ミリュンの時刻の魔剣

 広々とした草原を、一頭の馬がゆっくりと進んでいた。夜に溶け込むような黒色の毛を持った大きな馬で、体の両側に荷物の入ったバックが吊られている。


「それで、ルー君は魔剣を返したらそれから何をするつもりなんだい?」


 その馬の上に、一組の男女が乗っていた。ルーと呼ばれたのは、黒髪で長身の男。茶色いコートを着て、馬の前側に座っている。頭の上には青色の鱗の幼竜が乗っていて、腰には一本の剣を下げている。


「そうしたらまあ……住みやすい国を探して、そこに住むかな。あんまり決めてないや……ディアさんは、国に戻ったらどうするつもり?」


 ディアと呼ばれた女性は、ひとつに纏めた長く青みがかった髪を揺らしながら、


「そうだねぇ、しばらくはきちんと働いて……そしたらまた旅に出るかな、楽しいことはやめたくないからさ」


 そう言って笑った。

 二人が出会ったのは数日前、ディアの方は目的地に着くまでの用心棒が欲しかったため。ルーの方は徒歩より速い移動手段が欲しかったため、一時的に一緒に旅をすることになった。


「さて、ルー君や」


 やや低く、わざとらしい真面目な声でディアが言った。


「実は、キミと旅をする前に買っていたおいしい燻製がまだ余っていてだね」

「ふむ」

「そして向こうに国のようなものが見えるな?」

「まあ、見えるな」

「ここでひとつ、賭けをしようじゃないか!」


 ふふんと笑いながらディアが言って。


「いや、別にディアさんが買ったものなんだから自分で食べて構わないけど」


 ルーがそう返した。


「えー、それじゃあ盛り上がらないじゃないか! 私はあの国に人がいる方に賭けるね!」

「……それ、ほとんど確定じゃないか? じゃあまあ、俺はいない方で」



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 二人が国についたのは、その日の夕方頃だった。

 国の周りに水掘はあったが既に橋がかかっていて、その橋の先に建っている小屋の中には入国審査をする人も、人の代わりになる機械も無かった。

 そして、その国の中に人はいた。確かに、人はいた。


「これは……一体どうなってるんだ……?」

「ほほーう、これはこれは。一体全体何が起こってるんだろうねぇ」


 ルーは困惑しながら、ディアは興味深そうに呟いた。そして、その言葉に答える人は、あるいは答えることが出来る人はいなかった。

 二人の目の前にいる人々は、歩こうとしていたり、人に話しかけようとしていたり、欠伸をしようとしていた。そうしようとしたまま、ずっと固まっていた。


「さてルー君や、キミはこの状況を我々旅人の為に仕掛けられたドッキリとみるかい? それとも、誰かが何かをした結果だと思うかい? もしかして、この国の人全部が石像で出来た芸術品とか?」


 固まっている人を見ながらディアが言って、ルーは一番近い人を観察し始める。そのルーの頭の上にちょこんとサファが乗っかって、短くきゅぃと鳴いた。


「……とりあえずドッキリではないとして、今確認できる数だけだったとしても、こんなに精巧に作られてる石像はないと思いたいかな」

「ふむ、となるとここで何かが起きたってわけだね。どうする? もしこれが感染した人の意識を残したまま体を動けなくする病気とかで、それがまだここに残ってたりしたら!」

「それはないんじゃないか? すぐにそうなるような病気ならこの国に来た時点で俺達も仲間入りだし、時間差があるなら一人が固まった時点でこんな日常って感じの風景にはならないだろ」

