第4話 触らぬ少女に祟りなし

「何を言うかと思えば……つまんない嘘ね。そんなんじゃ誰も騙されないわよ?」


 し、信じてもらえない……だ、と……?

 な、何故だ!

 どう見てもボクは男――


「私よりも背が低くて」

「!」

「私よりも華奢で」

「!!」

「私よりも長くて綺麗な髪をしてて、肌も透けるようで」

「!!!」

「私と同じ位、可愛らしいのに」

「いや、別に君はそこまで可愛くない……」

「な、何ですってぇ……ちゃんと見なさいよ! 誰がどう見たって美少女じゃない!!」

「ソウデスネ」

「ぐっ……あ、あんたねぇ……ほんと、一々癇に障る……」


 何やら、目の前の自称美少女が怒りに震えている。

 き、君だって多大なる精神的苦痛を与えたんだから、お相子!

 やはり、そろそろ拓海から背を奪い取る時期か……。

 これはボクの尊厳に関わる。極めた重大事。

 ……せめてこの髪を束ねている紐を外して、髪を切れれば。

 まぁそんな事したら、姉さんに何をされるか分かったもんじゃないけど。


「とにかくよ! そんな嘘で時間稼ぎをしようなんて――」

「……はい、これ」

「何よ?」

「見て」

「そんなの見たところで何も――――」


 屈辱的ではあるが仕方なし。そっと生徒手帳を彼女へ渡す。

 当初、訝しげだった表情が見る見るうちに引き攣っていく。

 ボクの顔と生徒手帳を何度も繰り返し確認……いや、そこまでしなくても、さ。


「……納得してくれた?」

「…………何て事をしてくれたのよ、あんたはぁぁぁ…………」

「ひぃ」


 余りの怒気に後退る。

 情けない? 下手に容姿が整っているから、怒っていると本気で怖いのっ!


「そ、そんなこと言ったって、勘違いしてたのは君だし、春休みに暴れていたのも君じゃないか。魔法が甘々なのも自己責任だっ!」

「ふふ……ふふふ……言ってくれるじゃない……そうよね? 確かに私が勘違いしてたのも――やっぱり、悪くないっ!! あんたがそんなんだから、間違えるのは当たり前よ」

「なっ……す、好きでこんな風になった訳じゃ……」

「と・に・か・く! 勝負よ、勝負――今度は負けないんだからね」


 いきり立ってるなぁ――説得は無理そうだ。

 さて、どうしようか?

 

 選択その1:勝負する→多分――いや、間違いなく勝ってしまう=また、絡まれる=委員長の機嫌が何故か悪化=日向ぼっこの時間大幅減!

 ……駄目だ。こんな未来は受け入れ難い。

 選択2:逃走する→この場を逃げ切るのは容易いがこの子の性格を鑑みるに、おそらくつきまとう=以下略。

 ……この案も駄目だ。

 となると、選択その3だな、うん。


「分かったよ。勝負しよう」

「わ、分かればいいのよ、分かれば。それじゃあ――」

「じゃんけん――」

「へっ?」

「ぽん」

「はっ? ぽん?」


 ボクがパー。そして彼女はチョキ。

 よしよし――む、妹の小言が聞こえたような。な、何さ? 使だと思うよ?


「わぁ、負けちゃったなぁ……でも、これで君の勝ちだね? それじゃ、ボクはこれで」

「え? ち、ちょっ、ちょっとっ!」

「もう、授業始まるよ? 君も急いで戻ってね」


 何やら言いたそうだけど無視無視。

 触らぬ少女に祟りなしの格言は何時も正しい。先人の皆様に感謝。

 よしよし、今学期は中々幸先が良いぞ。

 去年の今頃は……思い出してはいけない……。

 そんな事を考えながら彼女を放置し、意気揚々と教室へ戻ったのだった。


 今から考えれば、ボクは余りにも甘く考え過ぎていたのだけれど。

 だってその日以降、毎朝昼晩付け狙ってくるなんて想像出来なかったんだよぉ……。



※※※



 屋上に取り残された私は余りの出来事に茫然としていた。

 まさか、まともに相手をしてくれないなんて――やってくれるじゃない。

 ぎりっ、奥歯をきつく噛みしめる。

 ……確かに『勝負』の内容まで規定をしていない。

 だけど、普通は同じ内容――春休みの時のように模擬戦で雌雄を決する、と思う筈だ。

 逃げたんだろうか? 今年度の首席である私から。

 ――否。

 あの時、私に何もさせず、控えめに言っても楽勝だったのだ。言葉の端々には絶対的優勢を確信していることが見て取れた。

 つまり――


「ふざけんてじゃないわよっ!!」


 怒りに反応して、屋上を風が荒れ狂う。

 あいつは――あの一見、年下の少女にしか見えないあの男は、

 弱すぎて相手にならない、と。

 いい度胸だわ――なら


「あ、いた~。舞花ちゃん、そろそろ授業始まるよ~?」

「――決めたわ」

「へっ?」

「あいつをその気にさせる」

「え、ええ!? ま、舞花ちゃん、そ、それって……で、でもそのあの、先輩さんの気持ちもあるし……」

「綾、何を言っているの?」


 何故か、あたふたしている親友。

 どうしてそんなに顔を赤らめているのかしら?


「明日から、あいつにつきまとって何が何でも、勝負してもらうわ! そして、私を認めさせて――今度は泣かしてやるわっ!」

「ま、舞花ちゃん、それって、その……所謂、好きな子に――」

「行くわよ、綾。初日の授業からが遅刻しちゃまずいわ」

「あ、待ってよぉ~」


 綾が何か言いたそうにしてたけど――まぁ、いいわ。

 方針は定まったし。多少の抵抗はあるでしょうけど、すぐ叩きのめしてあげる。

 そうしないと、お母様がうるさいしね。まったく、変なのに引っかかっちゃったわ…ついてない。

 


 と――この時点では物事を私は簡単に考えていたのだけれど、すぐに気が付く事になる。

 あれだけ目立つ容姿をしてて、毎日学校へ通ってる筈なのに、遭遇すら出来ないって、一体何がどうなってるのよっ!!!

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