第11話 ボクだって真面目な時はあるんです

「お姫様、美味しいかしら?」

「はい、とっても」

「そう、良かったわ。あ、こっちのケーキも美味しいのよ?」

「え、えーっと……」

「こほん。……お母様、そろそろお戯れはお止めになってください!」


 通された月風家の客間――う~ん、広い。広すぎる。落ち着かない――で、月風のお母さんである、月風妙さんからおもてなしを受け続けて、早30分。痺れを切らしたらしい、月風が口を挟んでくれた。

 ありがとう! 今の今まで、まっったく、感謝したことなんてなかったけど、今回は、万感の思いで言わしてもらう。ありがとう!

 さぁ、早く、ボクをここから脱出させてほしい。今まで、幾多の修羅場を掻い潜ってきたボクの直感が、危険を報せている。

 

 この人からは……委員長や、ボクの姉や妹達と同じ気配、否! 妖気を感じる。ほら、ボクの髪の毛が、一本立って――うん?


「月風さんや」

「何よ」

「どうして、そう言いながら、櫛を持ってこっちへ近付いてくる?」

「寝癖があるからよ。直してあげる。さ、大人しくなさい」

「自分で直――あーOK。了解した。やっておくれ」


 奴の目がこう言っていた。殺し屋の目をして。


『このまま着せ替えショーでも私は構わないけど?』


 ……あのね。この三連休でボクが何着着たと??

 いい加減に休ませてほしい。

 第一、君等だっていい加減飽きただろうに。ほんと、暇というか、何というか。


「姫野、飽きる筈がないだろう? 何を言っているんだ、お前は」

「姫野先輩、世の中には、まだまだ先輩に着てほしいと訴えている、お洋服も着物を多いですよ?」

「いい加減、学習しなさいよね」


 ……君達が生きている星と、ボクが生きている星は違うみたいだね。

 ま、まぁ、取りあえず、今日は着せ替えショーは無しだから!

 なされるがまま、月風に髪を直される。ちょっと、鼻息が……痛っ。隠れて、足を蹴るな。この暴力後輩!

 ……待った。少し待った。悪かった。今のはボクが悪い。悪いから!


「つ、月風、待て。ボクの髪を弄ろうとするんじゃないっ!」

「あんた……ほんとに男なの? この髪、私よりも綺麗って……何か、何か……腹立つわ……。それと、聞きたかったんだけど、この髪飾りって、もしかして、封印の――」

「月風」

「っ!」


 おっと、少しだけ殺気が……ごめんごめん。そんなに硬直せんでおくれ。

 固まった後輩を押しのけ、ボクの後ろに委員長が回り込む。


「ところで、本日はどのようなご用事が?」

「あ、ああ、そうだな。本題に入らしてもらおう」

「御姫様……可愛いだけじゃなくて、強いなんて……嗚呼、理想の……」


 今まで、完全に空気だった、月風のお父さん――現当主、月風勲氏が口を開いた。その……申し訳ない。

 上目で、委員長を見る。受け流すからそのつもりで。

 ……あのね、どうして、薄ら頬を赤らめているのさ。まったくもって何もないからね?


「姫野君、失礼だが、君の事は多少調べさせてもらった。何、『二宮八家』以外でうちの娘に勝つ程の者がいるとは思わなかったのでな。単刀直入に聞こう――君は何者だ?」

「申し訳ありません。質問の意味がよく分かりません。ボクの名前は姫野優希。それ以上でもそれ以下でもないかと」

「我が『月風』家は、仮にも『十家』の一角だ。しかし……君の事は、名前と学年、そして今、何処に住んでいるのか程度しか分からなかった。こんな事はあり得ないのだ」

「それは、ボクには分かりかねますね。何も隠してなどいませんし」

「……本当か?」

「はい」


 ええ、勿論、嘘です。

 こんな場で、実は『十乃間』から放逐されたんです、てへ。

 言える筈ない。と言うか、てへ、とか考えた自分の思考を殺したい。


「では……何故、『炎剣』森塚家の長女が、君と常に一緒なのだ?」

「これはお恥ずかしい話なんですが……ボクは成績が極めて悪くてですね……不憫に思った、前担任が委員長にボクを押し付け――もとい、何とかするように、と」

「森塚君」

「本当です。姫野の成績は壊滅的です」

「い、委員長、もう少し、こう、オブラートに包んでくれても……」

「ほぉ?」

「……ごめんなさい」


 だ、だって、本気を出したら目立つじゃないかっ!

 ボクの成績が悪いのは、深謀遠慮に基づくものであってだね……ハイ、ごめんないさい。それもあるけど、ただ単に、日向ぼっこが好きなんです……。

 うぅ……最近、委員長が冷たい気がする……。


「では……我が娘に勝ったことは? 入学前に、この子に勝ったことは調べがついている。未だに勝てていないこともな」

「お、お父様!? そ、その件は解決したと!」

「舞花、お父様が話されているんですよ?」

「お、母様……」

「で、どうなのだ?」

「あー……偶然」

「あり得ぬな」

「……本音で言っても?」

「構わぬ」

「単に、娘さんが弱いからです」

「…………『月風』の娘が、『風舞士』の再来とすら、呼ばれているこの子が弱い、だと?」

「弱いですね。このまま後衛としての道を進んでも、一流止まりでしょう」

「君は……!」


 あー委員長。いきなり、臨戦態勢に入るのは止めよう。

 どうせ、この話はするつもりだったし、早まっただけだよ。

 さて……怒りに身体を震わせている、勲氏にボクは続ける。



「どうして、この子を後衛に? まったく、向いてないのに。今ならばまだ間に合います。前衛なら……世界でも有数のそれになる可能性があると思いますよ?」

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