ノノゼアンシスの友愛の魔剣(後)
「ルーさん……あっ、えっと、ルー……ううん、ルーさんと別れた後に、何度も確認してみたんですけど……多分、ノノさんの師匠がいるの、ここだと思います……」
セイホロからも、ノノの住む山からもそう遠くない場所に、低い木の柵が建てられています。その柵にぐるりと囲まれた円の中、五軒六軒程度の木の家からできた小さな村のようなものがあります。
「この村ができたのはつい最近で……あっ、いつもセイホロの近くの情報は入るようにしてるんです、あそこが一番情報が集まって。それで、村人の数からしても急に村ができたのは明らかにおかしいなって。ええと……多分、国の人が隠れて何かを行うなら、拠点は国からそう遠くないと思うんです。狙いがノノさんの師匠なら、山からも遠くない此処が一番かなって……」
その村から少し離れて、生えた草で体が見えないように地面に伏せながら、短い黒髪の少女――ラルはまだ緊張が解けていない声でルーとノノに説明をしていました。
その後ろで、ルーは借りた双眼鏡を使ってその村を見ています。畑はありますがそこで働いている人の姿は見えません。今の時間帯は畑仕事をしていないのか、あるいは――、
「この村全体が魔剣猟隊ってやつ拠点で、一緒にその部隊の存在を隠してると……でも、人ひとり捕まえて、鍛冶の仕事をさせられるような場所があるのか?」
双眼鏡をラルに返して、ルーは一度息を吐きます。ラルは伏せた姿勢のままゆっくりと村に近づくように少しだけ動きました。
「多分、地下かなって……村の形をとっている以上、たまたま旅人に家の中を見られるなんてこともあるかもしれないから。一目じゃわからない場所にいると思います……」
「いずれにしても、早めにことを済ませないとな。山の方の見張りが交代するまでの間だ」
「うん……あ、あと、ルーさんの剣なら大丈夫だと思うんですけど、いくら向こうが国にも内密な組織とはいえ、跡を残すと国の権利も使ってくると思うので、よろしくお願いします……」
そういって、ラルは小さく身を起こします。
日はゆっくりと沈み始め、空の色は赤からだんだんと黒へ変わっていきます。ラルは草に紛れて隠れるための緑色のコートを脱ぐと、隠れることには向かなそうな少し穴の開いた古いコートを着始めました。そして一度両手を祈るように合わせると、ラルは大きく息を吐きます。
ノノが疑問そうにその様子を見て、
「……あっ、これは仕事前の集中みたいな……人を殺す前の儀式で……」
ラルは言葉に詰まりながら答えた後、ノノに顔を近づけました。驚いて一歩下がったノノに、
「……ノノさん、本当にいいんだよね……? えっと、後悔したりとか……やっぱり殺せないは無しだからね……?」
「うん、大丈夫」
心配そうに言ったラルの言葉に、ノノは遠くを見るような、それでいて強い決意を秘めた目で言いました。
「私はししょーの剣だから。私が助けるの……絶対!」
「……なら頑張ろうねっ、ノノさん!」
その言葉にノノは力強く頷いて、そしてラルはカリアテュスの断罪の魔剣がしまわれていると思わしき鞘に手をかけると、冷たい表情のまま地面を蹴って走り始めました。
――――――――――――――――――――――――――――――
「すいません、旅のものですが……」
ドアがノックされて、家の中にいた二人の男のうちの一人が開けると、そこには古ぼけたコートを着た少女が立っていました。
警戒するような目で男二人が少女を見てると、少女はおもむろにコートを脱ぎ捨て、両手を上に挙げます。
「この先のセイホロというところにいきたいのですが、夜になってしまい……申し訳ないのですが、一晩泊めてくださらないでしょうか……」
ばんざいをしたまま申し訳なさそうに喋る少女を見て、男たちは顔を見合わせます。ややあって、
「……申し訳ないがこの家に泊めることはできない、他の家に頼んでくれないだろうか」
と返しました。少女は残念そうな顔を浮かべると、挙げていた手を下ろして――、
「……あっ?」
少女の前に居て警戒を解いていた男が、手を振り下ろす動作とともに切り裂かれました。手と男との距離はまだ少々、その距離を目に見えない何かが埋めました。
突然のその光景に、後ろの男は声も出せずに一瞬呆然とし、その間に少女はすでに懐に。寸前、男は見ました、感じました。喉に何かが当たる感触、それに付いた血のにおい。そして、赤く染まった刀身。
「……終わり」
カリアテュスの断罪の魔剣による、正面からの奇襲。何の感慨もなさそうに死体を一瞥した少女はガラリと窓を開けました。遅れてその家に、夜に溶け込むような黒いコートを着た二人、ノノとルーが入ってきます。
