間章
「ねぇねぇししょー、一緒にお出かけできてとっても嬉しいけど、今日も依頼があったから来たの?」
「いや、今日は単に買い物をしに来たんだ」
石畳で綺麗に整備された道を、一組の青年と少女が歩いています。
道にはほかにも年齢性別を問わず様々な人々が歩いていて、道の両脇に並んでいる、色とりどりの果物や野菜の売られている露店を賑わせています。中にはもうもうと煙を上げながら獣の肉を焼いているところをお客さんに見せている店もあって、少女はその一つ一つに目をキラキラと輝かせながら反応していました。
隣で歩くあまり背の高い方ではない青年より、さらに背の低い少女。青年のことをししょーと呼んだ少女は、髪の毛を足首までの長さの薄茶色のコートで隠しています。
「ねえししょー! 何買うの? 料理なら任せてねっ!」
「ん、あー……まあ、食材も買うつもりだけど……一番の目的は剣の研ぎの材料の方なんだ、ごめんねノノ」
動きは落ち着いたまま、言葉を楽しそうに弾ませながら、少女は赤い目で青年に笑顔を向けます。対する青年は何か別のことを考えていたようで、一瞬ハッとした表情を浮かべると申し訳なさそうにノノと呼んだ少女に謝りました。
その言葉を聞いたノノは、少し苦しそうな表情でうんと一言返しました。昨日、コルハリグルの継接の魔剣を研ぎ終えてお客さんを帰してから、剣に関しての話をするとノノは辛そうな、そして悲しそうな表情を浮かべます。
「……用事を済ませたら、一緒に街を見て回ろう。美味しそうなものがあったら食べて帰ろうか、その分のお金はあるしね」
そんなノノの様子を見て、頭を撫でながら気遣うような口調で青年は言いました。
言葉を聞いたノノはまだ何かを考えていたようですが、ほんの少し笑顔を浮かべ直すと、先ほどよりも元気な声でうんと答えました。
「……ところでししょー、いつもは研ぎの道具はタイトさんに買ってきてもらってるんだよね? どうして今日は直接来たの?」
「ん? そうだな……ノノはここに来たのは少なくとも記憶を失ってからは初めてだろ? ここ、セイホロはあの山の付近では一番でかい国だから、覚えておいた方がいいと思ってね……あっ、ここの角を曲がろう」
本当の目的はまた別にありますが、それを隠しながら青年はノノの問いに答えました。
露店の立ち並ぶ大通りを逸れて、脇の細い道を青年が先導して通ります。青年とノノがいるこの国、セイホロは彼らの住んでいる山からそう遠くない場所にある円形の大きな国です。他国との物流も盛んで、この国特有の野菜や料理法などの文化もありますが、一番の特色は工業、特に刃物類に関して。
青年とノノが細い道を抜けた先は、先ほどまでいた大通りと同じくらいの人がいる、しかし静かな通りでした。道の脇に並ぶ店は、さっきの様に野菜や果物を売っているわけではありません。
売られているのは、刃物の類でした。ノノは少し驚きながら周りの店の様子を見まわします。どこの家庭にもあるような包丁から、おそらくは何かの儀式に使われるであろう特徴的なデザインの剣。そして家の倉庫でよく見るような細身の剣まで。よくみれば、鍛冶屋だけではなく剣や包丁などの研ぎ直しをする店も並んでいました。
「……ししょー! すごいねここ!」
周囲の様子を見渡して、その光景に先ほどまで自分が剣の話で落ち込んでいたことも吹き飛んでしまったように笑顔と興奮が混ざった目をノノが青年に向けます。対する青年は、胸のあたりに手を当てて下を向きながら、ゆっくりと呼吸をしています。
「し、ししょー……? 大丈夫……?」
「……うん、大丈夫、気にしないで」
心配そうな表情でノノが青年に問いかけ、青年がふぅと息を吐いて目を瞑りながら答えるとほぼ同時、前方に建っていた鍛冶屋から一人の老人が出てきました。白い髭を持った威厳のある佇まいの老人は、そこにいた青年を見てぴたりと固まりました。
その老人に気付いたノノが青年に伝えようとして、青年も緊張した顔で固まっていることに気が付きます。老人はゆっくりと青年とノノに近づくと、震えた声で言いました。
