第9話 猫は暖かい日向を好むもの

「で、何なのよ? この状況は」

「……見ての通りだ。あれで、森塚は怒ると怖いし、容赦がなくなるからな」


 目の前で、怒れる夜叉――森塚香澄が、鬱憤をぶつけていた。

 向こうは、どうやら1年生。セオリー通りの8人編成なのだが……可哀想に、ああなった森塚を止めれるのは学内でも数える程だろう。トラウマにならなきゃいいが……ほぼ、1人に圧倒されるってのはキツイよなぁ。

 因みこちらも8人編成――の筈が7人しかいない。

 直前まで離脱した事を、魔法で欺瞞していたらしい。流石は姫。だが、後が怖いと思うぜ?


「はぁ……派手に魔力を撒き散らしてるから、何事かと思ったわよ」

「すまんな。文句は姫に言ってくれ。そう言えば、嬢ちゃん達は、今回が初めてだったんだよな? どうだった、最初の転移は?」

「中々、興味深かったわ……あれ、組んだの誰なのかしら? 正直、人間業じゃないと思うのだけれど」

「び、びっくりしましたっ!」

「だろ? あれは凄いよな」


 合同魔法試験に参加する場合、最初のスタートこそクラス全体。

 けれど、そこから1分後には事前登録したメンバー(最大8名)ごとに、広大な試験場に自動転移させられる仕組みになっている。因みにこの魔法式を組んだのが誰なのかは、最高機密らしい。

 ……多分、十名家絡みなんだろう。桑原桑原。触らぬ神に祟りなしだ。

 話を戻すと、飛ばされた後、当然そこから合流がうまくいけば有利になるし、逆に中々合流出来ないでいると、どんどん不利になっていく。

 学校側の説明曰く『現代魔法戦は集団戦である。が、同時に個の生存性も重要であり、索敵能力も同様。また、限られた戦力をどう振り分けるかは指揮能力の研鑽も兼ねている』云々。

 ……いやまぁ、分からなくはないんだが、目の前の光景を見るとなぁ。

 そう言えば、この後輩達も2人編成か。普通は中々許可がおりないもんだけど(姫は、何故か学校側からも色々黙認されている。一度聞いたがはぐらかせれた)それだけ実力があるってことか。


「どうやら……あいつには逃げられたようね?」

「面目ない。1人編成に変更していたのを、完全偽装されていてなぁ」

「そ、そんな事、可能なんですかっ!?」

「嬢ちゃんは、あー」

「双神、双神綾です。矢野先輩」

「本物のお嬢様だったのかな。敬語にした方がいいか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。うちはもう没落寸前ですし、気になさらないでください」

「……流石にそれは信じられねぇなぁ」


 『双神』と言えば、十名家の一角。

 国内最大の巨大警備会社を運営し、財界にも強い影響力を維持していると聞く。

 十名家の中でもかつては『八ツ森』と並んで局地戦最強とすら謳われていた。『八ツ森』が、本当の意味で没落し、数少ない生き残りは例の家の傘下となっている今、『双神』の地位は更に向上している筈。

 ……全然、そうは見えないが。


「ちょっと、どうして綾には敬語とか言って、私には何もないのよっ! 私だって『月風』なのよ!?」

「嬢ちゃんはお嬢様って感じじゃねーしな。あと、姫より可愛さで明らかに負け」

「……へぇ。ここにも死にたい輩がいるなんてねぇ」

「考えてみろ。姫だぞ? 和服姿の写真は見たんだろ?」

「………………綾、私、私、あんな女なんだか、男なんだか、分からない奴に、負け、負けて……もう、お嫁にいけない……」

「だ、大丈夫だよっ、舞花ちゃん! た、確かに見せてくれたあの先輩は可愛かったけど……し、仕方ないよ、あれは。反則、そう反則だよ? 舞花ちゃんだって、すっごく可愛いよ! 本当だよ?」

「うむ。ああ、言っとくが、あの写真はレア物だからな? 間違っても姫本人には気取られるなよ? ……見つかったら、全部回収されるからな?」

「ええ、分かったわ。……至宝を、廃棄されるわけにもいかないもの」

「は、はははー」


 双神の嬢ちゃんが顔を引き攣らせている。

 なるほど、この子はまだ罹患していないのか。

 まぁ時間の問題だろうが。

 俺達が楽しく? 談笑している内に、森塚が相手の制圧を終えたらしい。

 どうやら、本当に単独で8人を蹴散らしたようだ。冷たい笑みを浮かべている。

 ……どちらかと言うと、綺麗系なので、余計に怖っ。


「ちっ――張り合いがない」

「……お疲れ」

「矢野と、何だ、もうこちらを捉えたのか。流石、と言っておこうか」

「貴女もね。正直、さっきのをこの前出されてたら……勝敗は別だったかもしれないわ」

「おや? どうしたのだ。らしくないな。ああ、なるほど。姫野に虐められて多少は矯正されたか」

「ち、違うわよっ! 第一、逃げられた女に言われたくないわ」

「……ほぉ」

「待った。森塚も嬢ちゃんも、怒りをぶつける相手が違う。ぶつけるべきは――姫だろ?」

「「……確かに」」


 危ねぇ。今、ここでやり合われた誰も止められねぇからな。

 双神の嬢ちゃんに目配せ。


「あーで、でもどうやって見つけるんですか? 姫野先輩って、舞花ちゃんでも探知出来ないんですよね?」

「そうよっ! あいつ、ほとんど魔力を残さないんだからっ」

「矢野?」

「くくく……伊達に付き合いが長いわけじゃないぜ。目星はついてんだよ」


 そう。姫の隠蔽技術は学内でも屈指。本気で隠れられたら、この広大な試験場から見つけ出すのは至難だろう。

 が――俺なら、ある程度は絞り込める。何故なら



「考えてみれば分かる。猫は暖かい日向を好むもの――訂正。うちの姫は、だ」 

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