第10話 何度でも言います。ボクは男です。女では(以下略)

 『二宮八家』の一家、『月風』家の歴史は相当古い。

 何しろ、大変動(昔々の人類は魔法が使えなかったのだ! で、魔法を使い始めて世界が激変したのを、『大変動』と呼んでいる)前から続いている、数少ない家らしいし。歴史の長さだけみれば『御倉』『八ツ森』に匹敵するらしい。

 十乃間なんて、大変動どころかそれよりずっと後になって成立した家だ。

 大変動、魔王降臨、竜属との和解、魔王討伐戦、他諸々、人類が経験してきた嵐を乗り越えてきたのだから、名家なのは間違いない。

 まぁ……全盛期が、魔王討伐戦の頃だったことは否めないけど。

 車の窓からは、丁寧に手入れされている庭が見える。こういうところは流石だなぁ。やっぱり、腐っても鯛。うちの戦闘狂さん達にも見習わせたい……。

 ボクが少し黄昏ていると、隣に座っている月風が声をかけてきた。


「何? そんなに、うちの庭が気になるの?」

「あーうん。よく手入れされてるなって」

「当然よ。うちに代々仕えてくれてる庭師達が愛情込めて手入れしてくれてるんだからっ!」

「へぇ~。良いなぁ……ボクも久方ぶりに土いじりを」

「姫野……以前、私が渡したサボテンはどうなった? 一か月待たずに枯らした事を忘れたのか? いいか、お前に植物の世話は出来ないし、まして、動物の世話はもっと無理だ。諦めろ」


 委員長が前から向かい側の席から冷たい声をかけてくる。ひ、酷い……何時か、可愛い猫を飼うボクの夢を全面否定するなんて。

 サボテンさんを枯らしたのは事実だけどさ……あれは悲劇、そう悲劇だったんだよ……。

 ボクは、善かれ、と思って水をあげたんだ! う、嘘じゃないよ?

 な、何さ、その目は? や、止めて。ボクをそんな目で見ないでっ!

 双神さんが困った声で聞いてくる。


「えーっと……姫野先輩でも苦手な事があるんですね」

「それは、そうだよ。ボクなんか、欠点だらけの人間だもの」

「姫野が出来ない事は、動植物の世話が出来ない。昔のホラー映画が独りで観れない。それと……男物の服を着れない位だな」

「待って。ちょっと、待って、委員長。今、さらりと嘘が混じったよね? と言うか、最初のやつ以外は嘘だよね? ボクはホラーむしろ大好きだし、男物だって着れるからね」

「えっ? あんた、男物の服なんて持ってるの?」

「えーっと……あはは」

「嘘をついては駄目だぞ? ほら、今度一緒の観てやるから」

「…………君達」


 うぅ……味方がいないよぉ。

 こんなことなら拓海も一緒に――『悪いな、姫。俺は三連休、あいつと過ごすから!』――友を見捨てた者、死すべし。

 取りあえず、クラスの皆へ情報をリークしておこう。まぁ二日間一緒だったんなら、三日目はその報いを受けてもらわないとね。

 くくく……拓海、一人だけ幸せになろうとしても駄目だよ。ボクはそんなの認めない。苦しむ時は一緒に。楽しい時は、ボク一人で。これが、世界の法則なんだからっ!


「……何というか。子役が一生懸命背伸びして、悪人になろうとしている風にしか見えないわね」

「姫野先輩、悪い顔をしようとしても、微笑ましいだけですよ?」

「良し! 何枚か撮れた。待て、まだ崩すな。もう少し撮りたい!」

「…………君達。さっきから少し酷いよ?」


 こっちは本気なんだからねっ!

 まったく、そうやって、毎回毎回、ボクをおもちゃにしてさっ!!

 ふーんだ! いいよ、もう。拗ねてやるからっ!

 窓の外を見ると、大きな白い屋敷が見えてきた。へぇー綺麗な建物だなぁ。あれが、『月風』本家の屋敷かぁ。

 『二宮八家』が、ほぼ対等だった時代なら、行き来もあったかもしれないけれど、力関係の差が激しくなった昨今、あまり来る事もないからなぁ……特に、下位の十家に出向くなんて、まずないし。

 ……まぁ、そんな事よりも、玄関前に整列しているあのメイドさん達と、美形美人の二人は誰だろう?

 ちらりと、月風を見ると少し頬を赤らめている。


「なぁ」

「……言わないで。仰々しくしないで、とは言っておいたわ」

「あ、勲様と妙様ですね。わざわざお出迎えしてくださるなんて」

「まぁ当然だな」


 こら、委員長、小声で呟かないの。何も当然じゃないからね。

 ボクは姫野優希。十乃間優希じゃないって何度言えば――そうこうしている内に、玄関前で車が停まった。

 ドアが開き、委員長、双神さん、そして、月風がまずは降りる。

 さ、ボクも降りよう――月風さんや。その手は何かな?


「転ぶかもしれないでしょ? 一応、今日のあんたはお客様だから」

「……さいですか」

「そうよ」


 仕方なく、手を取り、車を降りる。

 沈黙。

 そして何とも言えない声。ま、負けない。慣れ――ないけれど、ま、負けないっ!

 気持ちを奮い立たせ、少し歩き、月風の御両親の前へ。


「お父様、お母様。仰々しくしないてください、とあれほど……」

「舞花さん、その前にすることがあるでしょう?」

「森塚先輩と、姫野……先輩です。この前の試験でお世話になったので、今日はそのお礼も兼ねてお招きしました」

「ようこそいらっしゃいました。この子の母親の月風妙です」

「森塚香住です」

「姫野優希です。娘さんには……」

「……何よ?」

「姫野さん、娘がどうやらご苦労をおかけしているようですね」


 微笑む月風妙さん。ご、後光が……思わず頷いてしまう。

 すると、妙さんがブルブルと震え、いきなりボクを抱きしめてきた。へっ?


「か、可愛いっ!! 嗚呼……私の思い描いてきた理想的な女の子が、今、ここにいますっ! まるで、御姫様――そう御姫様ねっ!!」

「お母様!」

「妙様っ!」 

「……やはり、こうなるか」


 あーえーっと……何千回目になるか、分からないけれど、敢えて言おうと思う。 ボクは男ですっ! 女じゃありませんっ!! それと、姫様禁止っ!!! 

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