トートスリットの代償の魔剣

「あぁ? この前殺された男の詳しい話? そりゃまあ、確かに俺とあいつは親しかったけどよ……」


 工業国、セイホロの大通りから少し外れた場所に、鉄のにおいがする通りがあります。

 人の数こそ多いものの、賑やかしさや騒がしさなどはまるでありません。みんながみんな思い思いの店の前で、売られている刃物をじっくりと眺めていたり、研ぎ直されて綺麗になった愛剣を顔に近づけて微笑みかけていたりなどしています。

 そんな通りの店の一つ、その前で一人の青年と男が話していました。


「というかモルガ、今まで山から下りてくることなかったけどよ、気持ちの整理はついたのか……?」

「……つくわけないだろ、お前もわかるだろ……下りてきてるのは、僕自身の耳でこの事件について聞くためだよ」


 店の名前が書かれたエプロンをつけた男は、顔色をうかがいながら聞きます。モルガと呼ばれた少し茶色がかった髪の青年が答えて、数秒の間が開きました。


「……わるかった。それで? あいつの話だったな……といっても、俺はそんなにあいつの知識はねぇぞ?」


 男は顎に手を当てると、目を瞑って少し考えるような仕草をします。モルガは腰に下げている剣をいじりながら、次の言葉を待ちます。


「うーん、まあなんだ、恨みは買いやすい奴だったかもな……たまにいるだろ、仲良くなったやつに暴言を吐いたりするやつ。そういう男だったな……」

「それじゃあ、殺したのは暴言を吐かれてた仲のいい人ってことになるのかな」

「いや、殺したのはそういう、暴言を言われた奴ではないと思うんだよなぁ。だってほら、普通親しい奴が刃物持って近づいてきたらそれなりに警戒はするだろうしさ。それに――」

「それに?」


 男は一息置いてから、不思議そうな目のモルガに続けます。


「ノゼアさんを誘拐する理由がわからないだろ? 一応国の軍も調査はしてるけど、少なくともあいつと親しかった奴の家にはいなかったらしい……お前が気になってるのは、こっちの女性の方だっけ」


 モルガは静かに頷きます。


「まっ、研ぎ師を一人殺したやつがまだ見つかってないんだ。国だって動いてるし犯人が見つかればその女性も見つかるさ。それは俺達みたいな研ぎ師の仕事じゃないだろ? ……たとえ魔剣が絡んでても、お前の気にすることじゃない」


 前半は陽気に、後半は優しく諭すように言った男は、話は終わりだと言いたげに手を軽く二回たたきました。その動作を見てふぅと一度ため息をつき、モルガが引き返そうとした瞬間。


「ここにいましたかっ、モルガさん!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら、まだ年の若い少年が一人走ってきました。少年は一度深く息を吸って整えると、少し前のめり気味になりながら言いました。


「モルガさんに研ぎの依頼ですっ! すぐに来てほしいと!」

「……はぁ?」



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「……モルガ、知り合い……?」

「あの少年? いいや、知らない人」


 少年の後を追いながら、モルガは腰の剣に向かって小さく話します。

 腰に下げている剣は、ウルムケイトの声の魔剣と呼ばれる剣。その剣が、小さく気だるげな声をモルガだけに届けます。


「……知らないだけで、恨まれてるって可能性は……?」

「その時は、逃げるよ。さすがに人がいる中で襲いはしないだろうし」


 周囲の人に聞こえないようにしながら話していると、前を進む少年の足が止まりました。気付いたモルガが視線を少年の前に向けると、そこには一人の年老いた男が立っています。


「こちらが依頼主ですっ! では、私はこれでっ!」


 そう言って去って行った少年を目ですら追わず、モルガと老人は目を向けあいました。やがて、老人の方から先にゆっくりと口を開きます。


「……呼んでくれと頼んだときに、尊敬している人ですと言われたよ」

「それは……ありがたいことです、僕は彼のことを知らないのですが……僕の名前はモルガ、名前を呼んでの依頼と言うことは、魔剣の研ぎの依頼でいいでしょうか?」


 唐突な言葉に返事を濁しながら、モルガは自分の胸の付近に手を当てて自己紹介します。鋭い目の老人は自分の腰付近に手を動かして、


「ええ、山の研ぎ師のことを聞くためにここに来たところ、たまたま降りていると聞いたのでね」


 素早い動きで剣を引き抜きました。その動作の滑らかさ、素早く抜かれたその剣をモルガは一瞬見失いました。


「トートスリットの代償の魔剣と言う、この命を何度も救った剣だ。特異性は――」

「持ち主の血でぬれると、その持ち主の身体機能が向上する……なるほど、剣の持ち手に作用する魔剣は久しぶりに見ました」


 老人は目を見開きました。驚いたのは教えていない特異性を先に答えたこと。そしてもう一つ、


「……確か、名はモルガといったね?」


 老人の腕が、研ぐための場所を探そうとしたモルガを掴みました。反射的にふりほどこうとして、失敗したモルガが振り返ります。


「モルガ君……一戦、剣を交えてみないか?」


 その提案に、モルガは一度ゆっくりと首を振った後、


「僕は、剣士ではなく研ぎ師なので……」

「あくまで軽いものさ。私のように、戦いの中で生きてきたものは、戦いの中でなければ相手をもっとよく知ることができなくてね。そして、私は先ほどの剣を見る君の目にとても興味がわいた――あれは子供らしい好奇心に、それとは真逆の何かを重いものを過去に抱えたものの目だ。私は、それがとても知りたい」


 たたみかけるようなその言葉を聞いたモルガは、ちらりと周りを見渡します。先ほどまでいた人達は、少し遠くからざわざわとこちらを見ています。


「……わかりました。しかし、期待しないでくださいね」

「そう来なくては、感謝するよ。研ぎの代金に上乗せしておこう」


 老人の手が離れて、モルガは三歩距離をとります。

 そのままウルムケイトの声の魔剣に手をかけると、その刀身をゆっくりと引き抜き――、


 だんっ、という小規模な爆発のような音とともに、老人の姿が消えました。その速度に動きが止まって、ウルムケイトの声の魔剣からの左という指示に振り向いたとき、刃はすぐそこにありました。

 とった、と老人は考えました。すでに血で濡らした魔剣による奇襲。その意図はあくまで殺すためのものではありません。ともすればもっと彼にとって重要なこと。即ち、死ぬ間際に浮かぶ本心を見切ること。


 そうして、彼の加速した意識の時間の中でゆっくりと進む剣とともに、彼はモルガの顔を見ました。


「ぁ……?」

「……やはり、反応することすらできませんでした。期待を裏切り申し訳ない……」


 剣は、モルガの首先で止まっていました。老人が元々寸前で止めるはずだった位置からさらに手前で止まっていました。

 老人は見ました、一瞬だけ浮かんだ死を望むような表情。そしてその目の奥にあった

 ――恐怖とはまた違う、言ってしまえば嫌悪感にも似た感情が、老人の体を巡りました。


「それでは、研ぎの話へ移りましょうか……といっても道具がないな、誰かに貸してもらわないといけないので、少し待っていてもらっても――」

「……まて、君は……何を抱えている? 君の目の奥に映るものは何だ……!?」


 その嫌悪感を振り切るように、老人は言いました。

 その問いを聞いて、何人かのほかの研ぎ師が耳をふさぎました。それを見ながら、モルガは口を老人の耳に近づけて言いました。


「……魔剣が好きなら、知らなくて良いことですよ。……知らない方が、良いことだよ」

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