ノノの剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その家の中、寝床として使われている一室で、青年と少女が向き合って座っていました。

 時刻は昼頃。日は高く、木々のない開けた頂上を温かく照らしています。そんな日の光が窓から差し込んで、眩しさに少し目を細めながら青年は目の前の少女を気まずそうな顔で見ています。

 少女は床の上で正座をし、両手と額を床につけていました。十代前半くらいの見た目の、背の低い少女。腰の長さまで伸びた白い髪は、背中に収まりきらずに床についてしまっています。頭を下げているため、表情はうかがえません。


「……ノノ?」


 沈黙に耐えかねた青年が、小さく少女の名前を呼びました。少女と同じく正座ですが、床ではなく四つ折りにした布の上に座っています。

 ノノ――本当の名を、ノノゼアンシスの友愛の魔剣という少女魔剣は、その声で小さく顔を上げます。

 青年が助けられてから二日。お昼ご飯を食べ終えた青年は、いつもより早く食べ終えて部屋に戻っていたノノに呼び出されました。青年が部屋の中に入ると、ノノは既に正座の状態で待機していて、少し異様な光景に青年も思わず同じ体勢で座ると、ノノは急に頭を下げだしました。


「……謝罪ならいらないよ、どのみちいつかは適当な理由で捕まってただろうし……むしろノノがいてくれたからこそ死なずに済んだ。危ない目に合わせて謝りたいのは僕の方だ」


 長い間その体勢だったノノが頭を上げたことを確認して、青年は安心したように一度ため息をつきます。その後、距離はそのまま優しい口調で話しかけます。


「……ううん、ししょーに謝りたいことはもっと前からで……ごめんなさいっ! 私、前の持ち主に叩かれたりしたの、魔剣だって名乗ったからかもって思って……だから、自分の記憶から自分が剣であることを忘れてたの……本当に、ごめんなさいっ!」


 そんな青年の言葉に、ノノはぶんぶんと顔を横に振ると再び頭を下げました。手はぶるぶると震えていて、叫ぶような大きな声は泣き出しそうに震えていました。

 そんなノノの頭が、やさしく撫でられます。


「……気にしてないよ、そんなこと。なんだ、えっと……僕は、ノノを大事にするからさ。魔剣としても……人としても。だから……うん、許すよ」


 慣れていない言葉で、それでも大切なことを伝えたくて、青年はゆっくりと言葉をつなげます。青年の手がノノから離れて、ノノは照れ臭そうに、人の様に顔を赤らめながら上目づかいで青年を見つめます。


「……ありがとっ、ししょー。えっとね……私も許すよししょーっ」

「……こちらこそ、ありがとなノノ。それじゃあ午後だし、もう少し休んだら研ぎの練習でも――」


 立ち上がった青年の服を、ノノがつかんで引きとめました。一瞬止まって不思議そうに振り返った青年の目には、まだ座ったまま、何か決意めいたものを浮かべてこちらを見てくるノノの姿。


「ししょー、お願いがあるの……聞いてくれる?」

「……内容によるけど、とりあえず言ってみてよ」


 再び座りなおした青年の前で、ノノは一度深呼吸。そして、


「ししょー、私はししょーを助けに行く前に、ししょーの過去のことについて少し聞いたの。どんなものなのかはわからないけど、ししょーは魔剣を作ったって。鍛冶師をやめたのもそれが理由だって」

「……っ」


 青年の顔が少し歪みました。苦しそうな、どこか悲しげな顔。ノノは罪悪感を感じながらも言葉を続けます。


「ししょーに、無理やり話してもらいたいわけじゃないのっ。それは……ししょーが自分から話せるようになるべきことだって思ってるから。それでねししょー、ししょーがどうして私に剣の作り方を教えてくれないのかも、多分そこにあると思う。思うんだけど、そのうえでっ!」


