ムルグの虚空の魔剣

 私の名前はノノ、ししょーの弟子で、剣です。

 正しい名前はノノゼアンシスの友愛の魔剣、相手に敵対心や警戒心を抱かせない、そんな特異性を持った魔剣です。


 そんな私ですが、ただいま部屋の真ん中で頬を膨らませています。つまり、怒っています。

 私は! 今! 怒っています!


 朝起きてししょーの布団の方を見ると、用事があるので出掛けますとだけ書かれた紙が一枚!

 いつ帰ってくるのかが書いていないので、食事の用意をしておいた方がいいのか不確か、店の番だけしていればいいのか、一時的に店を開けて森の見回りとかもしていればいいのか、そういうことだってわかりません。せめてこう、事前に言っておくとか!

 むむむと唸りながらゴロゴロすると、置いていた剣に手が触れました。


「落ち着きなよ……怪我するよ……」


 その剣から、気だるそうな声が聞こえてきました。私はひとまず立ち上がると、その声の主であるウルムケイトの声の魔剣を腰に下げます。


「いつになくソワソワしてるけど……やっぱり、モルガのことが心配……?」

「……うん」


 本当のことを見抜かれて、私の声が少し小さくなったのを感じます。いや、もちろん何時帰ってくるかも言わずに出ていくとは何事だーっ! みたいな感情も嘘ではないんですけど。

 それ以上に、それ以前に、何も言わずに用事で出掛けるということが、今の私にとってはとっても心配なことでした。

 あのドライトって人が来てから数日、ししょーは常になにか思い詰めいてるような感じでした。

 原因は多分、というより間違いなくししょーの作った魔剣です。何かしらの理由があってその魔剣を隠したがっているししょーに対し、それを探し出せる力を恐らく持っている相手がいるってだけで、きっとししょーにとって相当な負担のはず。

 だからこそ、そんな中で一言用事とだけ言って消えてしまったししょーのことが、心配で心配でたまらないのです。


「……さて、そんなノノに、モルガから伝言があるよ……」

「……えっ、ししょーからっ!? ど、どうして早く言ってくれなかったの!」

「……ノノがボクのことを持ってくれなきゃ、ノノに声を届けられないでしょ……」


 私が原因でした。

 ししょーの伝言を簡単に纏めると、まず一つ目、少し遠いところにいる相手に会いにくので、帰るのは夜近くなるとの事。 ……紙に書いて欲しかった! ともあれ、これでししょーのご飯を作り損ねることはなくなりそうです。

 二つ目、いつもはクーとお留守番させてるけど、今日はクーにもついてきてもらうとの事。多分、乗っかって飛んでいくんだと思います。いつも通り会いに行ってもクーはいないよって言うことを伝えたかったのかな。

 そして三つ目、見回りはやっておくから、今日は客が来たら応対をよろしくとの事。ここまで言ってウルムケイトは言葉を切ると、ちょっといい意味に捉えた推測があるんだけど聞く? と訪ねてきました。

 聞く聞く聞きたい! 溜めるような言い方に内心期待度が上がっていますがそこは私、極めて冷静な態度で、それじゃあ言ってみてー、とだけ返します、多分笑顔は隠せてなかった!


「多分、結構前から機会がなかっただけだと思うけど……頼んだの、お留守番じゃなくてお客さんとの応対だったでしょ……? ボク等研ぎ師だから、必然的に研ぎになるわけで……つまり、今までを見てノノになら任せられるって思ったんじゃないかな……」


 ……ししょーは、そういうところずるいと思います!



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 少し浮かれた気分で掃除や洗濯などをしていると、気がつけば時刻はお昼頃。あくまで魔剣なので必要ないといえばないのですが、どうせならお昼ご飯をたべようかななんて思っていたら、突然コンコンとノックの音がしました。

 ししょーならノックはしないはずなので、きっとお客さんです。私は少し早足で玄関に向かって、一応いつ攻撃されてもいいように意識しながらドアを開けました。


「いらっしゃいませっ! 魔剣の研ぎの依頼でしょうか!」


 笑顔でいいながら、ちらりとお客さんを観察します。背の高い男性で、髭が生えています。体つきはがっちりしてそうだけど、疲れているのか少しやつれていました。

 そして、私を見ると少し動揺したようです。ししょーの姿や性別を聞いてきたのでしょうか、こういう時って私の方から話しかけた方がいいのかな……?


「あ、あの、アンタが魔剣の研ぎ師ってやつなのか……?」


 私は首を縦に振って答えます。ししょーに任されたのでそう言っても大丈夫なはず! 自信満々に言ったことが良かったか、信じてくれたようで、私の目の前の男性はほっとした様子を見せます。


「な、なあ! その、お願いがあるんだ……!」


 言いながら、男性は懐から先端をこちらに向けないようにしてナイフを取り出しました。一瞬普通のナイフのように見えて、前半分がくぼむような形で欠けていることに気が付きます。

 え、これ大丈夫!? なんて思ったら、ウルムケイトが察したようで、すぐにあれが元々の形であることを教えてくれます。

 となると、研ぐことになるのはこれでしょうっ! 補足としてこの剣の名前がムルグの虚空の魔剣ということも分かりました。さて、私の今の研ぎの技術が、どこまで通用するか――


「こいつを、貰ってくれ!」


 えっ。


「こいつの名前とかは俺には分からないんだけど……こいつは、この剣は呪われてるんだ!」

「えっと……詳しく聞いてもいいですか?」


 言いながら、自発的に特異性を発動します。警戒心を抱かせないことは、相手に話させやすくすることでもあります。


「ああ、こいつはな……人の感情を奪っていくんだ。この剣の先端を向けられた相手は、最初は斬られることへの抵抗感とか、痛みを感じることとか、そういうもんを奪って――いや、喰らっていくんだ。そして代わりにこいつ自身の強度とか、そういうもんに変えていく……」

「……それで?」

「これは、俺の手に負えるものじゃないんだ。でもなんでか倉庫とかにしまおうとするとそういう感情を喰って、それを出来なくさせてくる」


 その理由は、私にもわかります。魔剣わたしたちのされたいことは使われること、故に壊れることと使われなくなることは全力で避けようとする。


「だからもう、あんたらみたいなのに頼むしかないんだよ! 研げるっていうなら何かしら無力化したりする方法があるんだろ? 頼むよ、俺や、この剣の犠牲者を助けると思ってさ……!」


 なるほど、向こうにとっては被害を最小限に抑えるための良い手かもしれません。でも私には、もしかしたらししょーとは違う意見かもしれないけど、それでも――自分なりの矜恃が、仕事をするものとしての誇りがあります。


「私は、私達は、魔剣の研ぎ師です。だからごめんなさい、その剣は受け取れません、だってそれを受け取るっていうのは、研ぎの依頼ではないですから。だから、頼むなら別の人にお願いします」


 私は、彼の目をしっかりと見て言いました。やがて、彼は何も言わないまま、ゆっくりと山を降りていきました。

 風が吹いてきて、私は部屋へと帰ります、その途中でポツリと「これでよかったんだよね」、そう呟きました。返事がなかったので、そこに重ねて「自分のこと以外の善悪を、自分が勝手に裁いちゃダメだもんね」、そう呟きました。

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