シャルの一の魔剣

 足首ほどの長さまで草の伸びている林道を、一人の少年が走っていた。

 高く伸びた木の葉は空を覆い、かすかな木洩れ日と適度に暖かい気候は、ゆったりと歩くにも木にもたれかかって休むにも適している。現に先ほどからチラチラと旅人が休んだ跡が見えるほど。

 そんなおだやかな道を、男は後ろを何度も確認しながらあわただしく走っていた。袖に余裕のあるひらひらとした服を着た、まだ背の低く若い少年。その手には一本の剣が鞘に収まった状態で持たれていて、彼はその剣を落とさないように力強く握りしめている。


「……っ、もう追いついたのか……」


 荒く息を吐きながら走る少年が、突如としてその歩みを止めた。辛そうに息を整えながら、彼は自分の右斜め前の茂みを剣で指して言う。

 そこから三人の男が姿を現した。それぞれが同じ色、似た模様の服を着た、顔を見せないように覆っている三人組。彼らのうちの一人、真ん中に立つ人物は一歩後ろに下がると自分の剣を引き抜いて少年の方に向け、


「我々は交渉をしたいだけです、危害を加えるつもりはない」

「……狙いは、この魔剣だろ?」

「ええ、その通り。おとなしくその剣を置いて、村へ帰ってくれるとありがたいのですが」


 少年は右手で剣を引き抜くと、右足を一歩後ろに下げながら両手で剣を構える。それを見た男たちのうち、左右にいた二人の男が剣を構えながら同時に走り出した。

 対峙する少年でさえたくさんの鍛錬を積んだであろうことがわかる、寸分の狂いもない同時攻撃だった。少年は一歩踏み出しながら剣を縦に振るい、素早く左の方の男の剣を叩き落とす。その間にも右の男の剣が少年の脇腹を突き貫こうと迫り――、

 少年の、まだ下に振り下ろす勢いの残ったままの剣が不自然に軌道を変え、男の突こうとした剣を跳ね飛ばした。動揺する男二人と少し驚いた様子の後ろの男を見て、


「これは、僕の大昔の先祖から伝わる家宝だ。渡すつもりはないし、奪うつもりなら痛い目を見るのはそっちの方だ!」


 油断せずに剣を構えながら少年が言った。

 急いで剣を拾い直そうとする男二人を声で制して、後ろの男が少年の前に立つ。よく見ればその服にはほかの二人と違い、縦に一本の黒い線が入っている。


「ふむ……なるほど、ただの少年と聞いたが、ずいぶんと良い使い手だったようだ……ただ、少々殺意が足りていないようだね」

「……殺さなくても、行動不能にすることはできる」

「それは――」


 少年の両手に鈍い衝撃が走った。視界にうつるものが正面の男から葉っぱの緑に変わり、地面が爆ぜるような音が遅れて聞こえると同時、背中に強い衝撃が走る。


「実力で圧倒している場合だけだ、ちょうど今みたいにね」


 男のその言葉で、少年は自分が吹き飛ばされたということを理解した。

 下から振り上げるように振った剣を構えながらゆっくり近づいてくる男に対し、少年は痛む体を無理やり動かしながら構えを取り直す。


「それにしても、見事な反応だったよ、よく受け止めた。やっぱりここで殺すのは惜しいな……もう一度聞くけど、その剣を置いて帰る気はないかい?」


 その言葉に、少年はゆっくりと首を振る。男は一度ため息をついた後、再び切りかかろうと身を沈め――、


「キゥッ、キュイッ!」

「……? なんの――」


 林の中から、高い鳴き声が響いた。男が切りかかる寸前の体勢のままその声の方へ向いた瞬間、その反対側から一つ影が飛び掛かった。

 茶色いコートに身を包んだ、黒い髪の毛の長身の男。勢いよく飛び掛かりながら振り下ろしたその右手に握られているのは、一般的なロングソードと同じくらいの長さの――そして、刀身が鮮やかに燃える炎のような赤色の剣。


