第3話 これが、これが、本物の御姫様だっ!

 翌日のお昼休み――あーあー、本日は晴天なり。

 良い天気なので、今日も日向ぼっこをボクは所望します。

 幸いな事に、委員長はクラスの女の子達に捕まって、身動きがとれないようだ。基本的に世話好きだし、人当たりも悪くないから人気があるしね。

 しめしめ。さて、と……そんな視線を向けられても、知りません。

 最近、お昼になるとやって来る月風と双神さんも、今日は来ていない。多分、委員長と同じ状況なのだろう。

 拓海? ああ、そう言えばそんな裏切り者もいたっけ……。お昼休みと同時にダッシュしていたから、どうせ彼女さんと、きゃはは、うふふ、なんだろう。

 ……ちっ、死ねばいいのに。

 ま、いいや。お弁当を持って、と……さ、自由を謳歌しよう!


「――ごめんなさい。このクラスに姫野優希様はいらっしゃいますか?」


 教室の入り口から、涼やかな声が聞こえた。何と言うか、上品な感じ。

 ……空耳だ。きっと空耳だ。だって、聞いた事がない声だし。

 さ、逆側から出よーっと。


「姫? いるよー。姫ー姫ー、お客さんだよー」

「姫って言うなっ! はっ!? し、しまった……思わず、反応して」


 ボクが言い終わる前に、入り口から女の子が入ってきた。

 美しい黒髪のショートヘア。見るからに美少女だけど、何処となく美少年風でもある。

 すらりとしたモデル体形で、当然の如くボクよりも背が高い。

 全体から何となく感じるこの雰囲気……藤宮の御嬢様に似てる気がするような、しないような……。

 そんな事を思っていたら、逃げそびれた。ふ、不覚っ!

 美少女はボクの前で立ち止まり、見つめてきたかと思うと、深々と頭を下げてきた。おおぅ。


「姫野優希様ですね? 私の名前は桜宮栞と申します。この度は大変、御迷惑をおかけしまして……」

「ち、ちょっと、待って!」

「?」


 思わず手を掴み、歩き出す。

 こ、こんな所で桜宮の御嬢様――いや、『二宮』であることを考えれば、この子は本物の『御姫様』だ。

 そんな子に、こんな所で頭を下げさせた、なんてことが学校中に広まれば……最近、とみに下がっているボクの評判は更におかしな方向へとねじ曲がってしまうだろう。

 ……それは看過出来ないっ! 

 ただでさえ、『姫』やら『姫様』やらと、男扱いされていないというのに、これ以上、変な噂になるのは願い下げだっ!


「あ、あの……」

「こんな所じゃなんだから、屋上に行こう」

「――は、はい」


 素直に手を引かれてついて来てくれる。

 いい子だなぁ。最近、癖の強い子達ばかりに遭遇してたから、こういう反応だけでちょっと感動してしまう。

 ――なお、廊下を移動している間も、延々と声がかかったのは言うまでもない。


※※※


 何時もの屋上へ行き、フェンスを後ろに、縁へ座る。はぁ、風が気持ちいい。

 目の前の御姫様は戸惑っていて、まだ立ったまま。


「ああ~こういう風な所で座ったことないかな?」

「は、はい……そ、それに、生徒が屋上に入る事は、原則禁止なのでは?」

「あ~うん。そうだね~。もしかしたら怒られるかもよ? 帰った方が良いんじゃないかな~」

「い、いいえ。少なくとも、お話させていただくまでは……帰れません」

「そう。まぁいいや」


 お弁当を開ける。勿論、ボクお手製。

 おにぎりとおかず、の黄金コンビ。勿論、唐揚げ、ちょっと甘い卵焼きと青物付き!

 ふふふ……怖い、怖い。日に日に成長している自分の料理スキルが!


「あ、あの……」

 

 おにぎりを食べつつ、おかずもつまむ。

 うん、上出来。油断してると、委員長がお弁当まで作ろうとするからなぁ……ボクだって十分作れるのに。

 魔法瓶からお茶を注ぐ。ふぃ~幸せだなぁ……。


「あの、姫野様……お話してもよろしいでしょうか?」

「うん。どぞー。あ、この前の件での、謝罪とかだったら必要ないよー。大方、御実家の方から、何か言われたんでしょ?」

「……はい。申し訳ありませんでした。貴女様が、まさか『十乃間』の」

「言っておくけれど、ボクの名前は姫野優希だよ? そんな苗字の人は存在しない。少なくとも、公式には、ね。これで、手打ちで良いんじゃないかな? お昼休み終わっちゃうよ? 戻った方がいいと思うな」


 予想通りか。

 一応、雪姉には伝えておいた方が良い――はて?


「あ~……桜宮さん?」

「はい」

「どうして、ボクの隣に座ったのかな? わざわざ、ハンカチまで広げて……汚れちゃうから、止めた方がいいよ?」

「……私は驕っていました。貴女様にこの前の試験で叩きのめされるまで」

「はぁ」

「ですが、完膚なきまでに敗北したことで……気付いたのです。上には上がいるのだ、と」

「へ、へぇ……あれ? でも、その割には学校側へ申し出をしたんじゃ……」

「それは! ――貴女様の事が知りたくて」


 うぐっ……黒髪美少女が、頬を薄らと赤らめつつ上目遣いに此方を見てくるこの感じ……どうしよう、完全にドストライクだ。これで髪が長かったら完全に撃ち抜かれて――はっ! さ、殺気!

 咄嗟に、お弁当の蓋で受ける。何かが貫通。

 

 こ、これは……は、箸とフォーク、それにスプーン、だ、と!?


 狙撃方向を見ると、そこにいたのは――あ、うん。見知った三人様だね。

 お弁当の蓋を閉めて、逃走の準備をする。このままでは死ぬ。多分、精神的に。

 ……え? さ、桜宮さん? ど、どうかしたの??

 立ち上がった彼女の凛とした声が屋上に響きわたる。


「貴女達――いったいどういうおつもりですか? そのような乱暴狼藉、この桜宮栞が許しませんっ!」 


 何と、高潔な姿……どうしよう、今、ボクはとてもとても感動している。

 ほらっ! 君達もちゃんと見なよ。

 これが、これが、本物の御姫様だっ! 

 ……え? 違う? むしろ王子様?? 馬鹿なっ!? 

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