ハディックリッヒの正義の聖剣
音が鳴る、鋼を叩くいい音が。
一人で、無心に。ただ、ただ鋼を打つ。己と向き合い続ける修行のように。
やがて、何度目かの動作とともに確信する。今回の剣は、今まで作ってきた中で一番美しいものになるだろう、と。
しかしそれは、あくまで剣。魔剣を作るためには普通の剣作りから一つはずれた何かが必要だ。
予想は、いつからか予感に変わっていた。理屈をつけて説明することはできず、ただこうすれば完成するだろうという漠然とした感覚。
笑みがこぼれた。その感覚は、今他の何よりも確かなものとして受け止められた。
ああ、もうすぐ夢が叶う。その先に見える景色は、きっと――
――――――――――――――――――――――――――――――
私の名前はノノ、ししょーの弟子で――剣です。
昔の記憶は、今は少し朧気に。ノノゼアンシスの友愛の魔剣――つまり魔剣である私は、人とは少し感覚がずれてるみたいで。嫌なこと、辛かったこと、忘れた方が良いと思ったことは、自分の意思で忘れることができるみたいで。それを知ったのはつい最近ですけど。
国の鍛冶屋に拾われて、殴られたり蹴られたりされて、その人を殺して、自分の記憶を消して逃げて。そしてししょーに拾われて、今はこうしてししょーの元でいろんなことを教わりながら暮らしています。
そんな私の今日の一日は、ししょーを起こすところから――ではなく。
「空唄う雲よ/雲流す風よ/風彩る緑よ――」
ぱちぱちぱちっと焼けるお魚に、歌いながら塩とかを振りかけて味をつけていきます。歌、ししょーのところに来てからは聞いたことがありません。いつかの昔に吟遊詩人が歌っていたのを聞いたことがあるなーっていう記憶を頼りにうろ覚えで歌っていますっ。
……料理も昔習ったものでしょうし、結構何でもありですね、私。
閑話休題っ!
今日の私の一日は、寝ているししょーを起こさずに料理を作るところから始まっています。ししょーが攫われて、ここに戻ってきてから数日。広く綺麗であったとはいえ、したくないことをさせられ続けた監禁生活は体に相当な負担になってるのでは! 休ませてあげるべきなのではっ!という私の勝手な考えが半分。もう半分は、私がししょーを驚かせたいなという気持ち半分。
焼けた魚のいい匂いが広がって、私の鼻をくすぐります――自分のことながら、あくまで剣なのにどうやってにおいや味を感じているんでしょうか。どうにも答えの出てこなそうなことを考えていると、においで目覚めたのかししょーのねていた部屋からガサゴソと音が聞こえます。
「……ノノー、今日は自力で起きたぞー……」
気だるげなあくびと一緒に、ししょーが目をこすりながら私のいる部屋に入ってきました。まあ、自力で起きたというか起きるまで待っていただけなんですけどねっ! まだ眠そうな足取りで椅子に座るししょーの前に、出来上がったお料理達を並べていきます。ししょーは少しのびをした後、お礼とともにこちらに顔を向けて、
「……ノ、ノ……?」
「どうかしたの? ししょーっ」
ふっふっふっ、こちらを見て固まったししょーに、私はわざとらしく聞いてみます。
がたっと立ち上がったししょーを、なんと私の方が見降ろしています! 初めての視点に、私の方も少しドキドキ。
「ノノ、お前、それどうやって……」
「えへへっ、ちょっといつもと違うことがしてみたくってっ! どう? ししょー、似合ってるかな?」
その場でくるんと一回転。いつもより高い視線は、忘れているだけで今までも経験自体はしたことがあるんでしょう。なにしろ、以前の私はししょーより大きかったらしいですから。
ししょーと会ったときに私の姿が小さかったのは、きっとその時に酷い扱いを受けたのが原因です。なんというか、大人の姿だったから暴行を受けた、みたいな。
だからこそ、私は一度この姿に戻りたいと思ったのです。自分に向けて、自分はもう大丈夫だと、過去を受け入れて先に進めるのだと。振られた女性が未来に進むために髪を短くする話を聞いたことがあるので、多分それに近いのかなっ? だとしたら、これはきっと人間らしさのような――
「えっと、ノノ……その、可愛いんだけどさ……」
がしっ、と両肩を掴まれて、体がびくんと跳ねました。言葉に一瞬顔がゆるんで、その声の感じにすぐに顔が引き締まります。みれば、ししょーは少し苦々しい顔をしていました。
あ、あれっ? もしかして、この姿はししょーにとってなにか、まだ隠しているかこの何かを掘り返してしまうようなものだった? だ、だとしたら謝らないとっ!
