ノノゼアンシスの友愛の魔剣(前)
緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。
その家の中の一室、石造りの部屋の中に1人の青年が座っていました。
時刻は昼頃、閉じた戸の隙間からはお昼ご飯の肉を焼くいい匂いが入り込み、青年の鼻をくすぐります。
「それで……本当なのか? ウルムケイト」
「多分、ね……モルガ、あくまであの魔剣が言ったことだけど……僕も、奇妙な親近感は感じてた……」
お腹を押さえながら、青年は自分の腰に下げている剣――ウルムケイトの声の魔剣に話しかけました。青年のことをモルガと呼んだ魔剣は、いつものような気怠い声に少しの緊張感が混ざった声でモルガにだけ言います。
ネス・アレイスの重圧の魔剣を研いでから丸一日、モルガは昨日言われたことを思いだしながら、
「ノノが魔剣かぁ……信じられないな」
ネス・アレイスの重圧の魔剣、その刀身である精霊はウルムケイトの声の魔剣と、部屋に入ってきたノノを見て仲間と言いました。それはつまり、ノノがウルムケイトの声の魔剣と同じ魔剣であるということ……の可能性が高いとウルムケイトの声の魔剣と青年は判断しました。
「それで、どうするの……?」
深く息を吐きながら伸びをするモルガの腰から魔剣の声が届きます。それを聞いて、モルガは疑問そうな顔を浮かべました。
「もし、彼女が魔剣なら……どうするのって話……」
「どうもしないよ、魔剣として扱ってほしいならそういうだろうし、一度もそういわないってことは人間として扱ってほしいってことか……本当に記憶を失っているかだ。案外自分の記憶を失う魔剣だったりするのかもしれないだろ?」
「……気楽だね……」
伸びを終えると、部屋の戸に手をかけながら、モルガは笑顔で言いました。
「焦っても意味がないからな。ノノが人間か魔剣か……魔剣だったとして、人の形をした魔剣なのか人になる特異性を持った魔剣なのか……そんなの全部、少なくとも今知らなきゃいけないことじゃ無い、違う?」
「そうだね……それじゃあ、もう一つ聞かせて……」
「料理できたみたいだし、早めに答えられるもので頼むよ」
戸を半分くらい開けたところで、モルガは止まって次の言葉を待ちました。そして、
「ノノが人間か魔剣か……どっちの方がうれしい……?」
「……いい具合に残酷だ、答えわかってるよな? でも、さ。不思議な話ではあるけど、しばらく一緒にいたからかな……もし人のままだったとしても、ノノのままであればいいかなって思うんだ」
――――――――――――――――――――――――――――――
玄関のドアが叩かれたのは、モルガとノノが昼ご飯を食べている最中でした。強めのノックにモルガは椅子から立ち上がると、腰に下げた剣を少し引き抜きながら玄関の方に向かいます。ノノもお昼ご飯を置いてその後ろへ。
今開けますと一声入れた後、ゆっくりとドアを開けて、
「……ようこそ、国の方がわざわざ大勢で何用でしょうか?」
作った笑顔を崩さないようにしながら、モルガは腰に下げた魔剣を小さく持ち上げました。
目の前にいたのは、山登りの邪魔にならないような最低限の鎧を着て、綺麗に整列をした男たち。その奥には男たちよりも少し重装備の男、その鎧にはセイホロの紋様が刻まれています。
「武警団副団長、ジストという。貴公が魔剣研ぎ師のモルガでよろしいか」
一歩前に出てきた男に応じて、モルガも家の中から一歩外へと出ます。
「ええ、僕の名前はモルガ、後ろにいるのは弟子のノノです。山奥まで大勢で何用でしょうか、研ぎの依頼とも思えませんが?」
「最近貴公が探っていた人殺しの事件についての話だ」
胸の前に手を持ってきていつものように自己紹介をした後、ジストと名乗った男の目をモルガはまっすぐと見据えました。ジストは威圧感を与えるような目でモルガを見つめ返しながら、淡々と言葉を続けます。
「知っているな?」
「ええ、ですがなぜ僕の元に? 犯人が捕まったから報告に来た、ということならうれしい限りですが」
「ああ……捕まるさ、これからな」
そういって、ジストは腰から騎士の使うブロードソードを引き抜くとその切っ先をモルガに向けました。同時に周りの男たちも剣を引き抜きます。
「……理由もなく剣を向けられるなら、こちらとしても抵抗するつもりですが」
「勘違いするな、私たちは貴様に剣を向けているのではない……なぁ?」
