エトールワイスの雲の魔剣
広々とした草原を、一組の男女が歩いていました。
人の足元くらいに伸びた黄緑色の草の大地、その中に人がだいたい三人くらいまで横に並んで歩けそうな道が一本、まっすぐに延びています。
男女はあくびをしたり、時々軽く伸びをしたりしながらゆっくりと進んでいます。空からはさんさんと日の光が降り注いでおり、男は水筒に入れていた水を少し飲んだ後、自分の右隣を歩いている女性に話しかけました。
「ノノ、疲れてないか?」
ノノ、と呼ばれたのは十代前半くらいの背の低い少女でした。腰の長さくらいまで伸びた白色の髪の毛を揺らしながら、自分を呼んだ隣の男を赤色の両目で見上げます。
「うんっ! 大丈夫だよ、ししょー!」
ししょー、とよばれたのは茶色がかった髪の毛のノノよりは背の高い青年。腰に下げたウルムケイトの声の魔剣と言う名前の剣を左手で触りながら、右手でノノと手をつないでいます。
「ならよかった。そろそろ着くと思うから、もうひと頑張りだ」
「はーいっ! それにしても、ししょーと一緒に出掛けるの、初めてだねっ!」
「ああ、確かにそうだな……あんまり留守にするわけにもいかないし」
「それで、どんな人なんだろうねー! わざわざお留守番をしてくれる人を向かわせるから来てほしいって、すごい金持ちなのかな?」
二人は今、いつも住んでいる家であり、職場でもある山の奥から少し離れた村に向かって歩いていました。理由は剣を研ぐ依頼が来たから、それも留守中に家を守ってくれる警備を付けての依頼です。
「……なんというか、多分金持ちってわけではないと思うんだけど、人を動かす力に長けてるんだよな……」
「その言い方的に、もしかしてししょーの知り合いなの?」
「ああ、昔からの――、まだ研ぎ師になっていなかったころからの知り合いだ。職業は……まあ、平たく言えば情報屋かな、物の売り買いの流れだとか、どこどこでどういう事件が起きたかとか、そういう情報を売ったり、時に自分で利用したりしてるやつさ」
「ししょーの、昔からの……」
ノノが何かを考えようとした時、突然左腕がグイッと持ち上げられました。びっくりして腕の方を見ると、青年が繋いでいたノノの左手ごと右腕をまっすぐに掲げ、指で先の方を示していました。その指の方向を、ノノは追うように視線を動かし――、
「ほら、見えてきた」
その指の先、目指していたあまり大きくはない村がありました。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ようモルガ! よく来たな」
「紹介する。こいつが僕の弟子の……」
「ノノですっ! ししょーの元でお弟子さんをしています!」
「おう、モルガから話は聞いてるぜ。俺の名前はタイトだ、ひとまずはモルガと話をしたいから、ノノさんには妹と話してもらってていいかい?」
あまり大きくはない村にある家、その一つの中にモルガとノノはいました。簡単な自己紹介を済ませた後、ノノはタイトの妹に連れられて家の二階へと。
「……さて、それじゃあ本題に入りたいんだけど」
「おう、研ぎの話だな?」
ノノが二階に行くのを見送った後、椅子に座ったモルガは真剣な表情でタイトに顔を向けます、一方のタイトも椅子に座ると、笑いながら冗談めかして返しました。
「違う、要件なら言わなくてもわかるよな?」
「おいおい、俺は研ぎの依頼もしてるんだぜ? ただ、まあ」
一度コホンと咳ばらいをした後に、タイトの表情が真剣なものへと変わりました。
「前に依頼した探し人のことだろ? 安心しな、きちんと調べてきた」
「よし、それで……見つかったのか? 僕と出会う前の……記憶喪失になる前のノノは」
「結論から言うと、見つからなかった」
ただ、と前置きして、タイトは一枚紙を取り出しました。モルガがそれを受け取って見ると、そこには彼が工業国、セイホロで調べた情報がわかりやすく書かれていました。その中で、モルガの目を引いた文が一つ。
「白髪赤目の女性……おい、これって」
「ああ、俺も最初はこれかと思った、白髪、それも赤色の目の女性なんてセイホロでもなかなか見つからないからな。ただ、今日実際にあの子の姿を見て違うってわかったよ」
「なんでだ?」
モルガがそういうと、タイトは唐突に立ち上がって、自分の手を地面と水平に、目の高さまで上げてモルガを見下ろしました。モルガが不思議そうな目で眺めていると、彼は笑いながら告げます。