「……お前、モルガか……?」
「……お久しぶりです、師匠」
「本物か……? み、みんな! モルガが帰ってきたぞ!」
驚愕の表情を浮かべ、小走りでほかの店の方へと走っていく老人を見ながら、ノノはモルガと呼ばれた青年の耳元でそっと質問をします。
「ししょーって、有名人なの……?」
「まあ、昔ちょっとね……」
そう話しているうちに、店の中からは続々と人が出てきました。モルガと同じくらいの歳の男が、「何年ぶりだ?」と笑いながら軽めにモルガの背中を叩きます。先ほどの老人が、優しい顔でモルガと握手すると、今度は少し不安の混ざった顔で聞きました。
「帰ってきてくれたことはうれしい、何か用があるなら言ってくれ。ただ……一つ、気を悪くするかもしれないが聞かせてくれ……あれは持ってきてないな……?」
「……はい」
モルガは、ノノが今まで見たことのないような悲しそうな、何かを後悔するような顔で答えました。
心配そうにノノがモルガを見上げると、モルガはノノに目線を合わせるように屈んでノノの肩に手を置いて、優しい口調で言いました。
「ノノ、ちょっと話してくるから待っててくれ」
そういって、モルガは老人と一緒にその場を離れました。
その場で待つことになったノノは、周りでざわざわと話している男の一人に話しかけました。
「すいませんっ! 一つししょーのことで質問良いでしょうかっ!」
「おっ、どうしたお嬢ちゃん、モルガのことで質問かい?」
「はいっ、ししょーって、鍛冶職人だったころはどんな人でしたか?」
周囲の男たちの目線が、会話している二人に向かいました。問われた男は上を向いて考えると、感慨深そうに話します。
「そうだなぁ……まあ、すごい奴だったな。才能っていえばいいのか、元からグングン成長していくやつで、それに加えて起きている間は常に剣を向きあってるようなやつだった、俺たちの誰よりもすげえ奴だったよ」
「じゃあ、なんで鍛冶職人をやめちゃったのか、わかりますか……?」
男は、一瞬言葉に詰まった後、言葉を探しながら答えました。
「……すごすぎたからだ、もっといい剣を作ろうとする意欲と、それを可能にする才能があったからこそ、あいつは――。すまん、これ以上は言えない……言いたくないんだ。後はあいつの口から直接聞いてくれ」
――――――――――――――――――――――――――――――
「……うむ、その女性のことなら知っている。ノゼアと言う女性だ」
先ほどの人込みから少し離れた場所で、老人はモルガに受け取った紙を見るとそう言いました。モルガはその言葉を聞くと、一度ありがとうと言ったうえで言葉を続けます。
「……この女性の師匠、殺された男について、何か変わったところとかはないかな」
「……あまり、お前には言いたくないことだが……」
「? 大丈夫だ、教えてくれ」
言いにくそうに口ごもる老人に、モルガが疑問に思いながらも言いました。老人は一度息を吐くと、引き締まった表情で言いました。
「ノゼアと言う女性が弟子に来てから、お前に対して……いや、魔剣に対して言及することが多くなった……なあモルガ、お前は何に首を突っ込もうとしている?」
モルガは、口を開きませんでした。老人はそのまま言葉を続けます。
「儂は心配なんだ……この事件には、魔剣の影があるような気がする……モルガ、お前はまた魔剣に関わろうと――」
「話してくれてありがとう、師匠。僕は……やらなきゃいけないことがあるから」
老人の話を途中で斬ると、モルガは背中を向けて歩き始めました。その背中に、老人が声をかけました。
「……モルガ! もう一度……鍛冶師として、帰ってくる気はないか? みんなもきっと歓迎するだろう」
その声に、振り返ったモルガは少し泣きそうな――それでいて、どこか乾いた顔で返します。
「ごめんなさい、師匠。嬉しかったです、でもこれは――魔剣とかかわり続けることは僕の夢で――、そして僕の罰だから」
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