第1話 ピンチはチャンス……ではなくて、やっぱりピンチ

「――と、言うわけだ、姫野君。『桜宮』は取り下げたが、再度、『天原』『神乃瀬』『御倉』から申し出がきている」

「こちらからも、取りやめるように何度も言ったんだがね……建前上、生徒の自主的な行動を何度も理由なく止めるわけにもいかないのだ」

「彼等からの申し出としては、公開、かつ三対三で、というものだ。その代わり、誰を選んでも良いそうだ」

「えっと、負けでいいで」

「……この前も申しましたが、ふざけておいでなのですか? あれだけ惨敗しておいて『公平』にと言い出した事も大概ですが、断られてなお言い出すとは。分かりました。やはり、私と――そうですね、『八ツ森』から人を!」


 ああ、委員長が怒ってる……怒ってるよぉ……。しかも、『八ツ森』から人って、誰かいたっけ? 

 んーと……あ……そ、それはいけない。死人が出る。あの子、加減ってものを知らないからなぁ。

 まぁ、でもほんと負けでいいんだけどな。駄目かな?

 心底、困っている先生方に話しかける。


「前回の申し出と同じく、御断りする事は出来ないんですか?」

「……難しいだろう。前回も君の実家の名前を出さずに、事を収めるのは大変だったのだ。かと言って家名を出せば」

「僕から、姉へ伝えましょうか? そうすれば、非公式には伝わりますけど」

「姫野、その方法では同じ事だ。どうせ、次回以降も圧勝するのだから、毎回、難癖をつけられてはかなわん」

「え? だって、次回以降、僕はサボル」

「……サボったら、密告する。さぞ、本家の皆様は悲しまれるだろうな?」

「ひ、酷いっ! 委員長は、僕の味方じゃないのっ!?」

「味方だ。ただし、真面目な時のお前の、だがな」

「くっ……ボク程、毎日を真剣に生きている男はいないのにっ!」

「男? 私の目の前にいるのは、黒髪の姫様だけだが?」


 うぅ……委員長が虐める……。

 何さ! だって、少し真面目にやったらこんな面倒な事になるんだったら、やっぱり試験中も日向ぼっこしている方が、百倍マシじゃないか!

 『天原』『神乃瀬』『御倉』相手に、公衆の面前で勝負とか……超絶にやりたくない。試験の時に見た実力からすると、正直、相手を見極めようとする悪癖を出さない、初手から本気モードの委員長や『八ツ森』さんちのあの子単独でも圧倒出来るだろう。血筋と才能に溺れていて、まだお尻に卵の殻が付いている子達では、うちの分家筋の戦闘屋さん達には勝てないのだ。

 ……うん? ああ、そっか。ボクがやる必要はないんだ。委員長と拓海と、あとは、月風あたりにやらせればいい。委員長は本気禁止にすれば、良い均衡だろう。

 良し! 冴えてる、冴えてるぞっ! 

 後は、さも申し訳なさそうにこの内容を伝えれば……。


「やはり……ボクが矢面に立つと、色々と問題が発生するかと思います。今回の一件、痛感しました。なので、負け、と言って納得していただけないのなら仕方ありません。ボク以外の代表者に任せたいと――」

「三人の内、『必ず姫野優希は参加させること』が向こうの要求だ」

「なっ!? そ、そんな非人道的な……ボクの成績は先生方も御存知の筈です。実家は凄くても、ボク個人は、貧弱なんですよ……? 凄い三人と戦ったら、殺されちゃいますよぉ……」

「森塚君、どうする? 君と姫野君は確定として、後の一人は?」

「そうですね。許可していただければ、先程も言いましたが『八ツ森』へ話をを通します。が――学校としては、そうもいかないでしょう」

「うむ……」

「彼の家が、『十乃間』の傘下にある事を知らない者はいない。嫌でも、その線を探られるだろうな」

「あの~もしもし?」

「では、今回の試験メンバーの中からもう一人出させていただきます」

「よろしく頼むよ」

「ねぇ? ち、ちょっと??」

「ですが……次はありません。今回の結果が、彼等にとって不本意だったとしても、それに異議を唱えた場合は」


 私達『十乃間』にお仕えする分家連がお相手します、と委員長は微笑を浮かべながら宣告した。

 ……えっと、ボクの意思は?

 やだなー戦いたくないなー。ああ、そっか。全部、委員長が薙ぎ払ってくれるよね? ね?


「……分かった。肝に銘じておく」

「詳細は後程、通達する」

「では、失礼します。……ああ、三人は選出しますが、私達は戦いません。そんなに納得がいかぬのなら、姫野の恐ろしさを体験した方がよろしいでしょうからね」

「!? い、委員長!? そ、それは、雪姉とかに怒られ」

「既に先程、許可はいただいておいたっ! 『いいんじゃない? 偶にはカッコいいあの子の姿も見たいし』『あ、私、撮影しに行きますねっ!』と仰っていたぞ?」

「な、なぁ!? ……いやいや。確かに雪姉と華は軽くそう言うかもだけど、ふふふ、甘いねっ! 『十乃間』には、月子っていう、何故か最近、ボクに死ぬ程、厳しい子がいるのさっ! あの子が、ボクが真正面から、しかも公衆の面前で戦う事を許す筈ないっ! ん……あ、ちょっと、待ってね。月からだ。はーい、もしもし」


『……その日、そっちに行くから。真面目にやらないと殺すわ』


「……へっ? つ、月!?」


 短い通話で切れた。が、意味は伝わる。

 きっ、と委員長を睨む。既に全ての堀を埋め終えていただ、と?


「姫野、諦めろ――お前の凄さを思い知らせてやれっ!」

「……その前に、ボクは人間不信になりそうです……」


 うぅ……酷いよぉ……あんまりだよぉ……。

 はぁ。取りあえず了解。でも――分家連には内緒だよ? 応援しに来そうだからねっ!

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