「身長だよ身長! モルガ、あの女の子はお前より小さかっただろう? 情報の女性はこのくらい……まあ、小柄なお前以上の身長はあったからな!」
「……そうか」
抗議の意思を秘めた視線を受けながら、ひらひらと手を振ってタイトは再び座ります。落ち込んだ様子のモルガは、一度深くため息をついた後言いました。
「ただまあ、無関係ってわけではなさそうか……その女性について、他の情報は?」
「まっ、白髪赤目までは一致してるし多少の関係はあるかもだなー。ただし、これ以上の情報はまだ調べてないし、別料金とさせてもらうぜ?」
「……魔剣の研ぎを無料にするってのでどうかな」
「乗った! むしろお釣りがくるくらいだ」
そういって魔剣を取りに一度席を立ったタイトを見た後、モルガはバッグの中から必要な道具を取り出します。それは普通研ぎには使わないはずの袋にぎゅうぎゅうと詰められた真っ白な綿。
「量はこれくらいで大丈夫だったよね?」
「うん……問題ない……」
膝の上に押せていたウルムケイトの剣にモルガが触れると、そこから彼にしか聞こえない音で気だるげな言葉が返ってきます。
本来ならこのような普通の家で剣を研ぐことはできませんが、魔剣に関しては別。研ぐために必要なのが砥石などではなく剣ごとに決められた条件である魔剣は、剣によっては簡単に持ち運びできる材料だけで研ぐことができる場合もあります。
「おーい、持ってきたぜー」
「よし、じゃあ早速始めよう」
「……久しぶり、エトールワイスの雲の魔剣……」
綿と、紙のような厚さの砥石を取り出したモルガの元に、タイトが剣の柄を持って戻ってきました。その刀身は、根元の部分が柄にくっついておらず空中に浮いてしまっています。タイトが剣の柄を軽く動かすと、その動きに連動してつながってないはずの刀身まで動きました。
その挙動に特に反応を示さずに、モルガはタイトの手からエトールワイスの雲の魔剣を受け取ります。剣の柄をぎゅっと握り、一度目を瞑ると剣は根本だけでなく、刀身に等間隔の隙間を作りながら8等分に千切れて伸びました。常識的にありえない浮遊をしている千切れた刀身に綿を被せ、モルガはその上から砥石を当てます。本来綿に阻まれてただ拭いただけになるはずのその動きで、千切れた剣の一部はきちんと研がれました。
「なあモルガ……一つ、友人として伝えておきたいことがある」
「ん、なに?」
「セイホロの魔剣猟隊って話、覚えてるか?」
「たしか、危険な魔剣を国で集めて保管する部隊を作ろうって話だったっけ? 提案はされたけど、国民の半数以上と国王に却下されて結局無くなったってやつ」
剣を研ぎながら、ほんの少しだけ割ける思考力で半分流しながら返事をします。それでもすらすらと答えられるのは、魔剣に関しての話であるから。
「それが、最近になって噂が上がっているらしい、国のどこかで秘密裏に結成され始めてるってな。俺も他人事じゃないが……お前にとっては、重要な問題だ」
「それは――、」
モルガの手が一瞬止まりました。剣に向いていた目は鋭くタイトの方へ向いています。
「僕が、魔剣の研ぎ師だからか? それとも――」
「……すまねえ、失言だった。ただ、気を付けてくれ、友人がひどい目にあったなんて話、あまり聞きたくないからな」
二人の間から、声が消えました。二階で話している音が届くほどの静けさを、剣を置く音が破りました。
「研ぎ、終わったよ。情報は……まあ、そっちから教えに来てくれればうれしい。それと……気を付けるよ、ありがとうな」
――――――――――――――――――――――――――――――
緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。
その家の中、ご飯を食べるための椅子と机が置かれた部屋で、モルガは声を上げて驚いていました。
「おまえっ、これ……」
「えへへっ、どう? ししょー!」
そこには、いつもの焼くだけとは違うきちんとした料理と言える形に仕上がった魚が皿の上に乗っていました。
「どこでこんな……」
「タイトさんの妹さんに教えてもらったの! 最初は不安だったんだけど、作ってたら自然と体が動いてて……味見をしたらちゃんと美味しかったから、食べてくださいっ!」
こいつ、記憶を失う前は食事処の娘だったんじゃないか?
そんなモルガの考えと、おいしい夜御飯と一緒に、今日の一日は締めくくられたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます