第4話 姫は姫であって姫である
「ねぇ、香澄」
「何でしょう? 頭を動かないでください。御髪が乱れてしまいます」
「ごめん。……いや、そうじゃなくて」
「先程からどうされたのですか? 時間もないのですから困らせないでください。優希様が寝坊されなければたっぷりあったのです。わざわざ、うちに泊まった意味がないではありませんか。御自身のお立場について御自覚してください。皆、待っているのですよ」
「……いや、ボクは別に普通」
「優希様。寛大な私にも限度があります」
目が怖いです。はぁ、どうしてこんな事に。
本当だったら、今頃は自分の布団で二度寝、三度寝を楽しんでいたところだったのに……。
ちらりと、後ろでボクの髪を結っている委員長を見る。
既に、自分は着物姿。準備万端らしい。
視線が交差――慌てて目をそらす。
「香澄」
「何でございましょう」
「えーっと……まだ怒ってる?」
「怒る? 何に対して怒ると言うのでしょう? あれは優希様の御判断です。ならば、それに従うのが分家筆頭で『森塚』の長女である私の務め。たとえ、それが理不尽かつ、いい加減にしろよ貴様? と思う内容であったとしても、私は従います。ええ、従いますとも」
「おぉぅ……い、いや、だってさぁ……」
「優希様――それ以上、言い訳をなさるならば、もう奪いますが?」
「ごめんなさい。許してください。お婿に行けなくなっちゃうっ!」
「お婿? お嫁の間違いでは?」
うぅ……やっぱり、怒ってるじゃないかぁ……。
昨日、打ち上げの席でボクは、嘘八百(有り体に言えば、委員長に全部擦りつけた。実際、試験後半の委員長は夜叉、いやあれは鬼神――うん、ボクは何も言ってない。考えてもいない)で、月風と双神さん達を煙に巻いた。
委員長はそれが心底気に入らなかったらしく、打ち上げ後、強制拉致され、『森塚』へ。延々と小言を聞かされながら、着せ替えをさせられた挙句、今日に至った。
「はぁ……」
「溜め息などつかれて。お似合いです。少し早いですが、桜柄の着物をご用意しておいて正解でした。これならば、分家はもとより、雪子様もご満足いただけると確信しています」
「……香澄、何度も言うけれど、ボクは男なんだよ? どうして、着物を」
「御可愛いからです。あと、私のストレス発散です」
「今、ストレス発散って言」
「言っておりません」
「……今日の香澄は、意地悪さんだよぉ」
「その言葉、そっくりそのままお返しいたします。はい――完成でございます」
委員長が、ボクの髪から手を放した。
釈然としないものを抱えつつ、立ち上がり、姿見で確認。
……違う。これはボクじゃない。ボクじゃないんだ!
そう、これは夢だ。夢に違いない。しかも、悪夢。すっごくうなされているのだろう。さぁ、早く一刻も早く起きるんだ。起きて、全てを綺麗さっぱり忘れて――
「現実でございます。本当に、御可愛らしい。優希様の御髪は綺麗なので、髪を結っていて幸せな気分に浸れます」
「……その分、ボクは不幸になってるけどね! せ、せめて、この淡い桜色の着物は止め」
「駄目です。許されません」
「…………こんなのを幾ら身内とはいえ、人前で見せたら本当にお婿に行けなくなっちゃうんだけど」
「何を今更。皆、楽しみにしているのです。それに応えるのが優希様のお役目です」
「う、嘘だっ! み、みんな楽しみにしてるのっ!? ボ、ボクなんか見て何が面白いのさっ!!?」
「先程も言いました。優希様は御可愛いのです。可愛いは絶対的正義なのです。 それは真理であり、普遍の大原則。優希様が、会合に何時ものような御姿で現れ、それを皆で愛でる。結果、一族の結束はますます固まるというもの――毎回、駄々をこねるな。やはりいっそ私が奪」
「よし、行こうか。みんな待ってるだろうしね。待たせちゃ悪いよね」
「ちっ」
怖い怖い。最近、委員長は歯止めが効かなくなってきてる気がする。気を付けないとほんと、貞操の危機だよ……。
立ち上がり、歩き出そうとした時、髪飾りの音が聞こえた。
……ん? あ~もう来たのか。だけど、あれ?
頭を抱えそうになるけれど、こればっかりは仕方ない。会えるのは嫌なわけじゃないし。むしろ、嬉しい。だけどなぁ……委員長の魔の手から逃れたと思ったら、次はあの子か。
「優希様、今、何か仰いましたか?」
「別にー。香澄の着物が可愛い、と思っただけだよ」
「……誤魔化されませんから。ええ。だけど、もう一度お願いします。録音しますから」
「は、はははー。さて、来たかな?」
「はい、来ました」
後ろから見知った声。
振り向くと、そこにいたのは黒髪が美しい美少女。やはり、和服を着ていて、満面の笑みを浮かべている。
「華」
「はい♪」
「……ボクは雪姉だけだと聞いてたんだけど?」
「くふふ♪ 兄様にお会いしたくて、代わっていただきました。駄目でしたか? 兄様、今日も本当に可愛らしいです!」
「代わったって……よく雪姉が納得したねぇ」
「この前、『藤宮』との約束をすっぽかされていますから、兄様が恋しくて」
「さいですか。まぁいいや、それじゃ行こうか」
「はい♪」
手を差し出すと、華は腕にくっ付いてきた。相変わらず甘えたさんだなぁ。
……後ろから「バカ。シスコン。可愛い」という呪詛の言葉が聞こえたような気もするけど、知らない。ボクは何も知らないからね、ね?
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