ソークタレットの微睡の魔剣

 緑の色濃い山の上、地面を覆う木々を見下ろしながら、一人の少女が竜の上に乗って空を飛んでいました。

 乗っている少女は、十代前半頃。またがっている竜の体をしっかりとつかみながら、腰まで伸びた白い髪を風になびかせて空からの眺めを楽しんでいます。


「いい景色だねっ、ク―!」


 少女の声に合わせて、飛んでいる竜はひゅーっと甲高い鳴き声を発します。全身をふさふさの毛で覆った、ガラス細工のような四対八枚の翼をもつ竜。長い一本の棒のような体を持つその竜は、少女が落ちないように水平を保ちながら、山の上をぐるぐるとまわっています。


 移り変わる山の景色は、上から見ると木々に覆われていてあまり違いはありません。それでも少女は、その木々の小さな隙間から見える川や、木の上に住んでいる生き物たちを眺めては、嬉しそうに微笑みながらその飛行を楽しんでいました。

 その表情が、少し疑問を持ったものに変わったのは、回った回数が二十を超えた頃。


「……クー、あれ、なんだろう?」


 ひゅるっ? と触角をぴょこぴょこさせながら、クーがその場に止まって少女の方を見ます。少女が指を刺した先には、一羽の真っ白な鳥。それだけならまだ珍しいという程度ですが、その足には紐がくくられていて、四角い箱のようなものがぶら下がっています。

 その鳥が向かう先は山の頂上、木々に囲まれた中で唯一開けているその場所に、一軒ぽつんと立っている家。


「クーっ、行こうっ!」


 それは、少女の住んでる家でもありました。

 少女の声を受けたクーは、滑空するようにしてその家へと近づきます。家の中からは青年が出てきて、鳥のぶら下げていた箱から何かを受け取っていたようでした。


「ししょー! 今の何!?」

「ん、お帰りノノ。これのことか?」


 クーが地面に降りたことを確認した少女は、即座にクーから跳び下りると青年の元へ駆け寄ります。少女のことをノノと呼んだ青年は、駆け寄ってきたノノにたった今受け取ったものを見せました。

 それは、真ん中にでかでかと文字の書かれた紙でした。ノノはそれを見ながら、確認するようにつぶやきます。


「夢見せ屋……?」

「そ、たった今飛んできた鳥が配ってたやつだ。店の宣伝にはよくつかわれる手だけど……まあ、新手の詐欺かなんかじゃないかな」


 ノノに見せたその紙をくしゃくしゃに丸めながら、ため息をついて青年は言います。ノノは少し考えながら、青年に向かって言いました。


「それでも、面白い名前の店だねっ。どんな店のつもりなんだろう?」

「あー、たしか、内容に関係なく一定のお金を払うことで、好きな夢を見せてあげます! なんて書いてあったかな……たしかに、それが本当ならしてもらいたい人はいるんじゃないかな」

「ししょーは、どう?」


 青年は、どこか遠くを見つめるようなそぶりで数秒言葉を止め、じっと考えた後、


「……いや、僕はいいかな……都合のいい夢よりも、ぐちゃぐちゃなここの方が、僕のいるべき場所だから」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「ししょー! ししょー! お客さん!」

「わかったノノ、今いくよ」


 部屋の中で青年が剣の手入れをしていると、いつも通りにクーと遊びに行ったノノが、はしゃぎながら家の扉をあけました。青年は手入れしていた剣を置いて玄関に向かうと、ノノを撫でた後に来客を迎えます。


「どうも、僕の名前はモルガです。こっちは弟子のノノ」

「初めましてっ!」


 その挨拶を受けて、客人の男は丁寧に頭を下げました。腰に届くかとどかないかくらいの長い黒髪と、それに対照的な白い肌の男。

 その長髪の男は腰につけている細長いポーチに手を伸ばして、その手をぴたりと止めるとモルガと名乗った青年に話しかけました。


「以前、ここに白い鳥が……私の商売の宣伝が来たと思われますが……ご拝見なられたでしょうか?」


 モルガは無言で目をそらして、ノノはあっといいそうな顔で固まりました。長髪の男はそれを見てため息をつくと、頭に手を当ててやれやれと首を振ります。


「まあ、それはこの際どうでもよく……今日は、私の仕事道具の修復の依頼をしに来たのです……」


 そう言って、長髪の男は腰のポーチから長い棒のようなものを取り出しました。それを受け取ったモルガがよく見てみると、それは片刃の――そして、刃と反対の部分にぽつぽつと穴が開いた、中が空洞の筒、つまり笛でした。


「……なるほど、正直言って夢見せ屋なんて疑っていたけれど、納得しました」

「ど、どういうこと? ししょー。この笛が何か……あっ!」

「さすがは本職の方、一目でわかるとは……はい、これは魔剣です。私の仕事を支える大事な魔剣……」


 おろおろとモルガと男を交互に見るノノを横目に、長髪の男は感心したような声で言いました。モルガは軽く、お仕事ですからと答えると家の中へと入っていきます。

 ノノがその後ろを追いながら長髪の男を手招きして、遅れて男も家の中へ。石造りの作業部屋に招いたモルガは、長髪の男が座ると研ぎの用意をしながら話しかけます。


「その魔剣、名前はソークタレットの微睡まどろみの魔剣と言います。大事に扱われているようで」

「……わかるのですか? 扱い方も、魔剣の名前も……なるほど、いえね、私の方も少し魔剣の研ぎ師なんてと疑っていましたが……本物のようだ」


 一度驚いた長髪の男は、ゆったりとした笑みを浮かべて返します。しばしの静寂が訪れて、ノノはわくわくした様子で男に聞きました


「仕事でも使ってるみたいだけど、この剣の特異性ってどんなのなの? 教えてほしいなっ!」

「ええと、この剣……あ、ソークタレットの微睡の魔剣でしたっけ。これは見たとおり、笛の形をしているのですが……」


 ノノがちらりと魔剣の方を見ます。ソークタレットの微睡の魔剣は、確かに刃こそついているものの、そのまま笛として使えそうな外見。


「実際に吹いて、その音を聞いたものを眠たくさせる魔剣なんです」

「……あれ? それじゃあ好きな夢を見せることができるっていうのは……」


 その問いを聞いて、男は笑みを浮かべます。


「私の話術です、見る夢と言うものは、ある程度は人の力でも動かせるものなのですよ」


 その答えに目を輝かせたノノとは対照的に、モルガは冷静な眼でその様子を眺めながら、笛のような剣を紙のような厚さの砥石に当てると、ゆっくりと目を瞑ります。

 ノノがそれに気が付くと同時、モルガはノノのことを呼びました。ノノが返事をすると、モルガはノノに自分の手に触るように言いました。ノノが言われたとおりにして、モルガはこう続けます。


「さて、この剣の研ぎ方なんだけど……」

「うん、ししょー。いったいどんな研ぎ方なの?」

「寝る」


 その端的な言葉に、ノノが困惑して、


「僕は寝るから、その手を使って研いでほしい。寝たまま研ぐっていうのが、こいつの条件だ」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 研ぎを終えて帰っていく男を見送った後、ノノは部屋の片づけをしていました。

 その途中で、ノノは見慣れないものが床に落ちていることに気が付きました。モルガに許可をもらった後、ノノは表道を急いで下って行きます。


「すいませんっ! これっ、あなたの落とし物ですか?」

「……うん、そうだ。ありがとうね、わざわざ」


 男に追いついたノノは、それを男に渡した後、お礼を受け取って再び家に戻ろうとしました。

 その背中を、男の声が引きとどめます。


「そうだ、ノノさん……持ってきてくれたお礼に、夢見せ屋の秘密を一つ、教えてあげるよ」


 その声に、ノノは足を止めるとくるんと振り向き、興味ありげに視線を向けます。

 男はそれを見て、ゆっくりと話しはじめました。


「好きな夢を見せるっていったよね……? それ、私の話術は関係ないんです。それも含めて、この魔剣の特異性……斬りつけた相手を、自由な夢の中に閉じ込める力です」


 驚いた表情のノノを見ながら、ゆっくりとした口調で男は話を続けます。


「これを言うと、夢見せ屋としての私が必要なくなるので企業秘密にしているのですが……貴方のところのお師匠さんには、なぜかばれていたみたいなので」

「……えっと、貴重なお話、ありがとうございますっ!」


 ノノは頭を下げて、きらきらとした目を向けながら言いました。それを見て、男はここからが本題ですと前置きをした後に言いました。


「あなたは……見たい夢はありませんか?」

「ふぇ?」

「ほんのお礼です、お届け物の……見たい夢、目標をかなえた後の姿とか……」


 その言葉に、ノノは顎に手を当てて考えるしぐさをします。そして、ゆっくりと口を開きました。


「うん……目指しているものは、ある」

「では――」

「でも、それは」


 ノノの顔が、笑顔に変わりました。


「それは、私一人の手じゃなくて、ししょーに教わりながら叶えたいから! だから……私は、それを夢として想像することはできないなって! ……だってそれは、現実でしかできないことだからっ」

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