第5話 服は基本的に小学生(女子)用です

「おお~相変わらず仰々しいねぇ。屋敷というか、要塞みたいだ」

「相変わらず? 姫野先輩、うちに来られたことが?」

「あ、えーっと……そう、偶々、ここら辺を通りかかった事があってね。それで、覚えてたんだよ。流石、国内最大の警備会社を運営してるだけあるよねっ」

「ここら辺一帯は、一般の方だと入れない区域なんですけど……やっぱり、何か隠されていませんか? いますよね? 教えてください。でないと」

「でないと?」

「今日のお茶席では、私の膝上に座ってもらっちゃいますからっ!」

「「!?」」

「いやいや、そんな事されないからね? ボクは双神さんよりも年上で、男なんだから。そこの二人も、『しまった! そんな手が……』みたいな目をしない」

「姫野」

「ねぇ」

「や、やらないからね」


 そんな目をしても無駄だから。

 お呼ばれしていく席なのに、女の子の膝に座るって……どんな状況なのさ。確かに、ボクは君達よりも身長が低いよ。だけど、体重はきっとボクの方が重いんだから。き、きっと。


「そうか? 姫野の体重は確か、40キロない」

「委員長、個人情報だよ!? ど、どうしたのかな? 双神さんと月風も?」

「……姫野先輩。私の方が重たいです。酷いです」

「あんたねぇ。少しはデリカシーってものを学びなさいよねっ!!」

「ええ……」


 ボクの責任じゃないと思う。

 ……車の窓に映った自分の姿を見る。

 うん、良かった。

 今日の恰好はちゃんと、男に見える――と思う。

 朝から委員長に着物で迫られ、双神さんと月風にはうちの制服(女子のだ! 酷い)を強烈に押されたけれど……最終的には、昨日、華に選んでもらった服で落ち着いた。

 ありがとう、華。今度、何かご馳走するねっ!


「それにしてもあんた」

「何さ」

「今日の恰好、狙ってやってるわけ?」

「はぁ?」

「姫野先輩、その服装、とっても可愛らしいです♪」

「なっ!?」

「姫野……もしや、分かっていないで着ているのか? 昨日、華……こほん。妹さんが言っていただろう?」

「な、何を言って――」


 嫌な予感がする。

 昨日、華はボクにこれを渡す時、何と言っていたっけ?

 延々と着せ替え人形と化していたから、意識が飛びかかっていたけど。


『くふふ♪ お似合いです、兄様。女の子向け、だけど敢えてのボーイッシュ! サスペンダー付きのズボンと白いシャツ。そして大きめの帽子! 完璧です!! 香澄さん、明日は写真をたくさん撮ってきてくださいね? 雪姉様と月姉様に自慢しないといけませんから』

『御意』


 ……自分の迂闊さに死にたくなる……。

 でもでも。ボーイッシュだし! 何時ものスカートや着物じゃないしっ!!

 セーフ。辛うじてセーフ。きっと、おそらく、多分、セーフ。

 ……そうだった。華もボクに女性向けの服を選ぶのが大好きな子だった。

 帽子のつばを両手で持ち、引き下げて震える。あ、泣くかも。


「はぅ……姫野先輩、それ、いいです」

「っ……あ、あんたねぇ……そ、そういうのは事前に言ってからやりなさいよねぇ……」

「いいぞ、姫野。そのまま動くな。この絵面だけで、今日来た甲斐は十分にある」

「森塚先輩、それ、後でいただいてもいいですか?」

「勿論だ。そうだな。ついでにこんなのもあるが」

「うわぁ……」

「可愛い……あ……ち、違うんだからねっ! 今のは、その」

「あはは……」


 今は亡きお父さん。お母さん。

 この世の中はとっても厳しいです……。

 み、味方がほしいっ! 痛切にっ!!


※※※


 『二宮八家』の一角、『双神』家は局地戦に長けた家柄だ。

 最も得意な属性は『水』。

 かつて『局地戦最強』を争った『八ツ森』が没落し、『十乃間』の傘下に入った今、名実共に国内では、並ぶものなき家となっている。

 

 と、まぁ……それは表向きのお話。

 

 十家と呼ばれ、強大な力を誇り、ある程度均衡していた各家間には、今や恐ろしい程の差が発生している。

 すなわち――

 

 『十乃間』『藤宮』『桜宮』


この三家は他の七家と隔絶した勢力を誇っている。いやまぁ、『十乃間』と二宮家との差もかなりあるけど。

 それでも追随しようとしている『天原』と別分野(主に諜報)に特化した『鹿灯』は、三家と対等とまではいかないまでも、話をすることはあるし、情報もある程度共有している。少なくとも、当主やそれに近い人達はボクのことを知っている。『十乃間』傘下の『八ツ森』も同様。

 が……残念だけど、それ以外の四家にとって、『十乃間優希』の存在はほぼ知られていない。辛うじて知っているのは、ボクがまだ『十乃間』だった頃に出会った数少ない人だけ。

 例えば、目の前にいる人のように。

 そっと、和菓子(抹茶の水羊羹だ)が載った小皿が差し出される。

  

「お口に合えば良いのですが」

「ありがとうございます。もっと、ぞんざいに扱ってください。今のボクは姫野優希。十乃間優希じゃありません」

「御冗談を。今はそうかもしれません。ですが、何時までもそうである筈がない。十乃間雪子様は、『代行』を頑なに名乗っておいでと聞き及びます」

「姉は頑固なので。お久しぶりです、いと様」

「ふふ、すっかりおばあちゃんになってしまいました。優希様はますますお可愛くなられて」

「ええ……」

「可愛いは正義。大正義です」


 楽しそうに笑っているのは双神いと様。

 ボクが『十乃間』にいた事を知っている数少ない一人。

 いい人なんだけど……単なるいい人が、双神家を切り盛り出来る筈もないんだよなぁ……何を言われることやら。爆弾じゃありませんようにっ!!


「優希様。本日はお願いがございまして」

「何でしょう?」

「うちの孫娘を、嫁に貰っていただきたく」


 ち、ちょっと、この爆弾はとっとと解体をしよう。

 う……お、悪寒が……。

 ボクはまだ何も言ってないからねっ!? 

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