを選べ。私はこの瞬間からでも良いからな?」



 ……リボンで。

 なお、服も当然の如く女子用でした。辛うじてズボンは死守。

 うぅ……何かこの三連休ずっと、こんな扱いをされてる気がするんだけどっ! 

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