クルフィスーレの不落の魔剣

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その家の玄関から、一人の少女が勢いよく飛び出しました。歳は十代前半、腰の長さまで伸びた白色の髪を勢いよく揺らしながら、開けたドアのドアノブを使ってくるりと家側へ方向転換すると、ドアノブを掴んでいない方の手をぶんぶんと元気良く振りました。


「それじゃあししょー! ちょっと見に行ってくるねーっ!」

「行ってらっしゃいノノ、斜面に気をつけろよー」


 その元気な声に対して、一人の男が家から少し顔を出して手を振りかえします。茶色がかった髪の、あまり身長の高くない青年。腰には一本剣を下げています。

 青年が、ノノと呼んだ少女が出かけるのをこうして見送るのはここ最近の日課になっています。理由はノノが青年に秘密にして飼っていたペットが成長して蛹になったから。最初は秘密で飼っていたことに少し頭を悩ませた青年でしたが、今では青年もたまに様子を見に行くようになっています。


 それにしても、よく毎日見に行く気になれるなぁ。とノノを見送った青年が家の中に戻ろうとした時、家の外から先ほど家を出たばかりのはずのノノの声が。


「ししょー! しーしょーっ!」


 どんどんと近くなる声に、青年は少し警戒して剣に手を当てた後、その手をゆっくりと放して口の付近に持ってくるとノノの声と同じくらいの大きさでどうしたと聞き返しました。ノノのしゃべり方からして、何かの危険があったわけではないだろうという判断。


「お客さん来てるー!」


 その判断は正しく、青年の視界に笑顔で跳ねるように走ってくるノノの姿が見えました。同時に一つおかしな点に気が付きます。


「ノノ、お客さんどこにいる?」

「ここ! ここにいるよししょー!」


 ノノ以外に人の姿が見えません。まだ少し遠いノノに向かって青年が疑問を投げかけると、ノノは楽しそうにその場で半回転しながら自分の斜め下に向かって手を伸ばしました。

 その先を、青年は目を凝らして見ました。ノノの手が指す先の地面、よくみればゆっくりと波打つように動いています。だんだんと距離が短くなってきて、そこで青年は気が付きました。


「……小人族?」

「みたいだね……モルガは見るのは初めて……?」

「うん、その口ぶりだとウルムケイトはみたことがあるみたいだな」


 ぽつりと漏らしたつぶやきに、腰に下げていた剣――、ウルムケイトの声の魔剣が答えます。

 小人族、モルガが知っている限りでは大体手のひらほどの大きさの少数種族。決して敵対的な種族ではないものの、大きさの関係かそこまで積極的に交流のある種族ではない、と以前どこかで見た本に書いてあったなとモルガはぼんやり考えます。

 そうこうしているうちにすぐそばまで来ていたノノが、モルガの少し前で跳躍、顔が同じ高さに来るくらいまで跳んだノノを、モルガは少し驚きながらも抱きしめます。


「ノノ、お客さんの前だぞ」

「あっ、えへへ、そうだった!」


 ぴょんと飛びのいたノノの頭を軽くぺしっと叩いた後、改めてと言った感じにモルガは十数人はいるとみられる小さなお客さん達にあいさつをします、ノノも遅れて一礼、小人達は少し聞き取りにくい小さな声で挨拶を返します。


「さて、お客さん。こんな山奥まで来ての依頼ということで、魔剣の研ぎの依頼だと思うのですが……今持ってませんよね……?」


 モルガはその場に屈んで――、それでもまだ小人族より大きいですが、少しでも声が届きやすいように近づいて小人達に問いかけました。


「いえ、助けてほしいことがあるのです」

「……お客さん、僕たちは研ぎ師なのでそれ以上のことは……」

「魔剣についてのことで。他の方に相談すると、盗まれてしまう可能性があって……」


 魔剣、その言葉にモルガは反応を示しました。とりあえず聞きましょうというモルガの言葉で、小人達から代表で一人が話しはじめます。


「クルフィスーレの不落の魔剣と言う剣です。三人で持たなければいけないような大きな魔剣で、ぼくたちの村の石祠に祭っていたのですが……その祠が倒壊してしまって。その祠はぼくたちがあなたたちのような人に作ってもらった物なので、瓦礫をよけることもできず……」

