テトの欠片の魔剣
鮮やかな紫色が敷き詰められた花畑の中心を、一本貫くように道が通っている。
その道の傍ら、花に囲まれた中に一カ所、不自然に土の盛り上がっている場所があった。むき出しになっているその土の上には、元々そこに生えていた紫色の花と、少し小さめの肩掛けバッグ。
その土の前に、一人の男が立っていた。長身の、茶色いコートに身を包んだ黒髪の男。男は目を瞑りながら両手を合わせ、しばらく祈りを捧げるような仕草をして後ろを振り返る。
「待たせて悪いな、サファ」
その目線の先には、青い鱗に覆われた一匹の幼竜。サファと呼ばれたその竜は男の声を聞くと、きゅぃっと一度鳴いてその場を旋回した後、ふわりと高度を上げて男の頭の上に着地する。
「それじゃあ、行こうか」
頭に乗ったサファを撫でた後、男は自分の腰に下げている剣を軽く叩く。本数は二本、腰のベルトから簡単には外れないようになっている長めの剣と、それとは違い今落ちないようにするためだけに紐で軽くつけられた、手首から肘までの長さにも満たないような小さな剣、刃がむき出しのその剣の隣には鞘もあるものの、剣の長さよりはるかに長い。
どこか幻想的な花畑の中の道を、男は少し早歩きで進んでいく。まだ日も高く、光が男を、花を、そして頭の上のサファを温める中で、男は左手に持った紙を歩きながら眺めていた。
「こんなもの見たら、ほっとくわけにはいかないよなぁ」
ため息をついた男に、頭上のサファはきゅっ、と短く、しかしどこか心配するような鳴き声を投げかける。そんなサファに大丈夫だよと答えた後、男は再確認のため、かつ目的地が見えてくるまでの暇つぶしとして、その紙の内容を読み上げ始める。
「『この手紙を読んでいるということは』……ここはいらないか。『僕を待つ故郷の彼女に、どうかこの剣を届けてほしい。テトの欠片の魔剣、少し小さくなる代わりにまったく同じ剣を複製する魔剣。その片割れを彼女が今も大切に持っていてくれたら、どうかその剣を受け渡して、そして伝えてほしい。僕と言う男は、死ぬ直前までキミを思っていたということを。』……魔剣の持ち主を探す旅をしている途中で、魔剣を受け渡す依頼を受けるなんてな」
読み終えた男は、その紙を折って自分のバックパックのポケットにしまう。そして頭のサファに一言、
「まあ、死んだ人間のお願いだ、聞いてあげないと罰が当たるってもんさ。それになサファ、俺はこう見えても住んでた村では恋の仲介人として有名だったんだぜ?」
その言葉にサファが疑うようにきゅぅぅと鳴き声を返して、
「……まあ、嘘なんだけどさ」
――――――――――――――――――――――――――――――
「……はい、これは確かにあの方のものです」
「よかった、無事にお届けしたよ」
「えっと……旅の方、お名前は何と?」
「ああ、俺か? 俺の名前はルー、そんでこっちがサファだ」
花畑からしばらく歩いて、ルーと名乗った男とサファは目的の国に到着した。
久しぶりの旅人だと歓迎されて、国の人に囲まれる中でルーが魔剣について聞いたところ、医療用の建物にいる少女が同じものを持っていたという話を聞いて、ルーはその少女の元へ向かった。
白く清潔なベッドで寝ている、痩せている少女。彼女はいくつかルーと会話を交わした後、近くの棚から一本の剣を取り出す。それはルーが拾ったものと寸分違わず同じもの。紙に書かれたとおりなら、テトの欠片の魔剣という剣。
「……彼は、とても優しい人でした。病弱な私をいつも励ましてくれて……」
そして、少女はその剣をルーが差し出した剣に優しく乗せた。二本の剣は一瞬光を放った後、先ほどまでよりも少し大きな一本の剣に変わる。
「彼はこの剣の複製を私にくれました、特別な存在だからって……でもある日、彼は突然旅に出て行ってしまったのです。いままで旅に出たいなんて一言も言ったことなかったのに……私にも、何も言ってくれませんでした。後で入国審査の方に聞いたら、少し焦っていたようだったって……」
長くしゃべった少女は、少しつらそうに咳をする。心配そうに鳴いて少女の近くに降りてきたサファを撫でながら、呼吸を整えると少女は言葉を続ける。
「ルーさん、あなたは彼の死を目の前で見ましたか……?」
「いいえ、残念ながら。でも死因は――その紙に書いてあった。病気だって、せめて最後にあなたの顔を見たいとここまで来たんだと思う」
その言葉を聞いて、少女は俯いた。しずくが落ちて、白いベッドを小さく濡らす。
「……私は、傍に居たかったのに……もし何か、何かが彼を追いつめていたなら話してほしかった! ……せめて、私に何か話してから行ってほしかった……ただ、それだけだったのに……」
――――――――――――――――――――――――――――――
「……その剣は、あなたが持って行ってください」
泣きはらした顔を隠すように外を見ながら、少女は部屋を出ようとしたルーに言った。
「……いいのか?」
「はい、私が持ってても、もう無用なものですし……私には、この紙がありますから」
そう言って、彼女はギュッと紙を握りしめる。その様子を見て少し笑いかけながら、ルーはその部屋を後にした。
そのままの足取りで、ルーは国の通りをふらふらと歩く。特に目的もないまま活気のある大通りを行くと、突然後ろから声をかけられた。
「ね、ねぇそこのお兄さん! その腰の剣!」
その焦った様子の声に振り向くと、先ほどあった少女と同じくらいの歳とみられる別の少女が一人。その少女は自分の鞄の中をまさぐると、そこから一本の剣を取り出した。
その剣を見たルーの顔が驚きで見開く。それは先ほど見たばかりのテトの欠片の魔剣と酷似した、少しだけ大きさの違う剣。少女は取り出したその剣を、呆然として動けないルーの腰の剣に当て、
「あ、あれ……? なにもおきない、おかしいな……あっ、ごめんなさい! あなたの剣が、昔何も告げないでこの国を出てった、私の恋人のものと似ていた気がして……」
そういって、少し早口で謝った後に人込みにまぎれて消えた。しばらくそれを眺めていたルーは、はっとしたようにテトの欠片の魔剣を見る。
鞘の半分にも満たない大きさ。長さを少し短くして二本の剣に分かれる特異性。少し大きさの違う剣を手にしていた少女。特別な存在に、二本の剣の片方を渡していた男。
「……まあ、恋愛的な特別じゃないのかもな……向こうは、そう感じてるけど……」
一つの結論に達したルーは、自分を納得させるようにつぶやいた。そして頭上のサファに一言。
「どうする……? 鞘の長さと剣の伸び方からして、まだ十数人はいそうだけど……探す?」
その問いに、サファは頭を横に振った。
その返事に、ルーは頭を縦に振った。
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