アルトノーツの紅の魔剣(後)

 緑の色濃く生い茂る山の奥、木々を抜けた先の開けた場所をルーはぐるりと回るように歩いていました。サファはもちろん肩の上、左肩にかけていたバックパックはモルガの許可を得て家に置かせてもらっています。悪く言えば不用心ですが、これは相手に対して信頼しているという証明をするためのもの、そもそもバックパックの中身を奪われることを気にしているようでは魔剣を人に預けたりなんてことはできないでしょう。


 魔剣。それは普通ではありえざる異常性を持った武器のこと。重視されているのはあくまで『剣のように見える』ことではなく『剣としての性質がある』ことと『普通の剣ではありえない性質を持っている』の二つです、正確には剣である必要はありません、剣としての役割を果たせるものが大雑把に魔剣として分類されています。

 さてこの魔剣と呼ばれるもの、性能にはばらつきがありますが、どのようなものでも村や町を買ってなおおつりがくるほどの価値があると言われています。ルーのもつアルトノーツの紅の魔剣のような見た目も美しい物ならなおさらのこと。

 理由は簡単で、そのような特異性を持った剣を作り出せる鍛冶屋が存在していないから。今ある魔剣がだれによって作り出されたか、知る者はいません。


 そんな魔剣を他人の手に一時的にとはいえ預けるのです、バックパックがどうなるかなんて考える意味すらありません。

 さて、それはさておき今まで腰に下げていた剣の重みがなくなるのはやはり違和感が起こるもの。小さな畑を眺めながら、ルーがこの違和感をどうやって埋めようか考えていたところ、後ろから少し駆け足で走ってくる音が聞こえました。


「ルーさんルーさんっ! お届け物でーす!」


 音の正体は、ノノでした。少し跳ねるような走り方でルーの近くまで来ると、両足で勢いを殺して目の前で止まります。そのまま腕を体の後ろに回すと、そこにつけていたモルガの持っていた剣によく似た形の剣を一本、ルーに向かって差し出します。


「これ、ししょーが。剣を研いでる間は手持無沙汰だろうからって!」

「ああ、ありがとう、ちょうどそうなってたところでさ」


 その剣をルーはしっかりと受け取って、鞘から引き抜き、その刀身を見ました。刀身を見て、思いました。

 美しい、この剣に並ぶくらいの美しさの剣はそうは見たことがない。

 ルーははあくまで剣士であり、剣の芸術的価値について語れるほどの知識を持ち合わせているわけではないものの、一つの傷もなく均一に整えられた鋼と日の光を反射して明るく光る刀身。知識ではなく直感で、それがまぎれもない名刀だと感じました。

 ルーがその美しさに目を奪われていると、ノノが心配そうに下からのぞき込みました。視線に気が付いたルーが、刀身を鞘におさめて口を開きます。


「……この剣は」

「その剣ね! ししょーが昔作ったんだって!」

「モルガさんが?」

「うん。ししょー、今は研ぎ師をしているけど、昔は鍛冶屋だったんだってー」

「へぇ……うん、とてもいい剣だ。ほかの剣の代わりとして下げるのがちょっと申し訳ないくらいに」

「でしょーっ! ししょーの作った剣、宝石みたいにきれいでキラキラしてて! 倉庫の方にたくさんあるから、ルーさんも見てみる?」


 自然な流れで、衝撃的な言葉が飛び出ました。あまりに軽く言われたものですから、ルーがそのまま会話を続けようとして、聞いた言葉の意味を理解して一瞬言葉に詰まりました。


「いま、いまたくさんあるって言わなかった? この出来の剣が?」

「? うん、こんな美しい剣がたくさん!」


 信じられない、とルーは思いました。あの若さで、それも昔のことだということも考えればさらい若い歳で、これほどの剣を基本として多くの剣を作り出していたこと。そしてそれほどの腕を持ちながら、鍛冶屋をやめて研ぎ師になったということ、どれも到底普通のこととは思えません。


「……モルガさんは、昔いったい……」

「それがね、ししょー、昔のことを聞いても答えてくれないの。それでとても悲しそうな顔をするの……私が剣を作りたいって言った時も、苦しそうだったし……」

「ノノさんは、剣が作りたいの?」


 ルーが何気なく聞くと、ノノは先ほどまでのしんみりとした表情を吹き飛ばすように笑顔になりました、よほどその質問がうれしかったのか、笑顔だけでは喜びの表現が足りなかったようでその場でぴょんっと高く跳ねます。


「うんっ! あのね、わたし、実は自分の昔の記憶がなくて、気が付いたらこの山の中で迷子になってたの」

「記憶が……?」

「うん、といっても本当にわたし自身のことだけ。物の名前とかは覚えてるよ? 迷子だった時も、ここが山だーってことはわかってたもん」


 ノノは笑顔のまま、ルーの方に向き直ります。その眼はルーを見ているようで、ルーのはるか遠くを見ているようでもあります。


「それでね、そんなところをししょーに拾ってもらったんだー。それでししょーの弟子にしてもらって、研ぎ師としての技術を学ぶときに、ししょーの作った剣を使うことになったの」


