第11話 その姫様、意地悪につき

 距離を取り、後輩の少女二人と向き合う。

 見るからにやる気な月風と、申し訳なさそうな双神さん。

 ……はぁ、真面目にやる、とは言ったものの気がほんと進まないなぁ。


「いい! 本気でやんなさいよっ!」

「えーどうしようかなぁ……双神さんはどっちがいい? そのいちー、ボクがすぐ負ける。そのにー、ボクが途中で逃げる。そのさんーこの場で敗北を宣言する」

「へっ?」

「……あんたねぇぇぇぇ」

「冗談だよ。冗談。拓海、合図を」

「はいよ」


 ビデオカメラを手に持っている拓海が片手を上げる。ふむ、確かあれは今年の最新モデルだった筈。

 取りあえず、後で売り飛ばそう。うん、そうしよう。

 手が振り下ろされた。


「始め!」

「先手必勝っ! 綾!」

「う、うんっ!」


 合図と同時に、双神さんが『水流刃』を形成、こちらに振るってくる。

 ほぉ……さっきよりも綺麗な構築式。あ、もしかして、言った事をもう修正しようとしてるのかな?

 表情を見ると、申し訳なさそうに、けれど、必死に操っている。

 ああ、いい子だなぁ……それに比べて、はぁ……。

 襲い来る、魔法を取りあえず回避。

 勿論、双神の『水流刃』の太刀筋と間合いは変幻自在。ただ、かわしただけでは追尾してくるんだよねぇ……まぁ、だけどこれ位なら回避し続けても良いかな?

 後方で、大魔法を構築している暴風娘と違って、この優し過ぎる女の子なら、それだけで気付くだろうし。

 ひょいひょい、とかわしつつ接近。太刀筋が急所を狙ってこないので非常に分かりやすいです、はい。

 ……う、妹のそれを思い出してしまった。どうして、仮にも兄に対して、あそこまで過酷な攻撃が出来るんだろう? 

 考えてみると酷い。まったくもって酷すぎる。

 うん、今度の夏休みに帰省するのはやっぱり止めにしよう。帰ったら早速、連絡を――おや、凄い寒気が……。

 震えながらも、双神さんの腕が掴めるところまで辿り着く。


「え、え、え!?」

「綾、どいてっ!」


 月風が、風魔法を発動――出来なかった。

 一気に距離を詰め、瞬間的に魔法式を手動で書き換え、崩壊させる。

 双神さんの驚いた表情。大丈夫、君ならすぐこれ位は出来るようになるよ。

 そしてニコっと微笑み、月風の頭を軽くぽかり。

 この子はまったくもう……力の持ち腐れだよぉ……。


「痛っ!」

「はい。終了。ボクの勝ちでいい?」

「なっ!?」

「ひ、姫野先輩、い、今、何をされたんですかっ!?」

「え? 魔法式が展開した瞬間に一部を書き換えただけだけど?」


 これ位のこと、『二宮八家』ならば当然やれる筈。多分、君達の親御さんとかも、平然とやるんじゃないかなぁ。

 まぁ、後で教えてあげよう――双神さんには。

 取りあえず……春先から進歩がないこの子はどうしたもんか……。

 う~む、根本から間違ってる気がするんだよなぁ。何しろ、この子そもそも


「魔法のセンスがちょっと」

「…………何ですって?」

「お――ごめんごめん。余りの酷さに心の声が」

「あ、あんたねぇぇ……」

「いやぁ、だってさぁ――君、後衛向きじゃないよ? まぁ大概はまだゴリ押しでどうにか出来ると思うけどさ『十家』の上にいきたいなら、止めておいた方が。あ、双神さんはそのままでいい。丁寧に魔法を構築する癖をつけるのと、攻撃するのが怖いなら、治癒魔法特化になってもいいんじゃないかな? 双神家の先々代はそういう方だったと思うけど」

「は、はいっ! た、確かにお祖母様、治癒術士です。ですが、そこまで世間には……先輩、何処でそれを?」

「えっ? 昔、お会いした時に話――あ~今の無しね。うん。ほ、ほら、『双神』家っていう名家、しかもその当主だった人ともなると、本にまでなるでしょ? それだよ、それ」

「姫……流石にそれは……」


 拓海がカメラを此方へ向けつつ指摘してくる。

 う、うるさいなっ! 

 ボクにだって間違いはあるんだよ。それと、声が残る形で姫って言うなっ。


「お、お祖母様とお知り合いなんですかっ!? 御隠退されてから公式行事には殆ど出席されていないのに……姫野先輩、正直に答えてください。先輩はいったい」

「う~双神さんだけになら教えてもいいけど……耳を貸して」

「……ちょっと」

「はい!」

「えっとね。実はボクの苗字って……」

「……ちょっとっ!!」

「もう、何さ。今から、双神さんにボクの秘密を教えようとしてたのに」


 沈黙していた月風がこちらを小突いてきた。視線を向ける。

 目には――ほら、だから始める前に言ったのに。

 はぁ……仕方ないなぁ。


「君に後衛は無理です。身体強化を鍛えて、前衛をやりなよ」

「そ、そんなの出来るわけないじゃないっ! わ、私は『月風』なのよ? この国屈指の後衛を輩出してきた『月風』なんだからっ!!」

「はぁ? そんなの関係ないよ? 何に拘ってるのかしらないけど……向いてない後衛より『最強』すら目指せる前衛だと思うけど?」

「…………もう一回、言って」

「向いてない後衛」

「あ、あんた――分かってて、言ってるわね?」

「えーそんなことないよー。ボク、ほら、頭悪いからさー」

「……姫。それは悪手だと思うぞ」

「……姫野先輩、それはダメです」


 二人が駄目出しをしてくる。えー、何でさ?

 案外とからかうと面白い――おぅ?

 何故か、月風に抱きしめられた。しかも、凄い力で。

 所謂、ぎゅー、である。



「……あんたが目指せって言うならそうする。するからお願い、もう一度言って」



 うん。デレるにはちょっと早過ぎると思うよ?

 ――はっ!? 

 凄い寒気と近場からの凄まじい殺気……これはマズい流れな気がするなぁ……。

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