「ここですっ……鍵と、多分迎撃の仕掛けも……」
「じゃあ俺の出番だな……っと」
床を叩いていたラルの手が、一つの場所で止まりました。
ルーはその床に近寄ると、腰に下げている剣を引き抜きます。揺らめく炎のように鮮やかな赤色の刀身、その刃が勢いをつけてラルの指した床に振り下ろされました。その床板がポッと燃え上がったかと思うと、四方に炎が広がって――正確に言えば、切りつけた部分から汚染されていくように床が炎へと変化していきました。
「それじゃ……任せて良いんだな? ノノさん。俺は別に顔がばれても良いが……」
その炎が、人ひとり通れるくらいの四角形の入り口を作って消えたのを見て、ルーが隣にいるノノに話しかけました。ノノは、
「ううん、大丈夫。私が一人でやりたいことだから」
「そうかい、なら任せる。事前に決めておいた場所で待ってるから事が済んだらすぐに来ること。戻ってこなかったら助けにいかない。これでいいんだよな」
「うん、それじゃ行ってくる……ありがとねっ、ルーさんっ、ラルっ」
そんな会話を交わして、隠し口から見えた階段を降りていきました。
石造りの、少し古そうな階段でした。周りを見渡しながら、ノノはこの場所が結構前から作られていたんだなぁと頭の片隅で思います。
やがて下りが終わり、長めの通路へ出ました。道の両脇にある牢屋には目をくれず、ノノはどんどんと先へ進んでいきます。
「……この先かな?」
「ノノ……いけるね……?」
「うん、ウルムケイト・・・・・・大丈夫、私ならできる」
狭い牢屋にししょーはいないはず。
そんな考えで進んでいたノノは、ついに長い廊下の奥まで来ました。そこにあったのは一つの扉。頑丈そうに作られた扉には、鍵がかかっていませんでした。ならばその先にきっと彼らがいるのでしょう、ノノは一度息を整えて、その扉を押します。
「ししょー!」
「誰だっ……!? ノノゼアンシスの友愛の魔剣!? どうやって貴様がここに!」
「いいから、ししょーを返してっ!」
ノノが叫んで、それに反応するように数人の男が扇状に広がりました。真ん中にいる男の名を、ノノは忘れていません。ジストと言う男、師匠のモルガを連れ去った張本人。
「気をつけろ、あいつはどんな魔剣を持っているかわからん。警戒を怠るな」
剣を持った男達が、警戒しながらじりじりと近づいてきます。ノノはその動きを見て、腰に下げているウルムケイトの声の魔剣から手を離しました。
かつん、と石を踏む音がしました。ノノからです、ノノは剣を構えずにゆっくりと歩き始めました――前へ。
かつん、かつん。ノノの速さは変わりません。
かつん、かつん。男達の横を、ノノは通り過ぎました。
かつん、かつん。ジストの目がそれを追いました。
かつん。その目の前で、ノノは歩みを止めました。
魔剣には、特異性があります。
炎に変える、目に見えない。その形は様々で、そして逆らうことはできません。
じゃあノノゼアンシスの友愛の魔剣の特異性は何か。人であることは、あくまで形に過ぎません。精霊の形の魔剣があるように、魔剣は剣の形である必要はないのですから。
なぜ、コルハリグルの継接の魔剣の持ち主は初対面のノノに自分の過去をさらしたか。なぜ、ツティアの牙の魔剣をもつ竜はノノを背中に乗せたか。
「……さよなら」
ノノの手が横に振るわれました。刃の付いた腕でした、剣としての腕でした。
その一振りを、ジストは警戒することなく、反応することもできず。首を失って、血を吹きながら倒れました。
ノノゼアンシスの友愛の魔剣。それは人として所有者を守り、自分が仲良くしたいと思ったものに警戒心を抱かせない魔剣。
「私は、魔剣です」
倒れた死体の前で踊るように回って、ノノは男達の方を見ました。
「次、ししょーに攻撃しようとするなら、私はあなたたちの家族と仲良くなって、そして殺します」
それは、単純な暴力による脅しでした。少なくとも、今この場にその脅しに逆らえるものはいませんでした。
そしてノノは視線を元に戻します。死体の先にあったのは大きめの牢屋でした、その隅っこ、静かになったこの部屋の中で、寝ている影をノノは見つけました。
「ししょー」
泣きそうな声で、そして労るような声で、ノノがこぼしました。そのまま牢の前で腕を振るうと、ガシャンと音を立てて入り口ができました。
「助けにきたよっ!」
そしてノノは、モルガに抱きつきました。抱きついて、少し汚れた手で、何度も何度も頭を撫でました。
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