「それは……中の剣は大丈夫なのですか?」

「はい、クルフィスーレの不落の魔剣は絶対に傷つかない魔剣ですから……もちろんお代は払いますし、なによりことができます……どうでしょうか」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 山を下りてから歩くこと数時間、小人達に案内された先に、ようやく村が見えてきました。

 遠近感が狂いそうな小さなの村の中、一つだけ普通それを聞いて想像するものと変わらない、人が何かを作ってそれが壊れたことでもできたのだと分かる大きさの瓦礫の山が逆に異質な雰囲気を放っています。


「この下に埋まってるの?」

「はい、この下です」

「もう一度聞きますが、絶対に傷つかない、がその剣の特異性でよろしいですよね?」


 山積みになった瓦礫の前で、モルガはノノの肩に乗っている小人に問いました。はいと返事をした小人に続けて、ノノがモルガに質問します。


「ねぇねぇししょー、この岩を避けるの、相当時間がかかりそうだけどどうするの?」

「ちょっと悩んだけど……埋まってる魔剣が傷つかないなら、こうする」


 そういうと、モルガは大きな剣を取り出しました。模様のない、灰色の無骨な剣。

 その剣を両手でしっかりと持って、積もっている岩の一つを切りつけます。あまり勢いのないその一振りだけで、岩は音を立てずにぼろぼろと崩れました。ただ一つ傷をつけるだけでその物を腐らせてしまうその剣の名を、オル・シャツカの苦痛の魔剣と言います。


「こいつにも、使う時があってよかった」


 ポツリと呟きながら淡々と岩を切りつけていると、岩同士がぶつかる音とはまた違った音がモルガの耳に入りました。ノノと小人達を呼び、剣をしまって音のした付近の岩を素手で退けていると、一瞬岩と岩の隙間からきらりと光る刀身が見えました。周りに見守られながらその岩を退けると、埋まっていた剣の全貌が明らかになりました。

 刀身には瓦礫に埋もれていたにもかかわらず一切の傷がなく、小人達の言っていた通りの性質を持っていることがわかりました。そしてそれは――、モルガの前腕より少し短い程度の長さの、一般的にダガーと呼ばれる短剣でした。


「……これ?」

「はい、それです! ありがとうございます!」


 事前に聞いた大きさと違う剣を見て、困惑した表情でモルガが小人達にその剣を差し出します。小人達はそれを受け取ると、嬉しそうにその剣を三人がかりで頭に乗せて持ちました。

 喜びながらその剣を村のみんなに見せに行った小人達を見ながら、ノノはモルガに近づくと、背伸びをして耳元で言いました。


「剣、小さかったね……」

「小さかったな……」


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 報酬と感謝の言葉をもらって家のある山へと帰還する道で、ノノはモルガにおんぶしてもらっていました。小人さんを肩に乗せてた分と言い張っておんぶしてもらったノノは、モルガの背中に頬を付けて体温を感じながら質問しました。


「ねぇししょー、今回の……クルフィスーレの不落の魔剣は、傷つかないっていうのが特異性だったよね?」

「ん?ああ、そうだな。一応ウルムケイトに話しをしてもらったけど、それであっているみたい」

「それじゃあ、やっぱりほかの魔剣は傷ついたり、壊れちゃったりするの?」

「そうじゃないと研ぎ師の仕事は成り立たないよ、ノノ」

「じゃあ、もしもししょーが魔剣に傷がつかないようにできるーってなっても、しない? ししょー、魔剣が好きだから壊れたりするのはいやなのかなーって」

「……うん、しないかな。でもそれは研ぎ師っていう仕事ができなくなるからじゃなくて――」

「なくて?」


 背中から聞こえるノノの問いに、モルガは静かな声で答えました。


「それは、魔剣にとっての死を奪うことになるから。それは、人のやっていいことじゃないと思うから、な」

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