カリアテュスの断罪の魔剣
緑の色濃い山の中、ある程度整備された表道とは逆側の、辛うじて道と言えなくもない道が通っている裏道に生えている一本の木の前で、一人の少女が屈んでいました。
十代前半くらいの、背の低い少女でした。少しぶかぶかな白いセーターを着ています。腰まで伸びている白髪は、屈んでいるため少し動けば先の方が地面についてしまいそう。しかしそんなことは気にしていないようで、明るい赤色の目はじっと木を――、より正確に言えば、太い木にくっついている白くて大きな塊を見つめています。
そして、腰には一本の剣。
「確かに……ノノの言うとおり、これは珍しいね……」
「でしょーっ! 一応ししょーに教えたんだけど、蛹っていうんだって! 今度ししょーにも実際に見せてあげるんだ!」
その剣から、少女にだけ聞こえる声が届きました。ノノと呼ばれた少女は、木にくっついている蛹に触ってしまわないように一定の距離を置いて、笑顔で剣に――、ウルムケイトの声の魔剣に話しかけます。
「それにしてもノノ……どうしてこんなモノ見つけられたの……?」
「えへへ、それはねウルムケイト。この子、ししょーにこっそり飼ってた私のペットなの! えっと、こうなる前は何だか大きくて長い……」
「ワームだね……」
「あっ、うんそれっ! それでいつものように遊ぼうと思ったら、この状態になってて」
「……それは、モルガに言ったときに怒られなかった……?」
「……うん、ししょーに、些細なものでも報告するように言ったよなって……ペットにするのは許してもらえたけど……」
「よく許してもらえたね、そこ……」
目線をそらして少し気まずそうに頬を掻くノノに対して、ウルムケイトの声の魔剣は表情がなくてもわかるくらいの呆れた声音で言いました。そうして他愛のない話を続けていると、ウルムケイトの声の魔剣が話題を無視して言いました。
「ノノ、そろそろモルガの出かける時間だから家に帰ろ……」
「えっ、もう? よく覚えてたねーウルムケイト、私楽しくて忘れちゃってた!」
「……数えてたからね」
「数えてたって、話してるときもずっと!? すごいね、私じゃできないや!」
少し飛び跳ねて驚くノノに対して、静かにウルムケイトの声の魔剣は返します。
「……ボクは、魔剣で……それ以前に道具だからね……人の常識で考えちゃだめだよ……」
「なるほどー……ちなみに、道具として一番幸せなことって、なぁに? やっぱり、使われること?」
「どうしたの?急に……まあ、そうだね……一番幸せなのは使ってもらえること……もちろん雑に扱われるのはいやだけど……大切に大切に、一切使われないっていうのは……道具としての死で、地獄だよ……」
「そうなんだ……前ウルムケイトに、他の魔剣がよく使ってくれている自慢してきたー! って話をされたからちょっと気になっただけだけど、なんだか納得した気分! じゃあ、ししょーの元にいるっていうのは、とっても幸せなことだね!」
「……うん、そうだね……よく使ってくれる……モルガはいい奴だ……」
――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃあ、お留守番よろしくね。ノノ、ウルムケイト」
「はーい! ししょーも怪我しないようにねー!」
山の頂上付近、そこに一軒建っている家の入口で、ノノは跳ねながらぶんぶんと手を振ってモルガを見送ります。山を回って、不審なものや変わったもの今まで見なかったものなどを探すのがモルガの今日の出かけた理由。誰かが捨てたごみで山の生き物が死んでしまったりすることがないように、定期的に見回りをすることで出来るだけ早く山の変化を見つけることにしています。
さて、家に残っているノノですが、一人で研ぎの練習をすることはありません。理由はモルガに「まだ慣れないうちに独学でやろうとして、変な癖がつくのが一番まずいことだ」と教わったため。
「うーん……ししょーのために、料理の下ごしらえでもしよっか!」
お留守番の最中何をするか考えていたノノですが、パッとひらめくと少し駆け足で厨房へと向かいます。ちょっと前に料理を教えてもらって以来、焼くか蒸すか干すかしかできないモルガに代わって基本的にはノノが作るようになっています。
厨房に着いたノノが、今日のご飯を肉にするか魚にするか迷っていると、トントンと控えめなドアのノック音が聞こえてきました。腰にウルムケイトの魔剣を下げたまま、ノノは玄関の方へと走ります。
「今開けますねー!」
モルガは今さっき出かけたばかりで、帰ってくるときにノックをしたりはしないので、ドアの向こうにいるのは間違いなくお客さん。ノノは一声かけたあと、勢いよくドアを開きます。
「ひゃっ!」