その剣先が、わずかにモルガの横にずれました。
「ノゼア、いや……ノノゼアンシスの友愛の魔剣」
キンッ、と剣を鞘にしまう音がしました。同時に何かを察して動いたジストの剣が弾き飛ばされます。さらに動こうとして、そのモルガの首の近くに何本もの剣が当てられました。
「……亡くなった男の書いていた手帳に、それのことが載っていたよ。ノノゼアンシスの友愛の魔剣……年齢を自在に変えられる、人の形をした魔剣だと」
衝撃でしびれた手を振りながら、ジストがノノを睨み付けるように見ます。にらまれたノノは呆然とした顔で、男の言葉を整理しようとしています。
「ノゼア、男の弟子だった女性の正体がソレだ。男の死と一緒に行方をくらませたが……以前客に紛れ込ませて送った私たちの仲間がその女の正体を突き止めた」
「……どうするつもりだ」
周りの男たちに抑えられたままで、モルガが半ば叫ぶような勢いでジストに問いました。
「決まっている、私たちの役割は犯罪者を捕まえること――しかし、だ。無機物の剣を逮捕するわけにはいかない。故に捕まえるのは所有者の方だ」
拾い直した剣の切っ先が、再びモルガの方へ向きました。
モルガは小さくため息をついた後、腰の剣からゆっくりと手を放します。
「結局、狙いは僕だろう? ……いいよ、わかった、連れていけ」
「物わかりが良くて何よりだ、それでは」
「まった、いくつか条件がある」
腰に下げていた剣を外して、鞘にしまったまま横に持ち上げてモルガは言いました。ジストは歩きはじめようとした足を止め、
「……言ってみろ」
「一つ目、ノノに手を出さないこと。先に言っておくけれど、僕は彼女が生きているかどうか確かめることのできる、あなたたちには想像できないような何かを用意できるってことは知っていると思う。そして二つ目、こいつは僕が師匠から受け継いだ剣でな、これを弟子の彼女にも受け継がせてほしい」
「断ったら?」
「今ここで舌を噛み切る。脅しと思わないでほしいな、まともな人にあなたたちの求めることはできないと思ってくれ」
モルガは口元をゆがめて笑って、
「……仕方ない、飲もう」
ジストは嫌々頷きました。それを見たモルガはノノの方に向きなおると、まだ何が起こっているのかわからず固まったままのノノの手に剣を握らせました。
「大丈夫、何があってもこの剣が守ってくれる」
「……! ししょーは! ししょーはどこへ行くのっ!?」
あいまいながらもどうにか現状を理解できたノノが、焦った様子でモルガに言います。それを小さな笑顔だけで返しながらモルガはゆっくりとジストの方へ。
「ししょー! 待って! ししょー!」
手を伸ばして追いかけようとしたノノの体は、男たちに抑え込まれて簡単に止まりました。控えめに手を振ったモルガの姿がどんどん視界から遠ざかっていって――
――――――――――――――――――――――――――――――
気が付けば、近くにはもう誰もいませんでした。
土の上に倒れたまま、剣だけがそこに残ったまま。
「ノノさん、大丈夫か!?」
もうどうしようもないや、そんな様子で倒れたままのノノを、後ろから呼ぶ声が聞こえました。
聞き覚えのある声。ノノの後ろ側は、本来使われない裏道――
「ルーさん……?」
「研ぎを頼みにきたら、表道が騎士にふさがれていたから裏口から来た! 何があった? モルガさんはどこへ?」
「ししょーは……」
倒れたノノの体を起こしながら、茶色いコートの長身の男――、ルーが話しかけてきました。何とかその問いに答えようとしたノノの手から剣が滑り落ちて、
「モルガは……捕まった、おそらく以前に聞いたセイホロの魔剣猟隊って組織……」
二人に触れたその魔剣はゆっくりと、しかし緊迫した声で言いました。
「お願い……モルガはきっと逃げろっていうけど……助けてほしい……」
「待て、捕まったってなんでだよ。研ぎをしているだけなら国にも不利益はないはずだ」
「……そうだね……うん、話すよ……モルガの捕まった理由……モルガの、隠したかったこと……」
二人がごくりと喉を鳴らして、ウルムケイトの声の魔剣は、この場の誰よりもモルガと一緒にいた剣は言いました。
「モルガが、おそらく今の時代で唯一の……魔剣を作った鍛冶師だからだ」
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