チャクラクアの怨恨の魔剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その家の一室、暖かな日差しの射し込む部屋の中に、一人の少女と男が座っていました。


「ごめんなさいっ、でもししょーが部屋の外で待っててって言う時は、必ずそうしなきゃいけないって時だけだから……気を悪くしないでくださいっ」

「ええ、大丈夫。変わった仕事だから、変わった条件が出されるかなっていうのは予想していたから」


 不安そうな少女の言葉に、男が答えました。黒く、耳を覆うような帽子をかぶった動きやすそうな軽装の、少し老けている印象の男です。隣にバッグとコートを置いていることから、普段からここに住んでいるわけではないということがなんとなくですがわかります。

 その前にいるのは、十代前半くらいの少女。腰まで伸びた特徴的な長い白髪は座っているため地面にぺたりとついていて、同じく特徴的な真っ赤な目は、まっすぐに目の前の男を見つめています。その表情は、思わずつられてしまいそうな笑顔。


「でも、ししょーの腕は保証しますっ!」

「それはいい、二番目に求めたいのは性格だけど、一番求めたいのは腕だからな。……身を守るためにいろんなものを切っても、砥ぎ直すことはできなかったから、そろそろ一度休ませてやらないと」


 どこか遠くの方を見るような目でつぶやく男の横顔を、少女は優しそうな笑みを浮かべながら眺めます。しばらくそうして時間がたって、少女はぽんっと軽く手を叩いた後に、男に向かって聞きました。


「ねぇっ、あなたの持ってる魔剣の話、聞かせてくれるっ?」

「うん? ああ、別に大丈夫だよ。ええと、キミの名前、ノノさんで大丈夫だっけ」


 その確認に、ノノと呼ばれた少女がこくりと頷いたのを見た後に、男は体は外に向けたまま目線だけを向けて話しはじめます。


「剣の形は覚えてる?」

「えっと、それが……一瞬だったから、よく見てなくて……でも、名前は覚えてるよっ! チャクラクアの怨恨の魔剣、だったよねっ!」

「ああ、らしいな……俺も今日初めて知ったんだけどさ」


 照れくさそうに頭を掻きながら、男は話を続けます。


「俺の持ってるその剣……チャクラクアの恨みの魔剣っていうのは、まあ一般的にバスタードソードって言われてるやつに似てるな。一番の特徴は大きさだけど……そこは見たかい?」

「うんっ! 私の背と同じくらいの大きさだった!」

「そう、普通の剣に比べても長めなんだ。えっと、他に外見の特徴は……ああ、柄の先端がこう、輪っかになってたりする」


 男は貸してもらった剣を掴むと、鞘にしまったまま身振り手振りも交えて説明します。


「それで、こっからは特異性の話」

「わーいっ! 待ってましたっ!」


 ぴょんっとその場で跳ねるノノを見て、男はちょっと噴き出した後、一度呼吸を整えて話を続けます。


「そんなに期待してたのか……えっと、ちょっと説明しにくいんだけど……まあ、魔剣の名前の通り、恨みを扱う魔剣だ」

「恨み?」

「ああ、恨みさ。恨まれている気持ちの方が強いか、恨んでいる気持ちの方が強いかによって効果は変わるけど――」

「へぇっ! どんなふうに変わるの?」


 少し困惑した表情から、きらきらわくわくと言った表情に変わったノノが聞いて、


「……斬りつけた相手が、恨まれているよりも強く誰かを恨んでいたら、その相手に刺される、とても精巧な幻覚が見える。その逆なら、その恨みの大きさの分だけ、目に見えない重さが斬った相手を襲う。そんな変化だ」


 男が、そう答えました。


「……怖いね」

「ああ、恨みなんて誰でも持ってる感情だし、恨まれてない人なんて――」

「そうじゃなくて」


 男の言葉を、ノノが制しました。驚いた男をじっと見つめて、ノノは少し笑みを戻して言いました。


「……だって、自分にどのくらい強い恨みが向けられてるとか……自分が、どのくらい恨んでるかとか……そういうのがわかっちゃったら、それは……とても、辛いことだと思うから」

「……やさしいな、キミは」


 その言葉に、男も小さく微笑み返しました。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「……それじゃあモルガ……ボクは、部屋の外に出しておいていいから……」

「……うん、すぐに戻るよ」


 石作りの作業部屋に、一人の青年が立っていました。

 彼以外に人のいない部屋の中、先ほどまで話しかけていた腰の剣、ウルムケイトの声の魔剣を手に持つと、それを部屋の外に出して座りました。

 そして、モルガと呼ばれた青年は見つめます。視線の先には、チャクラクアの怨恨の魔剣。モルガは、その剣の刃にゆっくりと指を当てると、そのままなぞるように動かして、


「研ぐ方法は……」


 もう片方の自分の手を、血が出るほど強く握りしめました。


「一番恨んでいるやつのことを話しながら、刃に指を滑らせる……か」


 そして青年は静かに話しはじめました。憎むような、憐れむような、悲しむような、怒るような。そんな感情を混ぜ合わせたような顔で、話しはじめました。


「じゃあ、話そうか――



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「こちらが研ぎ直ししたチャクラクアの怨恨の魔剣です、どうぞ」

「ああ、ありがとうございます。こちらは依頼金で」


 受け取ったその剣を、男は確かめるように数回振りました。そして満足げに頷いた後、


「……どうかしましたか?」

「ああ、いや、ノノさんとの話で出てきたもので」


 剣の柄の先端についている輪っかから、モルガとノノを見つめます。明らかに戸惑いの表情を浮かべるモルガとぷふっと笑うノノを見て、男は小さく笑みを浮かべると、それではと一言言って、元来た道から山を下りはじめました。

 そして、男が二人の視界から消えた後――、



(あれは、だめだ。近づくだけでもだめなやつだ)


 震える手を、今すぐにでも崩れ落ちそうになる膝を、必死に抑えながら男は近くの木に寄りかかりました。

 必死に震えを抑え込もうとする理性は、ただ一つの恐怖と言う感情に塗りつぶされています。むしろその恐怖がなければ、彼はここまで歩くことすらできなかったでしょう。


(なんなんだ、あれは)


 チャクラクアの怨恨の魔剣。その効果は、目に見えない恨みによって変わるもの。ならばその効果は、どちらになるのか持ち主にもわからないものでしょうか。

 魔剣の柄についている輪っか、それを通して人を見ることで、その人の向けている恨みの感情を、伸びる黒い線として見ることができる。それはウルムケイトの声の魔剣も聞けなかった、チャクラクアの怨恨の魔剣の隠し事。


(あれは、まともな人なのか?)


 そして彼は、モルガを見ました。正確に言えば、見ることができませんでした。モルガ自身から出た恨みの線が、体に巻き付いてまるで壁のようにその視界を遮りました。

 何をすれば、あれほどまでに自分を恨めるのか。そしてなにをすれば、それだけの自分への恨みを持ちながら自殺を選ばずにいられるのか。


 そしてもう一つ。


(あれは……人なのか?)


 ノノには、何もありませんでした。人として、持ち合わせてなければおかしいその線を、ノノは持っていませんでした。優しい人、という言葉では到底済まないような異常。人としてなくてはおかしい感情の欠落。それは、単なる物事以上の得体のしれない恐怖として、彼の心に深々と突き刺さって――


(あれは、なんだ)


 その答えを持つものは、いませんでした。

 今、この山の中には、いませんでした。


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