第6話 謀、知らぬは姫様ばかりなり

「悪いけど――私、自分より弱い男に興味ないのよ。彼女にしたいなら、他を当たってくれる?」

「なっ……た、試してもみないでそんな事、分からないじゃないか!」

「分かるわよ。貴方は私よりもはっきりと弱い。正直相手にもならないわね」

「っっ! な、なら、今ここで勝負――」


 瞬間、目の前に立っていた男――同級生らしいけど、名前は憶えてない――を空中へ吹き飛ばす。

 はぁ……この程度の魔法、簡単に防いでほしいわね。

 溜息をつきながら、私も飛翔魔法で空中へ――そして、恐怖で顔を引き攣らしている男を地面に叩きつけ……る前に止める。

 これじゃ、単なる弱い者虐めだわ。

 怪我をしないように、優しく地面へと降ろす。


「さ――これ以上、何か言う事があるかしら? 少なくとも、今のを防げすらしない貴方と付き合うなんてあり得ないわ。それじゃね」

「ま、待てよっ!! あ、あんなのを防ぐなんて……そ、そんな奴いる訳」

「少なくとも、私は知ってるわ」


 春休みに味わった屈辱が脳裏に蘇る。

 あいつには私の魔法を全て封殺した挙句、その構築の甘さすら指摘する圧倒的な余裕があった。最後には、魔法の展開すら封殺された位だ。

 入学後、リベンジすべく襲撃をかけているものの……この一ヶ月、勝負どころか遭遇すら出来ていない。

 学校には来ているのだ。下駄箱に靴はあったし。

 が――全く、会えない。休み時間の度に襲撃をかけても、その姿は忽然と消えている。

 私は『風舞』月風家の長女。こと探知能力にかけて、戦場の灯火役である『鹿灯』以外に負ける訳ないのに……。

 それをあいつは――姫野優希。未だに信じられないけど男らしい――まるで私の位置を事前に把握してるかのように躱し続けているのだ。

 おそらく、この学校で最も目立つであろう容姿をしているにも関わらずだ。


 何て――何て屈辱っ!!

 

 これを晴らす為には、何が何でももう一度あいつと勝負をして、打ち負かして泣かすしかないわっ! 

 と言うか……そんなに私と会いたくないのかしら? 顔を見るのも嫌だと?   ……それはそれでムカつくわね。


「そういう訳だから――貴方とは付き合えないわ」

「舞花ちゃん、終わった~?」

「ええ、お待たせ綾――それと、貴女もかしら?」

「バレていたか」


 校舎の陰から現れたのは、森塚香澄――私が春休みに勝った先輩だ。

 その表情は不思議な程、にこやか。

 ……怪しい。何を企んでいるのかしら。


「当然よ。何の用? もしかして、私にあいつを突き出しに来てくれたのかしら?」

「と――言ったら?」

「!?」

「まぁここで話す内容ではあるまい。興味があるならば、私達の教室に後で来るといい。それに……そちらは色恋沙汰のようだしな。姫野にも『月風さんは大層モテるようだぞ』と伝えておこう」

「……止めなさいっ!」

「おや? どうしてだい?」

「……貴女が、そう誰かに、あいつへ言われたらどう思うのよ?」

「……ふむ。どうやら失言だったようだ。確かに、自分よりモテるだろう姫野に伝えるのは、何かこう敗北感があるな」

「分かればいいのよ」


 この一ヶ月、追いかけて分かったのわ――あいつ、人気ありすぎっ!

 2年生だけじゃなく3年生にも顔と名前が知れ渡っており、今や1年でも知らない者はいないだろう。

 ま、まぁぱっと見、私と同じ位、美少女だし? 納得するところもある。

 ……その人気者を捕捉出来ないなんて。あ、また怒りがこみ上げてきたわ。 


「取り合えず――こちらには話したい事がある。姫野関連で」

「……行くわ。綾、貴女も来る?」

「えーっと――舞花ちゃんだけだと、ちょっと暴走が怖いからついていくね」

「おや? 彼は良いのかい?」

「話は終わったわ」


 そもそも、今の私には色恋よりも、あいつが重大事なのよっ!

 それと――綾、後でゆっくり話を聞くからねっ。



※※※



「共闘?」

「そうだ」


 2年生の教室へと赴いた私を待っていたのは――意外過ぎる提案だった。

 貴女達、あいつの味方だったんじゃないの?


「誤解しないてもらいたいが――私達はあいつの味方だ」

「ならなんで――」

「……それは君の責任が大きい」

「へっ?」


 周囲を見渡すと、先輩達が一斉に頷いていた。

 綾も乾いた笑いを浮かべている。な、何よ?


「君が、朝から晩まで姫野を追いかけ回した結果――あいつは、授業以外、殆ど教室にいない状態が続いている。これは由々しき事態だ。矢野」

「嬢ちゃん、こいつを見てくれ」

「それは?」

「……クレームの山だ」

「ク、クレーム!?」

「2、3年を中心に、『最近、お姫様の姿がないのは何で?』『姫様を返せっ!』『隠すなっ!」等々……姫が本気で隠れると見つけるのは困難なんだ」

「……我々は苦慮した。何しろ私達も殆ど話せていないのだ」

「まぁけどな」

「「「「「はぁぁぁぁぁ!??」」」」」 

「…………馬鹿が」


 矢野先輩の一言に、周囲から凄まじいブーイングが飛ぶ。

 苦虫を噛み潰したような表情になりつつ、森塚先輩が一喝。


「静まれっ!! これは必要措置――そう仕方なくしているのだっ。他意はないっ!!」 

「なら代わ」「代わらんっ」「横暴だー」「何とででも言えっ」

「ねぇ…………それで、最初の共闘というのは何なの?」


 この人達、仲良いわね……。

 真面目そうに見える森塚先輩ですらこうだし。

 先輩は振り返り、私へこう告げた。


「勿論、1,2に決まっている。そこで姫野と君には一騎打ちをしてもらう。その為に協力する用意が此方にはあるが――君はどうしたい?」

「そんなの――」




「何か――悪寒がする。まだまだ日向ぼっこしなきゃ!」

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