キリラスアーティアの破砕の魔剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その家の中、一つだけ石材で出来ている部屋に一組の男女がいました。男女がいるのは、部屋に入ってすぐのところに少し間を空けて並んでいる二つの作業台のうち、荒い砥石が置かれている方とは反対側の台。水の入った桶や砥石を押さえる細い木の棒は同様ですが、置かれているのは細かい砥石。作業台の隣には布を重ねた四角形のものが置かれていて、そこに一人の少女が座っていました。


 十代前半の、腰ほどまで伸びた白い髪の毛の少女。少女が赤い目でじっと見つめる両手には、一本の柄の無い剣があります。手を切りそうで危なく見えますが、手を滑らせなければその心配はありません。少女は砥石にその剣を当てず、右手で剣を安定させながら左手の親指をその剣の上に滑らせます。その親指と剣の間には、紙のような薄さで爪と同じくらいの大きさになった砥石が。

 少女が行っているのは、研ぎの工程の中の『仕上げ』と呼ばれている部分。大きさや厚さの違う砥石を使い分けながら、刀身に細かな傷をつけないように、かつ出来るだけ短時間で作業を進めていきます。最後に鋼の粒を油で溶いたものを注意しながら刀身に乗せ、綿を使って拭います。砥石目を見えなくするための作業、刃が黒くなってしまうため、薄い砥石で少し研ぎ白さを調整したらできあがり。


「ししょー! できたよ!」

「お疲れノノ。先端は今回は大丈夫だから、ここで完成ってことで」


 ノノと呼ばれた少女が、出来上がった剣を掲げて後ろでじっと見ていた青年に話しかけます。青年はその剣を受け取ると一度じろりと凝視して、満足げにうなづきました。

 喜びの反応を跳ねながら表すノノに微笑みながら、青年は刀身と柄を付け直すと、刀身に油を塗って鞘に納めます。その剣を白い袋の中に入れた青年は、楽しそうに飛び跳ねながらご飯の用意をしに行ったノノを見ながら家の隣に立っている小屋に剣をしまいに行きました。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「それにしても、だいぶ上手になったな、ノノ」

「えへへ、ししょーにずっと教えてもらえたおかげだよ! ししょー、教え方も上手だもん!」

「褒めてもらえるのはうれしいけど、ノノ自身の頑張りがあってこそだよ。一回一回を無駄にしないで覚えようって頑張ることは、とても大事でとても難しいことだ。すごいよ、ノノ」

「……わーい! ししょーにほめられたっ! やった! やったー!」


 昼の食事を終え、使った食器を片づけながら青年はノノに話しかけます。片づけを終え、一息つきながらノノのいる部屋の床に座ると、ぴょんっと飛び掛かるように後ろからノノが青年に抱き着きました。


「ねぇねぇししょー! 上達祝いで一つお願いしたいことがあるのっ、いい?」

「ん、ご褒美は大事だからね。僕にできることならなんでもどうぞ」

「そ、そういわれるとちょっと悩んじゃう……けど、うん! ししょーの昔の……あっ、研ぎ師を始めてから私と会うまでの中で、一番きれいだなーって思った魔剣とか、一番研ぎにくいなーって思った魔剣のこと、一本教えて下さいっ!」


 少し緊張しながら、ノノは青年に向かってお願いをします。それは青年の昔のこと、研ぎ師をする前のことは教えてくれませんでしたが、研ぎ師になってから自分が拾われるまでのことは話してくれるのか、ノノはまだ知りません。


「……ウルムケイト、間違えてる部分があったら補足お願い」

「わかった……モルガ、ノノにも聞こえるように持たせておいて……」


 一瞬考えるように黙った後、青年は腰に下げているちょうど先ほどまでノノの研いでいたものと似たような形の剣に話しかけました。その剣からモルガと青年を呼びながら声が返ってきて、その指示通りに青年はノノに剣の鞘を握らせます。