 ノノが言葉を切りました。すっ息を吸って、


「――私に、剣の作り方を教えて下さいっ! ししょーに教わりたいの! ししょーにとってはただの道のりだったかもしれないけど――私は、ししょーの見せてくれたような剣が作りたいのっ!」


 その真剣な目に、青年は――



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「それで……どうするの、モルガ……」


 月の光だけが射し込む薄暗い部屋の中で、モルガと呼ばれた青年は引き抜いた剣を膝の上に乗せて座っていました。

 剣の名は、ウルムケイトの声の魔剣。モルガがいつも身に付けている、声を発することのできる魔剣はいつも通りの気だるげな声でモルガに話しかけます。


「教えるか、教えないか……どっちにしろ、ノノは受け入れると思うよ……」


 モルガは言葉を返しません、静かな部屋の中にウルムケイトの声の魔剣の言葉だけが、モルガの耳だけに届きます。


「モルガ……君が魔剣を作れるのは……努力であって呪いじゃない……剣の作り方を教えるのには、問題もない……」


 ウルムケイトは淡々と言葉を続けていきます。


「教えたくなかったのは……君の過去を隠したいからだけじゃないよね……ノノを、魔剣にある程度以上関わらせたくなかったからだ……」

「……ああ」

「ノノは、魔剣だ……もう、それを言い訳に逃げるわけにはいかないよ……?」


 モルガは、ゆっくりと立ち上がりました。


「……どこに行くの……?」

「僕は、魔剣と話すことはできないけど」


 ウルムケイトの声の魔剣を鞘にしまうと、モルガは床に置きました。


「……無駄だってわかってても、謝らないといけないんだ。僕が作ってしまったあの剣に」



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 朝、起きたノノはすぐに違和感を覚えました。

 いつもこの時間はまだ隣で寝ているはずのモルガが、どこにもいません。焦って起き上がったノノは、文字の書かれた紙が落ちていることに気が付きます。

「作業部屋へ来て」とだけ簡単に書かれた紙。持ち上げながら不思議そうに首を傾げたノノは、とりあえず身だしなみを整えて部屋を出ました。


「ししょー?」


 向かう先は石造りの作業部屋、がらりと戸をあけた先にはノノのししょーが立っていて――、


「きたね、ノノ」


 真ん中にあった仕切りは取り外されていて、モルガはその奥に立っていました。傍には煉瓦で作られた炉があって、その近くに数種類の金槌や金床があって。


「ししょー、これって……!」

「……ああ、この家を作ってくれた友人達が、余計な気を使ってくれてさ。いつでも鍛冶師に戻れるように、だってさ」


 呆れたような口調で、しかし楽しそう笑顔を浮かべながらモルガが言いました。つられてノノも少し笑います。

 ししょーは心から剣を作るということそのものが好きだったんだな、とノノが思っていると、モルガは一度真面目な顔になって、


「……一応、これだけ確認させてくれ。ノノが作りたいのは、俺が綺麗だと思った魔剣達か。僕の作った剣達か」

「私が作りたいのは、私が綺麗だと思ったししょーの魔剣だよっ!」


 その素早い返事に、モルガは深く、満足そうな顔でうなずきました。そして小さく歩きながらノノに説明していきます。


「剣を作る工程は、いろいろ別れてる。鋼を叩いて、熱して伸ばして。細かく分けたらまた熱して。そうしてどんどん繰り返し繰り返し、思いを込めて鍛錬していく――それは、あとで教えるからさ。先にやってほしいことがあるんだ」

「なになにっ!」


 教わりたくてうずうずしながら笑顔で微笑んだノノを、モルガの手が撫でました。撫でられたノノは目を瞑ってその感覚を楽しんで、そのままモルガは言葉を続けます。


。それは――僕達から剣にできる、一つの感謝だから」


 そういったモルガの顔は、ノノからは見えなくて。


「……うんっ! それじゃあ、今から決めておく! あなたの名前は――」

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