「それもそっかぁ、じゃあ何が原因なんだろうね」

「……まあ、そうだな。もし本当にそういう病気があったとして、もう絶対数日後になったら同じように固まってしまう、なんて話になったら」

「なったら?」

「とりあえず、この国のいろいろな人の様子でも見に行くかな」



 それからルーとディアとサファと一頭は、外壁に沿って国の中を歩き始めた。

 舗装された道の中、まるで一つの動作を細かく分けて切り出したかのような日常風景が広がっていた。当然のように、その人々もまた一切の動きがなかった。


 風景を、そしてそれと同化した人を眺めながら、無音の国に二人と一頭の足音が響く。

 途中、ルーは足元に落ちていた小石を拾い上げると、


「ディアさん、ちょっと試したいことがあるから少し止まってもらってもいいですか?」


 といいながら、近くの住民に向かって投げつけた。速度の乗った小石は真っ直ぐに進み――


 まるで壁にでもぶつかったかのように、直前で跳ね返って地面に落ちた。


「……それ、もしこの人だけ固まったフリとかだったらどうしてたの?」


 あんまり答えを求めてなさそうな声でディアが聞き、


「その時は、まあ……全力で謝る」


 ルーの適当な返事がかえってくる。


「まあフリっていうのは冗談にして、もしかしたら意識はあるかもしれないし。それに動けるようになった瞬間ダメージが一斉に来るとかで怒られるかも?」

「まあ、想像はいくらでもできるよな……そして俺はここで面白いものを見つけた」


 そう言って、ルーは住民の一人の持っている買い物かごを指さした。


「えっ、なになに?」


 ディアが覗き込むと、そこには袋詰めにされて変色し始めている肉の一切れがあった。


「あー、見事に腐ってますなぁ……ってことは、この固定は人間にしか効果がないと?」

「恐らくは、な。この肉の腐り方から何日前にこの人が止まったのかとかが解ればいいんだけど」


 二人が籠の中身を無言で見つめていると、カツン、と後ろから音が聞こえた。気がついたルーが素早く振り向き、腰の剣を赤い刀身が見えるまで引き抜いて、音の方向に目を向けた。


 そこには、一人の女性がたっていた。時計の長針を大きくしたような物を持った、長い髪の女性だった。遅れてディアが振り向いて、お互い向かい合うような形になったのを確認すると女性は少し首を傾けてはにかみながら、


「ようこそ、旅人さん。ここは終わらない国ですっ」


 そう、元気よく言った。



 二人が案内されたのは国の中心、国の中のどこからでも見える大きな時計塔の中だった。

 入口にある椅子に二人を座らせると、案内の女性は飲み物は何がいいか聴いた。いえいえお構いなくと断られると、女性は自分の分の紅茶を入れて二人の向かい側に座り、


「改めまして、ようこそ旅人さん。この国の人々はもうご覧になってましたね」

「ああ、見た」

「見たよー、あれはなんだったの? 流行病?」


 二人が順番に言って、


「いいえ。あれは、私が魔剣を使ってやりました」


 案内の女性は持っていた時計の長針のようなものを机の上に置いた。

 ディアは驚いた様子で、ルーは警戒しながらそれを見つめる。


「これ、ミリュンの時刻の魔剣っていいます。この剣に斬られた相手は意識が消えて、外部からの干渉……殴られたり蹴られたりされることがなくなって、歳をとったり病気になったりっていうことも一時的に無くなる……言ってみれば、その時の状態で固定されます。もう一度斬ることで解除されますが」

「つまり、キミはその剣でこの国の住民をバッサバッサと襲っていったってこと?」

「むっ……襲ってるわけじゃないですよ、それにこの国の人は私が連れてきたんです。私が斬った人……つまりこの国の住民は、全員今の状態になるのを望んできてるんですから」

「望んできてる……?」

「ふむ、例えば、とにかく筋肉をつけたいと思った人がいるとします。幼い頃から努力して、それでもある歳を境に、歳をとる度に体は劣化していくようになります。寿命だからしょうがない事です、しょうがない事だとしても、ずっと同じ体でいたいと思う人は、少ないとはいえいるんです」

「まあ、確かに」

「寿命はどうしようもないよねー」

「だから、私は決めたんです。そういう、ずっと今のままで、健康だったり美しかったり楽しかったりする今のままで居たいと願う人に、望み通りの永遠を与えてあげようって。それを願った人の集まる国を作ってあげようって」


 そして女性は笑顔のまま言った。


「どうでしょう、旅人さん達が望むのなら、私は永遠を与えることが出来ます。ずっと今のままで居たいと思いますか?」



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 二人が出発したのは、次の日の昼頃だった。


「あの案内人の人はさぁ」


 国から少し離れた湖のそばで、食事の準備をしながらディアが呟く。


「自分にあの魔剣を使ってなかったけど、あれは多くの人の望みを叶えるためなのか、それとも彼女自身は永遠よりも移り変わる時間の方がいいと思っているのか、どっちなんだろうねぇ」

「さて、な。本人じゃないとわかんない事だ」


 準備を手伝いながらルーが答える。皿を取り出して、今とって焼いたばかりの魚を乗せると、その上からさらに肉の燻製が乗せられた。


「……人はいたから、賭けに勝ったのはディアさんの方じゃないか?」


 ルーがきいて、ディアが答える。


「大丈夫、賭けに負けた時もこうするつもりだったから」


 そう言って、半分に切り分けた燻製のもう片方を自分の皿へ乗せた。

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