ニーギルエイドの雷の魔剣
石畳の道を、一人の男が歩いていた。
男の進む道の両脇には、同じく石造りの建物が並んでいる。灰色で威圧感を与えながらも、技術力の高さをうかがわせる建造物。そして――、
「なあサファ、こういう大きな国に人がいない理由ってどんなもんだと思う?」
道を歩く人は、男一人だった。強固な守りになるであろう後方の城門は開ききっていて、もはや人を通さないという役割を果たすことを放棄している。
吹き付ける風は建造物の隙間を通り、ただひたすらに、静寂の実を伝えていた。
そんな人のいない国を歩くのは、茶色いコートに身を包んだ黒髪の男。左肩にはバックパックをかけていて、腰には長くまっすぐとした剣を下げている。
男は建物の様子を見ながら、ゆっくりと道を前に進んでいる。そんな男の言葉に、サファと名付けられた青い鱗の幼竜は右肩に乗ったまま小さくきゅぅと鳴いて返事をする。
「まず一つが災害だ、まあ、今回はそれじゃないだろうな。建物が壊れている様子は見受けられない。」
いいながら、男は近くの建物の一つを注意しながら触る。そのまま建物の中に入り、
「次に病死、まあこれもよくあることだ。医療の発達は国によってさまざまだし……でも、多分これも違うな」
物の少ない部屋の中で、男は入り口のサファの方を向いて手を広げる。
その言葉に疑問を持ったようなサファが、小さく首をかしげてきゅっ? と鳴いて、
「物が少なすぎる、多分国の住民総員でどこか別の国に移住したんじゃないかな……原因の答えになってないか? まあなんだ、国から出てく理由なんて様々だし、建物の中の様子である程度わかるさ」
男が答えながら建物の外に出る。一度小さく伸びをした後に、頭にサファが乗っかるのを待ってからもう一度歩き始める。
道にある建物の中を軽く確認しながら、曲がり角を右へ、その次の角を左へ。
「……離れろサファ」
中心に近づいていくように何個目かの角を曲がった先、そこにいるものを見て、男は小さく簡単に頭の幼竜に伝える。
視線の先にいるのは、長い髪を後頭部で結んで垂らした、軍服を着た女性。彼女は椅子に座ったままじっと一点を――サファたちのいる場所を見つめている。
「いらっしゃい旅人さん。いることはわかってるから、隠れなくても大丈夫だよ」
その一声に男は小さくため息をつくと、女性の目の前に出てきて一礼し、
「俺の名前はルー、そんでこいつがサファ」
「親切にどうも、私はトス。この国の入国審査官をやってる……もう、無意味だけどね」
椅子から立ち上がると、トスと名乗った女性はぴしっと敬礼する。
「まあ、誰もいないしな。よければなんで誰もいなくなったか聞いてもいいかい?」
「いいよ、一言ですむことさ。この国を導いていた信頼高い国王が、予言の書があーだこーだって言って国民全員をこの国から避難させたんだ」
「……この国に何かしらが起こるって日付は?」
「三日前、そのずーっと前から私はここで一人さ、農場もあるし食べ物には困らなかったけどね」
ふふっ、とほほえみながら、それでいて少し悲しそうな顔でトスは小さく言った。ルーは納得したように頷いた後、
「それじゃあ、なんであんたはここに残ったんだ?」
「私が好きなのは、国の人じゃなくてこの国だからね、もし滅ぶとしても心中するつもりだったのさ」
それに、と一言おいて、トスは椅子に立てかけていた一本の剣を持ち上げる。一本の柄に、同じ大きさの刀身が二つついている奇妙な剣。
「ニーギルエイドの雷の魔剣、この国の入国審査官は世代制でね、この魔剣と一緒に受け継がれてきたのさ」
ばちんっ、と音がなりました。二本の刀身の間に大きな光の球が生まれて、そこから刀身を囲うように電流が流れ始めます。