 どうやら無事話してくれるようで少しだけ安心したノノに、モルガは話を始めます。


「よし、それじゃあお話するよ。その前に、魔剣には名前があるのは知っているよな?」

「うん! 今持ってるウルムケイトの声の魔剣とかね!」

「そう、魔剣の名前っていうのは基本的に剣が生まれているときに自分で持っているもので、何かしらの手段でそれを知る者もいるし、一生知らずに持ち続ける持ち主もいる。もしかしたら持ち主の名づけた名前に変える剣もいるのかも。そして基本的には――、ウルムケイトの場合は声っていうように、名前のどこかに特異性の一部が入ってる。」


 その説明をするときに、一瞬だけどこか遠くを見ているような悲しそうな表情を浮かべたモルガを、ノノは不思議に思いました。それについて聞く間もなく、モルガは話を続けます。


「さて、それを頭に入れながらお話する魔剣の名前は、キリラスアーティアのの魔剣だ」

「破砕……?」

「うん、ノノは名前だけだとどんな魔剣だと思う?」

「ええっと……武器だから、切ったらドーンって爆発したりとか!」


 抱き着いていた手を放すと、ノノは全身を大きく動かして爆発の表現をします。モルガがハズレと返すと、ノノは少し悔しそうにちょこんとモルガの膝の上に座りました。


「キリラスアーティアの破砕の魔剣は、さっきの二択で言えば研ぎにくかった魔剣でね。えっと、持ち主は……」

「結構年老いた紳士風の男と……付添いの娘さん……」

「そう、そんな感じの二人組。刀身は薄く長くて、ロングソードくらいの大きさの硝子で出来てた」

「硝子でっ!? 剣なのに?」


 ノノの目の前に両手を広げて大体の刀身の長さを説明しながら話していると、ノノはその手の間から顔を出して驚いた顔でモルガを見つめます。


「そ、剣みたいに刃がある硝子の棒。剣としての機能が果たせて特異性があれば魔剣だって、以前説明したよね?」

「た、確かに……でもししょー、硝子で出来た剣なんて、強い衝撃を加えたら割れちゃうんじゃ……あれ?」


 困惑しながら何かをひらめいたような顔のノノに向けて、モルガはクスリと笑いながら楽しそうに話を続けます。


「そう、そこだノノ。キリラスアーティアの破砕の魔剣の特異性は、ほんの少し衝撃を与えると壊れて砕けること。同時に持ち主以外の方に刀身が飛び散って、その硝子で攻撃する魔剣なんだ」

「そんな魔剣もあるんだねっ! ……でもししょー、それって一度使ったらもう二度と使えなくなっちゃうんじゃ」

「そこも不思議なところで、鞘に納めると傷一つない刀身に戻っているらしい。だから本来は研ぐ必要もないんだけど……」

「だけど?」

「どんな扱いをしても鞘に戻せば元通りになるとはいえ、昔世話になったこの剣には一度くらいいい思いをさせてあげたい……誰かに研いでもらいたいんだって、お客さんからの願いでさ」


 おだやかな顔をしながら、モルガはゆっくりとその時のことを思いだします。話を聞いたノノは、見たことのないその時のことをイメージしながら、優しい笑みを浮かべました。


「条件は水に沈めながら行うっていうものだったんだけど、壊さないような力加減でとか、いろいろ大変だったよ。まあ、やりがいのある研ぎだったな……」

「……いい話だね、ししょー。それに、やさしい持ち主さんだねっ」


 話し終えて、少し伸びをしたモルガのおなかあたりに正面から抱き着いて、ノノは優しい声で言います。

 そんなノノの頭を撫でながら、モルガは体勢的に表情の見えないノノに言いました。


「魔剣っていうのはあくまで道具だからな、結局のところは持ち主次第だ――、それが、どんな魔剣であったとしても。それがどんな結果を起こすかは、使用者によって変わるんだと思うよ」


 その言葉を、ゆっくりぽつぽつとこぼしたモルガの表情を、ノノは見ることができませんでした。

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