そんな感じで思考をめぐらせていると、ししょーが言葉を続けました。
「……その背丈で並ばれると僕の低身長が目立つから……小さいままでいてくれると嬉しいかな……」
思わず、笑みがこぼれちゃいました。
「あーもうっ! 笑うな、結構悩んでるんだぞ」
ししょーは少し照れくさそうに顔をそむけると、用意された朝ごはんに口をつけ始めました。そんなししょーの様子が新鮮で、たまにはこういうのもいいな、なんて私は思ったのでしたっ!
――――――――――――――――――――――――――――――
いつも通りの視線に戻り、朝ご飯を済ませて少し休憩したら山の見回りの時間。
出発の準備を整えて、いざ玄関からでて数歩。ふ、と私はおもむろに右腕を振りました。
ひゅんっ、と言う風の切る音と共に、私の右腕に鋭い刃が生まれます。これが私の魔剣である証明のひとつ、自分の意思で変えられるから間違って山の中の草を刈ったりすることはないかな? なんて思っていると、続けて他の疑問が頭の中に浮かびました。
「ししょー! しーしょー!」
「どうしたノノ、忘れ物かー?」
家の方に振り返って呼ぶと、中から不思議そうな顔でししょーが出てきます。そんなししょーの目の前に、私は曲げた右腕をずいっと見せました。
「ねっ、ししょー。私の腕って研がなくても大丈夫なのかな?」
「あ? ああー……どうなんだろう」
刃こぼれはしてませんし、そうなるまで使うつもりもないけれど、ちょっと考えると気になるところ。
「私、魔剣だから普通の研ぎ方じゃ多分ダメだよね? どう? ししょーはわかる?」
「いや、あくまでウルムケイト越しにどんな研ぎ方ならいいか魔剣に聞いてるだけだから。ノノが嫌じゃない研がれ方なら大丈夫だよ」
そういいながら、ししょーは私の右腕を掴むと刃の部分を軽く指でなぞります。
その動きにちょっと擽ったさを感じながら、
「それじゃあ、ししょーに研いで貰えるなら大丈夫だねっ! ししょーの研ぎなら安心して任せられるもんっ!」
ししょーが照れくさそうに笑って、わかったと頷きました。私もそれに笑顔で返して――
「貴様っ! その少女に何をしている!」
びくっとするほどの大きさの声が後ろから聞こえました。振り向けば、そこには最低限の青を基調にした鎧と兜を着て、赤いマントをたなびかせている男が立っていました。腰には一本の剣を下げていて、その姿はまさにお話の中に出てくる勇者のようっ!
……なぜか、そんな男の人が敵を見るような目でこちらの方へ向かってきます。
呆気に取られているししょーの代わりに状況整理、男の人の言葉から考えるに、私がなにか酷い目に合わされてると勘違いされているみたいです、確かに腕は掴まれてるけどそんなふうに見えるかなぁ……?