 ノノは目を閉じて、懐かしむように声をつなぎます。ルーは声を挟まずに、その姿を笑顔で眺めていました。


「それでね、その時ししょーの剣を見て、とても綺麗だなって思ったの。……いつか、私もししょーみたいな剣を作りたいなって思ったの!」


 目を開けて、ノノは空を仰ぎます。希望と、決意に満ちた力強い目。

 ルーの手がノノの頭に伸びました、わっしわっしと頭を撫でた後、微笑みながら口を開きます。


「うん、とてもいい夢だと思う」

「えへへっ、ありがと! ししょーがいつか、自分の昔のこと……鍛冶屋だった時のこと、自分から話してくれる時が来たら、その時にししょーから教えてもらうのっ! 剣の作り方っ!」


 ぱあっと瞳を輝かせながら、ノノがルーの左手を掴みます。まるで小動物のよう。パタパタと勢いよく揺れる尻尾がルーの目には見えた気がしました、サファをもっと人懐っこくした感じだな、と心の中で思います。


「もちろん、今のししょーから研ぎ師の技術も学ぶけど! 弟子だからっ!」


 掴んだまま左右に揺らしていた手がパッと離されます、そのまま自分の前で両手を合わせると、ノノは大きな声で提案しました。


「そうだ! まだ途中かもしれないし、ルーさんもししょーが研いでるとこ、見に行こうよ!」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 家の方まで戻る道で、ノノと会話をしながらルーは考え事をしていました。

 魔剣を研ぐ。自分の持っている魔剣、アルトノーツの紅の魔剣と似た形のの剣の手入れの仕方はしっかりと知識として持っています。

 やすりで表面の錆を削り、その後通常の長方形型の砥石で奥から手前へと、あるいは厚みのある円形の砥石を水平に回転させて研ぐ。その知識はあっても、自分で、そして通常の店で手入れを頼まないのはそれが普通の剣ではなく魔剣であるから。

 普通の研ぎ方を試してみても、ただだけに終わりました。

 故にその剣の研ぎ方を見られるかもというのは願ってもないこと、残念ながら叶うことはありませんでしたが。


「おや、ちょうどいいところで、これから呼びに行こうと思っていたところでした」


 ノノに案内されながら家に上がったところで、ちょうど部屋からモルガが顔を出しました。手には鮮やかな赤色の刀身で光を反射して明るく輝く剣と、預けておいたバックパック。


「えーっ! ししょー、もう終わっちゃったの!?」

「もうってなんだ、結構時間経ってたぞ。近くに見えなかったら部屋の片づけも……っとすいませんルーさん、部屋の中は見ないで頂けると、少々散らかっているので」


 そういって、モルガは部屋の引き戸を閉めます。ルーの視界に、一瞬ですが氷が見えたような気がしました。


「それではこちら、砥がせて頂いたアルトノーツの紅の魔剣です、お確かめください」

「あ、ああ……うん、素晴らしい出来だ、初めてこいつに会った時以上かもしれない」

「それはよかった、それではお代の方を……はい、ありがとうございます。では――」


 そういってあげようとした手を、ルーが制するように言葉をつなぎました。


「あっと、よければ、帰る前に二つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ええ、大丈夫ですよ、なんでしょう?」

「それじゃあひとつめ、なんであなたはこの剣を一目見ただけで、その名前を言い当てられた?」

「……すいません、それを答えてしまうとちょっと仕事に差し支えが……」

「ならいいんだ、無理して言わせたいことじゃない。じゃあ二つ目だけど……なんで、魔剣を研ぐ仕事を? 魔剣なんて、そうそうあるもんじゃないし、研ぎの値段だって普通の剣より少し高い程度だ、言っちゃ悪いけど、利益が出るとは思えなくて。」

「ああ、それなら――」


 二つ目の質問をした瞬間、モルガは楽しそうに笑いました。今までの温和な笑いとは少し違う、少年のような笑み。そして、こう、言いました。


「あなたの言った通りですよ、魔剣なんて普通に生きていれば1本か2本見られれば幸運な方で……僕は、もっと魔剣を見たいと思った。美しいものを、もっと沢山見てみたいと思った……ただそれだけです」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 今度は正しく表道から帰っていくルーとサファを、ノノとモルガは並んで見送っていました。やがて帰る姿が見えなくなった頃、ノノがモルガに話しかけます。


「ねぇ、ししょー! 今日も剣の研ぎ方教えてくれるよね!」

「ああ、なんだか今日は張り切ってるな?」


「うんっ! だって、ししょーから教わりたいこと、まだまだたーっくさんあるから!」

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