第3話 悲劇≒喜劇
うちの学校の制服はブレザー。
男はネクタイ、女の子はリボンの着用が義務づけられていて、学年ごとに色が違っている。
僕に指を突き付けているこの子が付けているリボンの色は――赤。
この子は1年生だ。
入学したばかりの子がボクに何の用だろう?
首を傾げながら尋ねる。
「どちら様かな?」
「なっ……!?」
「姫野――流石にそれは……」
「いやだって、会ったことないよ?」
記憶にないなぁ……啖呵をきられても困る。
周囲からはざわつき。な、何さ?
押し黙っていた1年生がぽつりと呟いた。
「……弄んだくせに……」
「はぁ?」
「私の事を弄んだくせにっ!」
『!』
「あんな風にされたの初めてだったのにっ!」
『!!』
「私にとっては……忘れられない体験だったのにっ!」
『!!!』
「……覚えてもいないなんて酷い……」
『姫、ひど~い。鬼畜~。困ってるの可愛い~』
ここぞとばかりに、我がクラスメート達が絡んでくる。
……こういう時だけ一致団結するんだから質が悪い。
日頃からこれが出来れば、学年最優秀だろうに。
――状況は極めて不利。増援も期待出来ない。
ストッパー役の委員長も、あれでネジが外れている時はあてにならず、むしろ最悪の敵なのは既に身をもって――う、昨日の悪夢が脳裏に……。
かくなる上は――
「ここじゃ落ち着かないから二人で話そ」
「え……ち、ちょっと……」
「む、姫野! 授業をサボるのは」
「サボらないよ――着いて来ないでね」
委員長と周囲の野次馬に伝えて、1年生の手を掴み歩き出す。
……屋上にでも行こうかな。
今日の天気なら暖かいだろうし。終わったら日向ぼっこでもしよう、うん。
「……何処へ行くのよ?」
「屋上」
「…………」
それっきり一言も発しない1年生。
こちらを睨みつけているのを背中で感じる。
……本当に何かしたかなぁ。思い当たるふしがない。
まぁ、話を聞けば分かるかな?
※※※
屋上は予想通り、ぽかぽかだった。
……日向ぼっこしたい……。
「で……思い出したのかしら?」
「――君の勘違い」
「あり得ないわね。貴女、自分の顔を鏡で見た事ないの?」
「ひ、酷っ」
ボクだって自分の容姿にはコンプレックスを有り余るほど持ってる。ええ、持ってるもさっ!
そのことで今までどれだけの屈辱を受けてきたことか――。
「春休み」
「?」
「だーかーらぁ、春休みよ。貴女は私を――認めたくないし、借りは必ず返すけど、完膚なきまでに負かしたわっ!」
「………………ああ。あの時、大泣きしてた」
「だ、誰のせいでそうなったと思ってるのよっ!!」
ようやく、思い出した。
……興味がない事はすぐ忘れちゃうのが悪い癖。直さないとなぁ。
「君は」
「月風――月風舞花よ。姫野優希先輩」
「……どうしてボクの名前を知ってるのかな?」
「貴女、有名人ね? 背が低くてとても可愛らしい先輩を探してるって聞いたら、たくさんの人がすぐに教えてくれたわ」
「ぐっ……な、何という屈辱っ」
「あら、良いじゃない。可愛いは誉め言葉よ」
「……そうでもないよ。で、二宮八家が一つ『風舞』の月風家、そのご息女が何の用かな?」
この国には、政治・経済・魔法の各分野へ大きな影響力を及ぼす名家が存在する。
その代表例がすなわち、二宮八家と呼ばれる十名家である。
二宮『桜宮』『藤宮』
表四家『天原』『神乃瀬』『双神』『御倉』
裏四家『十乃間』『鹿灯』『八ツ森』『月風』
かつてはこの十家だけで、官民共に八割方を牛耳っていたそうだ。
まぁ……今はかなりの差が出ているし、没落して同じ十家の配下となっている家も……栄枯盛衰は世の常。諸行無常とはこのことか。
月風家は、没落までいってないものの、かつての勢威はなかった筈――何にせよ、この子、本物のお嬢様だったのか。
「決まってるでしょ? 私と再戦なさい」
「嫌です」
「はぁ!? ど、どうしてよ?」
「ボクにメリットがない。それに」
「……何よ?」
「今の君なら、百回やって百回、ボクが勝っちゃうからね」
「…………言ってくれるじゃない…………」
彼女の周囲に強い風が渦巻く。
……う~ん、素質だけなら確かに大したものなんだけどなぁ。
「再戦の理由は、意趣返しかな?」
「……それもあるけど」
「けど?」
「……うちの家訓が問題なのよ」
「家訓?」
「『勝負を挑むからには必ず勝て。勝てない場合は――その身をその者に捧げよ』――まったく、やんなるわよ。これで貴女が男だったら話はもっと面倒なことに」
「待った」
うん、この子、あり得ない単語を言ったよね?
もしかして――いや、そんなまさか、ねぇ?
「……変な事を聞くけれど、いいかな?」
「何かしら?」
「…………ボクの性別を何だと思ってる?」
「変なことを聞く先輩ね――勿論、女性でしょ?」
「……ぐふっ」
「ち、ちょっと、どうしたの? だ、大丈夫?」
この世に生を受けて16年と少し――こ、これ程の悲劇があろうか。
勿論、ボクの容姿が、そっち寄りであることは分かっている。分かっているが……幾ら何でも、程度問題である。
まして、ボクは――
「ねぇ……ボクの制服は男性用だよ?」
「それがどうかしたのかしら? 似合ってるし、良いじゃない」
「……普通、女の子はスカートを穿いてるよね?」
「貴女の信条に口を出すつもりはないけれど、スカートも似合うと思うわよ?」
「…………」
体から力が抜けていく……泣いてもいいよね、これ?
涙目になりながら、月風に視線をやる。そして――叫んだ。
「ボクは――男だっ! 女の子じゃないっ!!」
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