「えっと、この人は私のししょーで――」
ひとまず、誤解を解こうと私はその人に話しかけ、
「大丈夫だ、君は何も言わなくていい」
よくわからない言葉を返しながら、男の人は剣を引き抜きました。騎士の人達がよく使うような剣の、柄に金色の綺麗な装飾が施された剣。
……この人、もしかして話が通じてない? そんなはずはと首を振って、もう一度話しかけてみます。
「ししょーは何も悪いことなんて――」
「っ……! そう言うように脅されているんだね……大丈夫、君は俺が必ず救ってみせる」
聞く気がない!
だっ、と駆け出したその男の人を見て、私はししょーに「下がってて!」と短く伝えながら前に出ます。
左腕を曲げて顔の前へ、私に攻撃するのを躊躇ってか見るからに速度の落ちた剣の振り下ろしをその腕で受け――受けて、どうしましょう。
身長が足りないので、押し返すことができませんっ! こんなことになるならししょーに頼んで一日大きな姿のままでいればよかった!
「絶対誤解してるから落ち着いてっ!」
とりあえず、受け止めた剣を右腕で抑え込むように挟みます。自分の方へ引っ張ろうとする剣の動きに耐えながら宥めるように言葉を続けていると、突然腕にかかる力が止まりました。
「そうかっ……既にさっきの男に洗脳されてしまったのか……!」
意味のわからないことを話し始める男の人の顔に視線を向けようと顔を上げ、その途中。上に向く視界に映った剣に、一本先端からまっすぐと青色の線が引かれているのが見えました。
「大丈夫だ、俺の正義の聖剣で、君にかけられた洗脳を解く!」
正義? 聖剣?
頭の中に疑問が浮かんだ瞬間、視界に映していた青い線が発光、同時に物凄い力で体が引っ張られました。
抑える力を緩めていたわけではありません、ただ単純に、突然強まった力に引っ張られた私の体はよろめきながら剣を放してしまいます。
魔剣だ。そう気がついた私の目に、上段を構える姿が見え――
「ごめん、ノノ……持ってくるのが遅れたっ……」
キンッ、と高い金属音とともに、少し息を荒らげたししょーの声が聞こえました。
――――――――――――――――――――――――――――――
「本当にすまなかった!」
部屋の中心で頭を下げる男の人を見て、私はどうすればいいかわからず少し曖昧な表情を浮かべます。
気絶させた後、一応誤解を解いておけば会話は出来るんじゃないかと部屋に運んでから数十分、そこからしばらく根気よく話して、やっと誤解が解けたところです。
「貴方達のような善人を悪だと判断するなんて……俺もまだまだ未熟だった……!」
「あはは……」
話を聞けば、悪い人を倒すための旅の途中見たいです。腰につけている剣は、本人曰く『ハディックリッヒの聖剣』。
「この剣は、悪を切る時にのみ切れ味や俺自身の力を増幅させる正義の剣なんだ。だから、俺はこの剣を使って世界中の悪を倒すことが使命だと思う」
そう自信満々に言い切った男の人に軽く相槌を打ちながら、私は飲み物を持ってくると言って部屋から出ます。
「ししょーっ!」
「ん……どうしたノノ」
向かう先はししょーの部屋、私は剣を研いでいるししょーの隣にベタっと寝そべるとそのままの姿勢でししょーに話しかけます。
「ししょー……これ、魔剣だよね……?」
「……うん、チャグリシャの
「……本人は聖剣って言ってたね……」
「……まあ、特異性的にそう感じることもあるかもな」
うー、と小さく声を漏らします。ししょーに頭を撫でられて少し気分が落ち着きました。
「あの剣の特異性は、持ち主が自分で正しいと思ったことをする時のみ切れ味や力を増す剣だ……武器を振るうことを、絶対に正しいことをしていると信じられる場面は多分そう多くはないんだけど……」
「でもそれ、あの人みたいに思い込みが激しい人が使ったら……」
場に、少しの静寂が。そして――
「まあ……魔剣の方は、よく使ってもらって喜んでるみたいだよ……」
話題を逸らすように、結構納得のいかなそうな笑顔を浮かべたししょーに対して、私も同じような表情で返すことしか出来ませんでした。
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