一瞬だけ、黒い影が目の前に見えた気がして、次の瞬間ノノは後ろから身動きの取れないように引き寄せられました。首元にはノノからは何をされているのか見えませんが、何か冷たい物を押し当てられている感触。
腰に下がっているウルムケイトの声の魔剣を引き抜いて、せめてもの抵抗をしようとしたノノが突然解放されました。びっくりしながら急いで振り返ったノノの前にいたのは、短くて黒い髪の、全身を黒色の動きやすい服装に包んだノノと同じくらいの背の少女。
「ご、ごめんなさい! その、あの……聞いていた噂とは違う見た目だったので、つい咄嗟に……! えっと、娘さんでしょうか……」
少女はあわあわと手を動かしながら、なんどもなんども頭を下げます。そのあまりのあわてように逆に落ち着いたノノは、笑顔で少女に手を差し伸べました。
「私の名前はノノ! 娘じゃなくて、ししょーのお弟子さんです! 今ししょーはいないけど、とりあえずお部屋に案内しますね!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「これ、カリアテュスの断罪の魔剣って言います……えっと、私たちの一族に代々受け継がれている魔剣で……あっ、わたしの名前ラルって言います! えっとそれで……」
人と話すのに慣れていないのか、視線をそらしてやや早口でまくしたてながら、ラルと名乗った黒髪の少女は何かを置く動作をします。
釣られてノノも少しあわてながらラルに落ち着くように言ったあと、改めてという表情で問います。
「えっと……どれ、かな?」
ラルが何かを置いたような動作をしていたのはノノも見ていましたが、肝心の置いたものが見つかりません。明らかに何もない床を見つめていると、腰の魔剣から声が聞こえました。
「いや……確かにそこにある……」
その声が聞こえたわけではありませんが、ラルがちょうどいいタイミングで一度深呼吸をしてから話しはじめます。
「ええと……カリアテュスの断罪の魔剣の特異性は、見えないことなんです……生死を問わず、動物の体に当たるまで、見えず、聞けず、匂わない。暗殺用の魔剣なんです」
「そんな魔剣があるんだね! ……あれ、暗殺用の魔剣が代々受け継がれてるのって、もしかして」
「……うん、私たちの一族は、そういうことを仕事にしてるの……」
「ほへーっ、人にはいろいろあるってやつだね、ししょーが言ってた!」
透明な剣の感触を楽しみながら、ノノがうんうんとうなずきながら言います。ラルはその言葉を聞いて、ちょっと立ち上がりそうになるほど驚きました。
「き、嫌ったりしないの……?」
「んっ、なんでー? 私たちに攻撃しないなら気にしないし、それに私はラルちゃんいい人そうって思ったから、その直感に従います!」
「あっ……ありが、と……」
ふふんと胸を張りながらノノが当たり前だというような力強さで返して、ラルは恥ずかしそうに顔を伏せます。
「さて、とりあえず依頼はこの魔剣を研いでほしいってことでいいんだよねー?」
「うんっ、その……よかったら研いでるところ、見てもいいかな!」
いいよ! とりあえずししょーを呼びに行ってくるね。
そう話そうとしたノノの口が止まりました、止めたのはラルから向けられる期待のまなざし。ノノはちらりとウルムケイトの魔剣の方に目配せをし、
「……わかった、今回は教える……仕方ない……」
「えへへ、ごめんね……」
ラルに聞こえないくらいの声で話しかけました。
「それで、どうしたらいいの?」
「一定のタイミングで……剣が消えている状態と見えている状態を入れ替えながら研ぐ……タイミングはボクが指示するから、剣を見えている状態にするためには……たしかお肉があったはずだから、それを刺そう……」
今日のご飯が、肉料理に決まった瞬間でした。
――――――――――――――――――――――――――――――
「えっと、これ、わたしの住んでる村の地図だからっ!もし時間があったり依頼があったりしたら来てくださいっ」
「うん! ラルもいつでも遊びに来て! ししょーには私が説明しておくから!」
「ありがと……こ、これ以上知らない人と会うと限界を超えちゃいそうで……」
玄関先で別れの挨拶をしながら、ノノとラルは向かい合っていました。モルガが戻ってこないうちに帰ると言ったのはラルの方。
笑顔でまた会おうねーと手を振ってくれるノノに見送られながら、ラルは表道を駆け抜けるように下って行きます。
そういえば。と、その途中でラルは一つ浮かんだ疑問について考えていました。
カリアテュスの断罪の魔剣の特異性は生死を問わず動物に当たるまで見えないこと。なのにどうして、ノノの首元に触れていた時、剣の姿は見えるようにならなかったんだろう。
その答えを、ラルがひらめくことはありませんでした。
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