第5話 鬼ごっことかくれんぼは得意分野
「……あいつは何処?」
「あいつとは誰のことだ?」
「とぼけないでっ! 貴女達が『姫』とか『姫様』とかって呼んでるあいつよ!」
「ああ、姫野か――見れば分かるだろう。教室内にはいない」
「――あれ? 委員長、姫様ならさっきまでそこに、ぐふっ」
「……ここにはいない」
「そ、そう」
今日もまた、休み時間になった途端やって来た後輩――月風舞花、今年の新入生首席だ。忌々しい事に外見だけは可愛らしい――に、いらない事を言いそうになったクラスメートを手刀で黙らせつつ、私は冷たく告げた。
まったく……入学式翌日から毎日毎日、よくもまぁ飽きないものだ。今日でもう二週間だ。ある意味、尊敬する。
しかし、このやり方で、姫野を捕えるのはかなり困難。
あれをどうにかするのは一種のコツが必要なのだ。例えば写真やら、動画で脅すとか。
……教える義理は微塵もないので何も言わないが。いない事を告げているのだって私としては破格の対応だと思う。
それにしても……この子は何をしたいんだろうか?
「……本当でしょうね? 学校には来ているんでしょう? なのに、ここ二週間、一度たりとも遭遇出来ていないわ。貴女達が隠してるんじゃ――まさか、監禁?」
「馬鹿な事を言うな」
「そ、そうよね。ごめんなさい。流石に礼を欠いた――」
「あれをそう出来るならとっくにそうしている。私達だって何度試みたことか――だが、未だに一度たりとも成功していない。すぐ脱走される。一時的なら何度かしているが」
「え、ええ……」
「どうした?」
何故か、目の前の後輩が後ずさりしている。
はて? 何か変な事を言っただろうか?
「言っておくが……私達のそれは緊急措置だ。姫野を外見通りで判断するな。あれは――根っからのサボり魔。色々と強制的にやらせないと、それこそ進級も怪しい」
「へっ? だ、だってあいつは……私に勝ったのよ? それなのに進級って、まさかそんな……」
「事実だ。そうだな、矢野?」
「ん? ああ、確かにな。去年は大変だったよなぁ……ほぼ、全教科追加レポートだっけ? それでいて、本人はケロッとしているんだから。まぁ姫らしいっちゃらしいが」
「……時折、あいつは私達に喧嘩を売ってるのかと思う時がある」
「……貴女達も苦労してるのね」
後輩から同情の視線。
大丈夫だ。今の君と大して変わらん。
ひらひら、と手を振り再度回答。
「余談が過ぎたが――姫野はいない。学内にはいるだろうが……何処に行ったかは誰も知らないだろう」
「そう……分かったわ。それじゃ、伝言を――」
「昨日と同じだろう? 伝えておこう」
「よろしくお願いするわ」
「ああ――その、月風だったか」
「何?」
「君はどうしてそこまで姫野に執着しているんだ?」
「……ちょっとした家庭の事情よ。それじゃね」
そう言うと、月風は教室から出て行った。
しばらくして――窓の外から姫野がひょこりと顔を出した。
悪戯っ子のような笑顔をこちらに向け尋ねてくる。
「――行ったね?」
「ああ」
「ふぅ……やれやれ。あの子もめげないねぇ……何が彼女をそこまでさせるのか……問題はもう解決済みだろうに」
「姫野」
「うん? あ、委員長、対応ありがとー。いやぁ、ちょっとだけ焦ったよ。多分、前の授業が近くでやってたんだね。僕の席って窓際で眠くなるから危なかった」
「まず、堂々と寝るな! 試験前になってもノートは見せてやらんからな。それと――そろそろ相手をしてやれば良いではないか。納得させてやれ」
「ええ……それをここで言うの? はぁ、委員長って言葉はキツイし、すぐ怒るし、重度の少女趣味だし、僕の尊厳を汚すのが生き甲斐だけど――」
「……喧嘩なら買うぞ?」
「ほら、すぐ怒る。だけどまぁ――何だかんだとっても優しいよね」
「――ほぇ?」
変な声が出る。
や、優しい? 私が? 部活の後輩から恐れられ、実の弟達から畏怖されている私が??
……騙されるな、私。
これはこいつの罠だ。そうやって、時々、ドキッとさせれば全部許されると――いやまぁ、もう少し頻度を増やしてくれれば検討しなくもないが。
「だって、普通は自分とほとんど関わりがない後輩の気持ちなんて考えないよ? だけど、委員長はそれを気にしているんでしょ? ほら、やっぱり優しいじゃない。僕は、委員長のそういうところ――大好きだよ」
「ぐふっ……」
「森塚! 姫――なんて、なんてことを……衛生兵! 衛生兵はまだかっ!!」
「流れ弾に被弾した者多数。手が足りませんっ!」
「何だと!? ……姫、これは責任を取ってもらわないとな?」
「と、突然、寸劇を観せられても対応に困る――はっ」
後方から飛びかかった男子生徒を姫野が軽くかわす。
ちっ――失敗か。
それにしても咄嗟の連携がこのレベル――うちのクラス、侮れないわね。
「い、委員長!? 何のつもり――まさか、僕を裏切って!」
「馬鹿を言うな。私は君の味方だ」
「な、なら何で?」
「ちょっとした出来心だ。可愛い君が、可愛い台詞を言うのがいけない。それに――そろそろ新しい写真も撮りたい。撮らせろ」
「まさかの欲望のみ!?」
すぐさま逃げ出そうとする姫野――が、既に周囲は完全包囲体制。
……この二週間、新作は公開してなかったから、皆の団結力は固い。
じりじりと包囲網を狭め――姫野がまるで重力がないかのようにひらりとそれを抜ける。
む――今の動き、ふざけているのではなく本気だったな。
「――ごめん! 風精霊が騒がしい。あの子が来る! また後で付き合うよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます