コルハリグルの継接の魔剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 そんな家の一室、一人の少女が布団ををぺちぺちと叩いていました。


「ししょー、ししょー! おーきーてー!」


 十代前半くらいの、背の低い少女です。腰の長さまで伸びた白髪が布団を叩く動きに合わせてゆらゆらと左右に揺れています。少女が赤い瞳で見つめている布団はポッコリと膨らんでいて、もぞもぞと動きつつ中からうめき声をもらしています。


「ノノ……もう少しお願い……」

「むぅ、ししょーの分の朝ご飯なくなっちゃうよっ!」

「それは困る……」


 既に日は昇っていて、部屋の中にも光が射し込んでいます。ノノは布団を叩くのをやめると、屈んで布団の両端を持ちました。そのまま、立ち上がる勢いを利用して布団を空へと放り投げました。

 先ほどまで布団があった場所に、一人の青年が横になって丸まっています。少し茶色がかった髪の、どちらかといえば背の低い方の青年。布団で遮っていた日の光が体に当たり、青年は目を擦りながらゆっくりと起き上がります。


「ししょー、おはよっ! えへへ、ししょーはちゃんと起きれたので朝ご飯が貰えます!」

「……それはよかった、でももう少しそっとしておいてほしかった……」

「ししょーがそんなに眠たいなんて珍しいね。ししょー、朝弱い方じゃなかったよね?」


 上体だけを起こしたまま、まだ眠たそうにしている青年をノノが前屈みになって覗き込みます。青年はあくびをしながら近くに置いていた一本の、いつも腰に下げている剣を掴むと目の前のノノに対して言いました。


「そんなに眠いってわけじゃないんだけど……なんだろう、面倒くさいことが起きる気がしたからもう少し寝てたかった……」


 それを聞いたノノは、青年に近づけていた顔を引っ込めるとその場で一回転と少し。食卓の方を向きながら、顔だけ青年の方に向けて言いました。


「ししょーって、勘はよく当たる方なの?」

「あんまり、だからまあ、聞き流していいよ」


 そういって、青年は一度伸びをした後に少し気だるげに立ち上がります。そのまま特に何かが起こることもなく朝ご飯を食べて、ノノに日課の剣の研ぎを教え、時刻が昼を過ぎたころ――


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 コンコンと、控えめなノック音が聞こえました。ぴょんっと座った状態から勢いよく跳んで立ったノノを自身の後ろに下げながら、腰の剣を構えて青年がドアを開けました。


「ようモルガ! それと、こんにちはノノさん」

「……タイト、お前の方からくるのは珍しいな」


 立っていたのは青年より大きな、一般的に背が高い部類に入るだろう男。山登りにはあまり適していない軽装で、腰には剣を二本下げています。

 タイトと呼ばれた男は、ジャンプしたノノとハイタッチをした後モルガと呼んだ青年の方へと向き直ります。


「ああ、そうだな。ちょっと依頼があってよ」

「依頼? エトールワイスの雲の魔剣ならちょっと前に治したばっかりだよね?」


 そういってモルガはタイトの下げている剣のうちの一本を見ます。エトールワイスの雲の魔剣、モルガにとっては何度も見たことのある魔剣です。

 タイトは腰に下げている二本の剣の内、モルガの知らない方――エトールワイスの雲の魔剣ではない方を持ちあげて言いました。


「ああ、砥いでほしいのはこっちの剣でな。おおい! 隠れてないで出てこい!」


 自分の横に向かってタイトがそう叫ぶと、死角になっていたところから一つの影が出てきました。

 影は、黒い色の布で全身を包んだ人間でした。性別がわからないほど全身をすっぽりと黒い布で覆ったそれは、ゆっくりとタイトの隣へ近づいていきます。


「これが本来の依頼主さん。お前のうわさを聞いて、この剣を研いでほしかったから俺に道案内を頼んできた遠方からのお客さんだ」

「なるほど、そういうことか。僕の名前はモルガ、それでこっちが弟子のノノです」

「初めましてっ! ししょーのお弟子さんのノノです!」


 モルガとノノのあいさつに、黒い布のそれは言葉を返さず、ただフルフルと体を揺らして答えました。モルガはあまり気にせずにタイトから剣を受けとると、作業部屋に行く前に一つその黒い布の人に質問を投げます。


「そういえばお客さん、研ぎを見ているか部屋や外で待っているか、どうします?」


 聞かれた黒い布のそれは一度びくっと硬直した後、何も答えずに止まりました。見かねたタイトが「俺は研ぎを見るから、あんたはノノさんと一緒にいたらどうだ?」と聞くと、黒い布のそれは、声は出さずに動作でこくんとうなずきました。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 まるで今朝のお布団にくるまっていた時のししょーみたいだなぁ。と思いながら、ノノは部屋の隅に座った黒い布を眺めていました。積極的にノノの方から話しかけていくと、最初はまるで蛹の様に何も反応しませんでしたが、次第に動作で返すように。

 臆病な人なのかなと思いながら、ノノはその布に一つ気になっていたことを投げかけました。


「あなたの持っていた魔剣って、どんな魔剣なの?」

「ほかの人に言わないなら……言う」


 黒い布の中から、かすれた大人の女性の声が返ってきました。ノノはその声に少し驚き、言わなくてもししょーはどんな魔剣か知ることができるけどと少し申し訳なく思いながらも約束をしました。


「……コルハリグルの継接つぎはぎの魔剣、特異性は……あの剣で斬り離したもの切り口同士を触れ合わせると、三日間だけ元通りにくっついてくれること……三日したら取れてしまうけど、くっついている三日間の内に同じ物をもう一度この剣で……たとえば、この剣で斬った腕をくっつけている間に今度は足を斬り離すと、その前に斬られた腕の部分は痕だけ残して完全にくっつくの……」

「斬ったものがくっつくの!? へぇぇ、すごいね!」


 ノノが心底驚いた声で言って、女性は小さくすごくないとつぶやきました。その意味をノノが考えようとした時、女性は一度小さく震えました。そして何か抑えがとれたように、小さく叫びました。


「すごくない、すごくない! あの呪いが、良い物のはずがない!」


 突然の絶叫するような声にひるんだノノを気にすることなく、女性は黒い布の中から右腕だけを見せました。不規則にばらばらの間隔で、斬った後のような線が入っています。


「あの剣が良い物なら、わたしがこんなっ! こんなっ、毎日毎日痛みと次の日に怯えるわけない!」


 少し後ずさりながらも女性の方を心配するノノに対して、まるで抑えの外れた水のような勢いで女性は言葉を続けます。


「最初の一回、どうして使ったのかはもう覚えてないけど、ただ3日以内に他の部位を切らなきゃいけないっていうのはわかってて、怖くて、でも逃げ道があるならすがりたくて、自分で自分の腕を切ったの。痛くて、血がっ、すぐにつけたけど痛みはっ、消えてくれなくてっ!」


 苦しそうな声で、詰まりながら女性が言います。ノノが心配そうに布越しに体に触れても、女性は言葉を吐き出すのをやめませんでした。


「痛くて、痛くて痛くて。でも失うよりはましだって、痛みに耐えれば五体満足でいられるんだって思ったら。だってっ、失う恐怖の方が、痛さより――。だから、これは呪いなの、痛みと引き換えに体を保つ悪魔の契約。私はあの魔剣を――あの呪いを、絶対に許さない」


 女性の言葉は、途中から何かが切れてたように無機質に、乾いてノノの耳に響きました。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 他の部屋とは違う石造りの作業場で、モルガは研ぎ終えたコルハリグルの継接の魔剣を持って立ち上がりました。その背中を、研ぎを見ていたタイトが引きとめます。


「なんだよタイト、要件なら先にお客さんに魔剣を返し終えてから言ってくれ」

「いや、それじゃあだめだ。あの少女に聞かせたくない話でな……お前の捜索依頼の話だ」


 モルガの表情が、真剣な鋭いものに変わりました。タイトの方も同じく真剣な表情で、ゆっくりと話を始めます。


「前回関係があるんじゃないかと疑っていた白髪赤目の女性のことだが……セイホロのとある鍛冶職人の従妹だった、弟子入りと言う形で、その鍛冶職人の男の元で暮らしていたらしい。ただ――」

「ただ?」

「その男が、何者かに殺されたらしい、何か鋭利な刃物で斬られた傷だったようだ。そしてその女性は同じ日に失踪し、その後は誰も見ていないと……ちょうど、


 場が静寂に包まれました。驚いた表情のまま言葉を出せずにいるモルガに、少し間を空けてタイトは話します。


「これ以上はわからなかった、人死にが関わるとさすがによそ者に情報を言う人は少なかったし、俺も少し動揺してたからな」

「なら――」


 申し訳なさそうに言うタイトの言葉にかぶせるように、モルガが口を開きます。


「ここからは、僕の仕事だ」

「……おい、本気か……?」

「うん、あまり行きたくはないけど、仕方ない」


 モルガはまっすぐにタイトの方を向き、真剣な、そしてどこか苦しそうな表情で言いました。


「明日、僕が直接セイホロに行く」

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