「名前の通り、電気を操る魔剣だ。出力もある程度は融通がきく。……この剣を受け取ったときから、私は死ぬまでここにいるって決めたんだ」
剣を眺めながら、トスはこぼすように言う。その頬に一瞬雫が伝って見えて。
「それじゃあ、話も聞けたし、俺はこの辺で」
話を切り上げて、ルーはトスの横を通り過ぎる。その足を、トスの声が止めた。
「……入国審査には基準があってね。無理矢理入ってきた旅人は武力で押さえつけても良いことになってる、そのための魔剣でもあるしね。……無許可で入ってきた旅人、ちょうど今の君のような――」
「あ? いや、それは悪かったけど――」
言葉の途中、顔の真横を突き出された剣が通った。切り飛ばされた髪の毛が何本か舞って、ルーは振り返ると同時に一閃。炎のように鮮やかな赤の刀身が、一本の帯のように跡を残してトスの持つ剣に迫る。
「このっ……!」
ルーは自分持つ剣、アルトノーツの紅の魔剣の特異性をよく知っている、知っているからこそその剣はトスの持つニーギルエイドの雷の魔剣に触れる寸前で急激に速度を落とす。その隙に、トスは半歩身を引いてその一撃を受けることなく躱す。
一撃必殺である。ルーの持つアルトノーツの紅の魔剣の特異性は、一定以上の速度で切りつけたものを炎へと変換させるもの。故に切れない、殺さないという選択肢はアルトノーツの紅の魔剣には存在しない。
「どうしたのっ! 反撃しないとその剣が泣くよ!」
一方のトスは本気だ、少なくともルーの目にはそう映る。そして同時に明らかな加減も見て取れる。
「お前こそ、特異性を使ってやらなきゃ魔剣が泣くぞ! 死にたがりをわざわざ殺してやるほど、お人好しじゃないもんでね!」
振り下ろされた強烈な一撃を、ルーは条件を満たさない程度の速度で迎撃する。全力の一振りならば受けきれるものではないその攻撃は、全力ではない迎撃によって受けきられる。
死にたがりと言われたトスは、言い返さないまま次の攻撃へと移る。下からの振り上げ、本来ならば接触すら許されない地から駆け上がる雷そのものであるはずのその剣は、依然としてただ少し独特的な形の剣のままだ。
その剣を、今度は少しの勢いもつけずにルーは同じく魔剣で止める。
鍔迫り合い、速度を上げられない接触した状態での攻防ならば、アルトノーツの紅の魔剣でも押さえ込むことができ――
「……えっ?」
バチン、と音が響いた。それはニーギルエイドの雷の魔剣が電気をまとった音。一瞬だけ流れた電気に硬直したルーの手から、アルトノーツの紅の魔剣が滑り落ちて。
声を出したのは、トスの方だった。
落ちている、自分の手の中からニーギルエイドの雷の魔剣が離れている。一瞬加わったのは上からの強い衝撃、その衝撃の正体は、落下してきた石だった。
反射的に上を見上げる、原因はすぐにわかった。旋回するようにして、頭上にサファが飛んでいた。そしてもう一つトスは気がつく。自然とルーから目を離してしまったこと。
「がっ!」
「悪いな、一対一じゃなくて」
トスの腹部に、アルトノーツの紅の魔剣――の柄が突き刺さっていた。
口から胃液を吐き出しながら、トスはその場にうずくまる。見上げた先には、剣の刃の側を持ったルーの姿。
「……ひどいな、死なせてくれないなんて……」
「俺は」
ルーはトスの落としたニーギルエイドの雷の魔剣を掴んだ。それはルーの持つ魔剣と違って、気絶程度に収めることのできる魔剣。
「死神じゃないからな」
ばちんっと音が鳴った。
飛んでいたサファが、ルーの頭の上へと降り立つ。ルーはその首元を優しく撫でた後、無抵抗で受け続けたせいで少し刃の欠けた剣を見て、
「……また、研いでもらうか」
小さくぼやきながら、元来た道を引き返し始めた。
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