 その剣の一振りを、寸前まで逆の方向を向いていた男は異様な反応速度で受け止める。一瞬の鍔迫り合いの後、両者は後ろに飛びのいて距離を取り、


「……なーるほど、そういう魔剣ですか……これは退いた方がよさそうかな?」


 剣を受け止めた男の持っていた剣が燃え上がり――より正確に言うならば、した。その剣の炎が腕に届く前に、男はその剣を投げ捨てる。

 男の言葉を聞いた茶色いコートの男は、しっしっと軽く手を振る。その動作に便乗するように後ろの男二人の背中を叩いた後、去り際に男は言った。


「せっかくですので。私の名前はドライト、に所属しています。では、また会う時があれば」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「俺の名前はルー、それでこっちで飛んでるのがサファだ」

「キュゥ、キュッ」


 林道の出口付近、遠くの村が見えるくらいに先が開けた場所で休みながら、ルーと少年は話をしていた。サファと紹介された青色の鱗の幼竜は、ルーと少年の周りをパタパタと、回るように飛んでいる。


「さて、と。助けたはいいけど、どうして君が襲われていたのか、正直俺はわかっていないんだ。あの三人はキミの知り合いか?」

「いえ、知らない人です……でも、襲った理由はなんとなくわかります。これだと思います」


 そういって、少年は先ほどまで振るっていた剣を鞘から引き抜くと、ルーの目の前に持ってくる。特に見た目に奇妙なところは見られない、一般的にはクレイモアと呼ばれる両手剣に酷似した剣。

 わざわざ襲ってまで奪い取る理由は、ハッキリ言ってまったくないように見えるその剣をあの三人が狙った理由について、ルーには一つ心当たりがあった。


「……もしかして、魔剣?」

「はい、多分ルーさんの持っているのも魔剣ですよね……? これ、シャルの一の魔剣といいます。うちの家に代々受け継がれていたものです」

「なるほど……どんな特異性?」

「剣が自動で動いて、最適な軌跡を描いてくれる……そんな魔剣です。足腰や体の動きは、それに合わせて自分で動かさなきゃいけませんが……恥ずかしいことだけど、多分この特異性がなかったら死んでいたと思います……」


 自分の魔剣を見つめながら、沈んだ声で少年が話す。その言葉を聞いて、ルーは視線をまっすぐ前に向けたまま口を開く。


「……たしかに、強かったな。特にあの黒い線の入った服の男。次会ったとしても、全力で逃げた方がいい」

「……はい、肝に銘じておきます」

「よしっ、さて、君はこれからどうするつもりだ? 元居た場所にもどる?」


 ルーがそう聞いて、少年は数秒考えるようなそぶりをした後ぽつぽつと返事をする。


「……いいえ、襲われたのは元居た村の中だったから。しばらくは付近の――、ちょうど今見えてるあの村とかで隠れています」

「そうか、じゃっ、俺とはここでお別れだ」


 そう言って、ルーはゆっくりと立ち上がった。腰に下げている赤色の刀身を持つ剣――アルトノーツの紅の魔剣の様子を確かめた後、先ほどまで通っていた林道の方へ向き直る。


「……その服装、ルーさんは旅人なんですか?」


 その背中を、少年の声が引き留めた。ルーは半身になりながらその言葉に声を返す。


「急にどうした? ああ、といっても、観光目的じゃあないけどな」

「すいません、少し気になって……では、目的があって?」

「ああ――俺は、こいつの……無念だが置いていくなんて書かれた紙と一緒に、俺がガキのころ迷い込んだ森の石に突き刺さってたこの魔剣の持ち主を探して、こいつを届けるために旅を続けてるんだ」


 腰に下げた鞘を軽く動かしながら小さく言う。その言葉を聞いた少年が、少し不思議そうな顔を浮かべて言った。


「それは……見つかるんですか?」


 その問いに、ルーは肩に乗っかったサファを撫でながら返す。


「見つかるか見つからないかじゃない――、探すのさ。見つかれば、そこで旅は終わる。見つからなければ――、まだ旅は続く。奇妙かもしれないけど……それでいいのさ、それでな」

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