ノノゼアンシスの友愛の魔剣(中)
竜が飛んでいます。
一本の棒のように長い体をうねらせて、金色に輝く鱗粉を撒きながら、一匹の竜が草原の上を滑るように飛んでいます。その上には、黒髪で茶色いコートを着た背の高めの男。地図を片手に持ち、声で龍に進む道を指示していました。
道を歩くのとは比べ物にならない速さで横の景色が流れていきます。はじめてみるその光景に男は少し興奮しながらも、目的の村が見えてくると引き締まった表情に変わります。
「クー、ここだ」
その一声に、クーと呼ばれた竜はゆっくりと高度を下げ始めます。どんどん近づいてくる村の中で、何人かの農民とみられる男たちがこちらを見上げているのが男にはわかりました。
「こんにちは、俺の名前はルー。後ろにいるのがクーっていう」
村の手前に降りた男は、開口一番警戒した様子で見つめてくる村人たちに名乗ります。少し遠巻きに眺める村人たちの中から一人、何かしらの紋様が描かれたコートを羽織っている男が一歩前に出てきたのを見計らって、ルーと名乗った男は言葉を続けます。
「この村にいるラルっていう少女に用があるんだ。ノノさんからの依頼っていえば分ってもらえると思うんだけど」
そうルーが言い終わると、後ろからとんと小さく土を踏む音が聞こえました。後ろを振り向く間もなく引き寄せられ、尻餅をついたルーの目の前には一人の少女。
「ノノからの依頼って……本当……?」
上を取っているにもかかわらずおびえた様子の少女に、ルーは一度ため息をつくと、
「本当だ、依頼料金の代わりにカリアテュスの断罪の魔剣の研ぎ代を今後払わなくていいって感じでどうかって……信じてもらえるか?」
「う、うん……魔剣の名前まで出されたら信じるけど……」
一歩後ろに引いたラルを見て、ルーは立ち上がるとズボンについた汚れををはたきます。ラルは腰からカリアテュスの断罪の魔剣を引き抜くと――剣は見えないので、そんな感じの動きをしたとルーが思っただけですが――鋭い目つきになって、
「それで……誰を殺せばいいでしょうか」
「それは――」
――――――――――――――――――――――――――――――
時間は少しさかのぼって、ノノの家がある山の奥。
「魔剣を作った……?」
引き攣った顔で、ルーが言いました。
言葉を向けるのは、ウルムケイトの声の魔剣。驚いて固まった二人に、剣は話を進めます。
「そう……それこそが、モルガが鍛冶師を目指した理由で……辞めた理由でもある……」
「そ、そのことは……誰が、知ってるの……?」
驚いたままのノノが、どうにか言葉を振り絞って聞きます。
「僕と……セフィナ、タイト……そして、セイホロの鍛冶師全員だ……」
ノノの頭に、セイホロの鍛冶師に言われた言葉が浮かびます。「もっといい剣を作ろうとしていた、そしてそれができるだけの力があった」、それは単純に、ノノが今まで見てきたような美しい剣の範疇に収まるものだと思っていました。それが、
「それで、どんな特異性なんだ?」
「それは……教えられない、ただ……それは作り主のモルガにしか扱えない、そして……モルガが自分の意志で、セイホロから離れなきゃと思ったような魔剣……」
自分が魔剣だったということだけですでにいっぱいいっぱいになっていた頭に、さらに知らなかった、そして驚くような出来事を叩きこまれて、ノノは完全に口が開けずにいました。
そんなノノに気を使ってか、ルーは話を進めていきます。
「……まあ、これでモルガさんが攫われた理由についてははっきりした。つまりモルガさんを捕まえて、魔剣を作ってもらおうって判断だ」
「だめっ!」
自分でも驚くような声がノノの口から出ました。あわてて少し口を押えた後、ぽつりぽつりと言葉を続けます。
「ししょー、剣作りの話になるとすごい悲しそうな表情するの……だから、自分の意志で作ってもいいと思うようになるまで待たないとっ……ししょー、無理に作らせようとしたらきっと……」
