ユスハバギリの螺旋の魔剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その家のドアを、一人の男が叩いていました。山を登るには適していなさそうな、しっかりとした鎧に身を包んだ男。腰には量産品の模範的な長剣が一振と、それとは雰囲気から違う奇妙にねじ曲がったむき出しの剣が一振。


 やがて、ドアを叩くだけでは返事は無いと判断した男は、大きな声で呼びかけるために一歩後ろに下がり。


「……どうも、研ぎのお客様ですね?」


 そのタイミングを、ちょうど見計らってたかのように。開いたドアから1人の青年が顔を覗かせます。

 中性的な顔をした、茶色い髪の背が低い青年。小綺麗な見た目とは裏腹に、どこか疲れたような──うんざりとしてるような表情を浮かべていました。


「外で話すのもなんですから、中へどうぞ」


 そして、少し緊張したような声音で家の中へと招き入れます。

 少し違和感を覚えるような動きでしたが、男はその言葉を受け入れ、青年の後ろに続くように歩き初めました。


 確かに、妙な状況ではあるが。

 男は考えます。彼がここに来た目的は、先程青年が言い当てた通り。剣の研ぎの依頼……それも、ただの剣ではありません。

 魔剣。一振一振が剣としてはありえない特性を持った、どうやって作られたかも分からない剣。


 そんな剣を研ぐことのできる人間であるならば、まあ様子が少し変なことくらいあっておかしくは無いか、と。

 そんなふうな思考を男が走らせていると、前にいる青年の足が止まりました。


 ぶつかりそうになるのをぐっと堪えながら男がそちらを伺えば、研ぎ師の青年は男の目を見つめたままどこか言うのを躊躇うような表情を浮かべます。


「……あの、どうかしましたか」

「いえ、少し考え事を」


 マイペースなのは勝手だが、客の前でやらないで欲しい。

 そんなふうに男が思うのも、至極当然のことでしょう。何せ男は遠路はるばる、仕事に穴を開けながらこの山まで来ているのですから。


 男は、とある王国の護衛騎士でした。

 剣術の上位寄り。頭脳の方は、並といった程度ですが。その真面目さと忠誠心によって高い地位を維持していました。


 そんな彼が、本来自分が居なければいけない警備の仕事を他の人に代わってもらってまで来た理由は、ただ一つ。

 手に持つ魔剣──その性質をです。


 名前も知らないこの剣は、切りつけたものに同じ動きを強制させる力がある。そういう認識を、彼は今までの経験から知っていました。

 言わば、2回目以降の攻撃を必殺にするための剣。その特性に助けられた事は1度や2度ではありませんが──だからこそ、これを敵国に使われることがあってはなりません。


 あの山には、魔剣を研ぐことで普通の剣に戻したり、剣を魔剣にすることが出来る男がいる、と。

 そんな噂を聞いた時、彼は考えました。


 この魔剣を普通の剣に戻してもらって、囮として使おう。もしこれがただの噂だったら、その研ぎ師にこの魔剣を預かっていてもらおう。


 そういう思いを抱えて、実際に研ぎ師に会えたのです。早く目的を達成して、自分の国に戻らなければなりません。


 ──そんな男の思いを知ってか知らずか、青年は考え事に結論を出したようで。


「……ノノ、お願い出来る?」


 その一言に応えるように、一人の女の子が顔を出しました。

 十代前半くらいの見た目の、白い髪をした少女でした。青年に頼られたのが嬉しいのか、真っ赤な目を爛々とさせ花の咲くような笑顔を浮かべています。


 それを見て、男は急速に不安になりました。

 なぜ、今この状態で少女を呼び寄せたのか。奇特なことをしている人の奇怪な行動ということで片付けていいのか。


 もしかしたら噂に踊らされてしまっただけかもしれない。そんなふうな考えを巡らせ始めた時、少女が声を発しました。


「あなたの故郷に危機が迫っているかもしれません、その魔剣の力が必要になるかもしれないので持ち帰ってくださいね、研ぎは必要ありませんから」


 少女の言葉を受けて、男が考えます。

 なぜこの少女は故郷の危機を知っているのか。

 なぜ魔剣の力が必要かもしれないのか。

 なぜ研ぐ必要が無いのか。


 ──それでもそれは真実なのだろう。

 そう思った男は2人に頭を下げて、もと来た道を引き返しました。




 ──────────────────────────────




「……ししょー、あの人もう行ったかな」

「……行ったみたい」


 小屋の窓から顔を出して、白い髪を揺らしながら、少女が声を漏らします。

 師匠と呼ばれた青年はため息をついて、疲れた体を投げ出すように床に大の字になりました。


「お疲れ様、水でも入れて来ようか?」

「あー……よろしく、セフィナ」


 長身の女性、セフィナが質問を投げかけて、青年が投げやりに返答を。一旦静かになった部屋に、大きく独り言をこぼしました。


「……まさか4日も来るとはなぁ」

「説得、無理だったね……ししょー、なんて名前の魔剣だっけ」

「ユスハバキリの螺旋の魔剣。切った対象に同じ動作を強制するって能力なんだけど……」

「私も昔見たけれど、手放そうとした時の特徴なんだよね? ああなるの」


 青年に水を、少女にはジュースを出して、セフィナは二人の間に座ります。

 体を起こした青年が、受け取った水を飲みながら少し彼女に近づいて。それを見た少女も同じく近くに駆け寄ります。


「そうだね、魔剣が抵抗して持ち主を傷つけるっていうのはそういう時だけだ」

「だから毎日家に来たんだねぇ……ししょーももっと早く頼ってくれれば良かったのに」

「ノノちゃんに負担をかけたくなかったんだよ、そうだよねーモルガ?」

「……まあ、それもあるけど」


 一番は。

 そう一言置いて、モルガは続きの言葉を止めます。

 その様子を、2人が覗き込むように伺って。


「出来れば、自分の意思で……手放すのをやめて欲しかったなって、さ」

「……そうだね」

「ししょー……とりあえず、今日はもうゆっくりしよっか」

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