第9話 四面楚歌。で、でも諦めないんだからねっ

「―—はい、以上、姫野優希の簡単歴史講座でした。さて委員長。仕方ないから、挑戦は受けるとして、向こうは三人。後の二人はどうしよっか? 頭数は揃えないといけないんでしょ?」

「それは勿論、私と私」

「……何時から双子になったのさ。まぁいいや。誰でもいいから選んでおいて。さ、お昼休みも終わっちゃうよ。クラスへ戻ろ」


 みんなへ声をかけ、返事を聞く前に屋上を後にする。

 あーあ……面倒だなぁ……。

 それと、何処となく授業参観の雰囲気を感じるのも嫌だ。

 雪姉、月と華は無理にしても、分家筋の応援は絶対に防がないと!

 何が悲しくて、この歳になってそんな辱めを受けないといけないのか。

 これはボクの尊厳が関わる大問題……必ず、必ずや勝利を……!

 ―—そう、この時、ボクは迂闊にも失念していた。

 ボクが普段どう呼ばれているのか。そして、それは何故なのか、をっ!



※※※



「……油断はしてたよ。うん。確かにこれはボクのミスかもしれない。だけどまさか、こんな事になるなんて思わないもの……うぅ、貝になりたい……」

「ちょっとっ! 現実逃避してるんじゃないわよっ。あんたが、決めれば済む問題じゃない」

「そうだな。まぁ、姫野が私以外を選ぶなんてあり得ない話だが」

「森塚、そいつはちょっと増長傲慢が過ぎるんじゃないか? 姫はきっと、俺を選んでくれると思うぜ?」

「……矢野、貴様」

「おっと。ここは神聖な場。武力を持ちだしたら――その時点で失格。お前が一番、分かっているだろぉ?」

「くっ……ひ、卑怯な……」

「姫野先輩、次はこれを着てみてくださいっ! うちの家の自信作です!」


 放課後の教室は控えめに言ってカオスと化していた。

 ボクと名家の子達とが、再戦する話を聞いたクラスメート達の反応は「うわぁ……姫、またやり過ぎたんだ……」「一対三!? おいおいおい。何考えてるだっ。賭けが成立しねぇだろうがぁぁぁ」「いやまて……姫は全学年に知られているが、強いかはまだ知られていない筈だ。つまり」「……毟り取れる」「「勝ったな」」「席取りどうしよっか?」「そこは、委員長様の権力に縋ろうぜ」……酷い。誰一人として心配をしてくれない……。

 ボクが教室の隅っこでいじけようとしていたその時だった。

 何故か、その場で楽しそうに笑っていた桜宮さんがこぼしたのだ。


「―—では、御衣装は私の家で御用意いたしますね♪」


 直後、勃発した血で血を洗う内部抗争の嵐。

 そう……皆、気付いてしまったのだ。

 ボクが着る服装はまだ決まっていない事に。

 ……いや、普通に制服でいいんじゃないかな? という、ボクの真っ当な意見は顧みられる事無く、喧騒の中に掻き消えた。

 結果――現状は四つの勢力に分かれている。


・委員長率いる着物至上主義派。

・拓海率いる『小さい子がいっしょうけんめい努力したと分かる服が見たいゼっ!』という死ねばいい連中。何故か知らないけれど、今回は多数派。ぐぬぬ。

・何故かやはりいる月風率いる、正統派。何でも、普通の女の子の服を着せたいんだそうだ。いや、だから、ボクは(略)。

・双神さんが中心になっている、ボーイッシュ同盟。この前、着たのがお気にめしたそうだ。


 他、体操服派という少数派やら、水着エプロン派閥という異端者達は既に殲滅されている。……危なかった。一時、言葉巧みに水着エプロンが優勢になった時は、自決すら脳裏をよぎったもんなぁ。

 ……はっ! しまった。体操服で良かったんじゃないか? 少なくとも、一番まとも「姫、あいつらが言ってたの女子用だからな。分かってると思うけど」……取りあえず、映像データ廃棄だけでは生ぬるいな、うんっ。

 はぁ、どうしてこんな事に……。


「貴様ら、何故分からないのだ。姫野には着物が似合う。それは永久不滅原則。故に、今回もそれでいくべきだっ」

「……森塚。あんたの言い分は正しい。俺もその意見に異は持っていない。だが……だがな。俺達は和食ばかりじゃなくて、洋食も食べたいんだっ! しかも、普段、滅多に食わない、けれど……美味いのが聞いた瞬間分かる、そんなのをだっ! あんただって見たいだろう? 姫の長スカート姿を。幾らあんたでも見たことないだろうからなぁ」

「うぐっ……そ、それは……」

「月風と双神の意見もそうだ。お前らのは、今まで既に試されている! それを着た姫が可愛いのは当たり前だっ。だが……それで、本当にいいのか? そろそろ俺達は新しいステージを試すべき時期に来ているんじゃないのか??」

「「!?」」


 拓海が大演説をしている。そして、珍しく委員長が押され、月風と双神さんも動揺している。

 ……いや、そもそも何故にボクは着る前提なのか。と言うか、着なくちゃいけないの? 

 桜宮さんが、すっと立ち上がった。


「―—皆様のご意見、ずれております。あくまでも、これは姫野様がお決めになる事です」

「「「「!」」」」 


 ざわつく教室。余りにも真っ当過ぎて、反論も出来ないようだ。

 ……不覚にも涙が。

 駄目っ子属性かと思っててごめん。やっぱり君は、桜宮の御嬢様——いや、王子様なんだね!


「あ、因みに私はウェディングドレスを推しますっ! 通らない場合ですが……、そう言えば結婚式にはお色直しがございますね?」

「「「「!?」」」」


 おっと。雲行きが怪しい。

 「その手が……」じゃないよ、委員長!

 ボ、ボクはそんな事しない。絶対、しないからねっ!! 無理矢理させたら、今度こそ本気で怒るからねっ!!!

 ―—結局「四度!」というのを、「三度」にまけさせた自分を誇りたいと思う。なお、漏れたものも撮影会は当然のように開催され、ボクの魂は大分削られたけれども。

 ところで桜宮さん、何処からそんなウェディングドレスを? え? こうなると思って手配しておいた?? ……君、実は凄く頭良いんじゃない? 

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