「そうだね……モルガはきっと自殺する……魔剣を作らせたいなら行動を過度に縛ることはできない、だからモルガはいつでも自殺を選べるし……躊躇なく実行できる性格をしてる……」
ウルムケイトが言って、
「それじゃあ、もう手遅れじゃないのか? 連れてかれてから時間も経ってるだろう」
ルーが返します。その言葉にノノが青ざめた表情を浮かべて、
「いや……モルガは、自分を連れて行く条件としてノノの安全を保障させてる……だから、ノノが逃げる時間が稼げるまでは生きてるはず……多分、剣の作る時間を考えれば6日くらいは生きてる……」
気だるげに、しかし断言するような力強さでウルムケイトが言いました。
数秒、言葉のない時間が生まれました。ルーは片手を顎に当てて、ゆっくりと思考を続けます。ノノは俯きながら何かを考えているようでした。
ややあって、ルーが小さな声で話します。
「連れ去ってったのは、国の組織なんだろ? 城の中とかならお手上げじゃないか?」
「それは……ないと思う……今の国王が反対した組織だから……少なくとも、国の中にはないんじゃないかな……」
「そうか、それはまだ幸い……か? 場所を探せる人がいないとどうしようもないぞ……」
片手で頭をわしわしと掻きながら悩むルーに対して、ノノは閃いた様子で、
「タイトさん! 協力してもらおうよ!」
とウルムケイトに言って、
「交友関係……あるのはばれてる……今頃は向こうにも、魔剣猟隊の人がいるはず……」
「ううーっ! どうしよっ! このままじゃししょーがぁ……」
「モルガさんと直接関係がなくて、向こうに寝返る心配がなく、情報をかき集められる人で、協力してもらえる人……そんな都合のいい人が――」
ノノが、ポンと手を叩きました。
「いる! 私の友達!」
――――――――――――――――――――――――――――――
そして、今。
緑の色濃い山の奥にある一軒の家の前に、三人の男女が立っています。
「わ、私は依頼で受けるんですが、ルーさんはなんで助けようと……?」
「いい加減ルーで良いって、もう会ってから4日だぞ? まあ……単純に、剣を研いでくれる人がいないと困るからかな。いずれ返すものだし」
そういって引き抜いている剣、炎のような赤い刀身を持つアルトノーツの紅の魔剣を軽く振るルーの目の前には、一つの死体とそれとは別に燃え尽きた衣服の跡がありました。
そこから数歩分離れて、ウルムケイトの声の魔剣を持っているノノが俯いています。
「どうしたの……? ノノ……」
「ウルムケイト……えっとね、私……少しわかったんだ、自分のこと……」
少し遠くにいる二人には聞こえないように、ぽつりぽつりとノノが言葉を続けます。
「それは……」
「うん……ノノゼアンシスの友愛の魔剣としての自分のこと。わたしはね、ウルムケイト。持ち主が変わるたびに、前の持ち主の記憶を失う魔剣なの。知識と経験だけを残して、次の持ち主に尽くす……そんな魔剣。以前ナスティノルニスの調律の魔剣で斬られた時は特異性同士で争っちゃったみたい」
そこまで言い終えて、ノノは一度息を吐きました。
「それで……どうしたの? 急に……」
「ううん、深い意味はないんだけどね……それで、自分が魔剣だって自覚したら、思い出すことができたんだ……前の私の持ち主は、わたしに乱暴してて……だから、壊れる前に……って、前の私はなったみたい……でも」
息を吸って、吐いて。そして、ノノはキッと強い決意を感じる目で言いました。
「今の私は、とっても幸せ。だから……まだ、この記憶を忘れたくないっ! いろいろ迷惑かけちゃって、こうなったのも半分私のせいだと思う。だからこそ……絶対にししょーを助けようね! ウルムケイト!」
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