第9話 長い黒髪は義姉妹の趣味……じゃありません

 委員長に虐められながらも、準備を整えるとぴったり8時55分だった。ボクにだけ構っていて自分の準備は――万端なんだね。

 ……そんな、ドヤ顔されても褒めません。最近、委員長は少し調子に――インターホンの音。あ、もう来たのか。

 こういう所は、真面目だなぁと思う。良くも悪くも、育ちがいいんだろう。忘れがちだけれど仮にも『月風』のお嬢様だし。

 とてとて、と玄関へ。古い家なので、廊下が音をたてる。

 委員長、駄目です。手は握りません。腕も組みません。


「はーい。今、開けますー」


 扉を開けると、私服姿(二人共、ワンピース姿だ)の月風と、双神さん。

 何か楽しい事でもあったのかな? 嬉しそう。


「おはよう」

「おはよ――っ」

「うわぁ……姫野先輩」

「うん?」

「今日も凄く可愛らしいです。抱きしめてもいいですか?」

「……あのね。可愛いと言われて喜ぶ程、ボクは男を辞めてないからね?」

「ええ!?」

「…………」


 くすくす、と楽しそうに笑う双神さん。こうして見ると、普通の女の子なんだけど。とても、昨日、ボクを嵌めた子には見えないや……。

 もう一人の暴走後輩は、さっきから、ちらちら、とボクを見ている。何さ?

 それを見ていた双神さんはますます笑みを深めている。


「舞花ちゃん。ほら、先輩が戸惑ってるよ? 幾ら、今日も先輩が可愛すぎるからって、そういう風な態度を取っちゃ駄目だと思うな」

「べ、べ、別に私はそ、そんな事なんか思ってない……わよ……」

「へぇ~ふ~ん。そうなんだぁ~♪」

「……綾、昨日から少し意地悪よ」

「だって、舞花ちゃんが可愛いから。そうですよね、姫野先輩? 今日の服だって、昨日の晩、うちに泊まって二人で選んだ――」

「綾っ! それは、内緒だって、言ったでしょっ!!」

「えーそうだったぁ?」

「も、もうっ! ……その、ち、違うんだからっ!」

「あーうん。そうだねー」


 可愛いとは思う。ボクなんかより、ずっと。黙っていれば間違いなく美少女なのは間違いない。

 これで突っかかる事がなければ仲良く出来ると思うんだけど。先輩と後輩として。

 素質はもう凄いの一言。もう、びっくりする位に。羨ましい。ボクにもそれ位あれば……今のは貰ったものだし、ちょっと後ろめたいんだよね。

 ただ、この子の場合、磨き方が良くない。ほんと良くない。これから死ぬ程の努力を継続出来れば、うちの妹達にも、もしかしたら届くかもしれないのに。

 ……ちょっと褒め過ぎかな? 

 月と華が負けるところはまったく想像出来ないから、よくて『貴女は好敵手だったわ……昔の私にとっては、ね』的なポジションが限度かも。中盤まで強者として立ち塞げるけど、終盤になると影が薄くなって、最終回前にはあっさりと退場、的な?

 だけどあの二人に『好敵手』と認識させるだけでも、人として快挙に過ぎる。少なくとも、そこまで辿り着けるだけの才はあると思う。

 雪姉? ああ、あの人は無理。だって……十乃間雪子だよ? 資質とか、努力とか、そういう次元に元からいないし。

 時折、挑んでくる人は、ほんとっ凄いと思う。常勝不敗、絶対無敵、人類最高到達地点の戦女神にして魔女へ挑むだけでも、純粋に称賛する。ボクなら何があろうとも逃げるし。逃げ切れないけど。

 命知らずと無謀は、通り越し過ぎると言葉も出ない、と何度教えてもらったことか……あの、外国から来たおじさんは元気にしてるかなぁ。確かあちらでは最高戦力? だった筈。いきなり挑戦してきて、刹那の間に十数回殺されるのと蘇生を繰り返していたから……悟りは開けたんじゃなかろうか。信仰に走っても仕方ないくらいの惨敗っぷりだったし。

 まぁ、高位の魔鬼や竜属が、名前を聞いた瞬間に、数十年に渡る企みごとを放棄するくらいだしなぁ。これで、七機剣の一振り『雪風』持ち。もうどうにもならない。それこそ、『魔王』でも再降臨しない限り、あの人をどうこう出来る存在は今の世界にいないだろう。

 とにかく、雪姉と藤宮のお姫様(あの人はボクと違って本物。外見だけ見れば。会う度にボクで遊ぼうとするので要注意人物なのだ)、そして月と華は、ボクが知る限り人の身では勝てない。多分、そんじょそこらの神様でも勝てない。

 だけれども、目の前で、何故か頬を紅く染めて、身体をくねらせている後輩は、その人達の背中が見える……かもしれないのだ。何か、敗北感が。

 ボクが人知れず落ち込んでいると、後ろにいた委員長が口を開いた。


「こんな所で、立ち話をしていても仕方がないだろう。移動した方が良いのではないか?」

「そ、そうね」

「そうですね。森塚先輩、今日の先輩のお洋服は」

「勿論。私が選んだ」

「やっぱり。ありがとうございます♪」

「礼はいい。当然の事をしたまでだからな。む、姫野、リボンが曲がっているぞ。まったく、はしゃぐからだっ! ほら、こっちへ来い!」

「いや、むしろ、外して」

「駄目だな」

「駄目!」

「駄目です♪」

「……朝から虐めは良くないと思う」

「それにしても――あんたの黒髪って本当に綺麗よね。あと、素朴な疑問なんだけど、どうしてそんなに長く伸ばしてるの? 短くすれば、ショートヘアの美少女になるのに」

「酷っ! ボクは男なのっ! あと、この髪は……その、ちょっとした理由で切れないんだよ」

「何よそれ?」

「そ、それは……」


 言えない。ボクが髪を長く伸ばしているのは『十乃間』にとって秘儀。説明しようもない。

 けれど、このままじゃボクが、口では女の子扱いを嫌がりながら、内心は……と勘繰られる。くっ! ど、どうすれば……委員長、何か秘策があるのかい?


「月風。姫野が髪を伸ばしているのは……御家族の御意向だ。ほら、長い方が可愛いだろう? 髪型も弄れるし」

「なっ!? 委員長、な、何を……!」

「ああ、なるほどね。一理あるわ」

「そうですね。確かに、今日の髪形も本当に可愛いですし♪」


 納得、した、だ、と……? 

 そ、そんな……。

 落ち込む、ボクの肩を委員長が軽く叩く。

 そして、耳元で一言。


「(雪子様、月子様、華子様も仰っていましたよ? 勿論、私も同意見です)」


 ……せめて、発言権は今後も死守していこうと思う。  

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