礼儀を示すための剣

 熱風に揺らめく茶色いコートと、自分の体とは対照的な紅蓮に染まった刀身。

 その後ろ姿を、私は今でも覚えている。


 私が生まれたのは、とある山奥の洞窟。煌びやかな水晶に囲まれた場所だった。

 竜族の持つ力は、所持している財宝の量や質によってわかると、父は昔から言っていた。


 そういう点で、父の持つ力は……どれほどのものだったか、今でも分からない。彼との旅の中でも、ほかの竜族にはまだ会ったことがない。

 それでも父の集めた宝石の数々を見るのは好きだった。物を持って飛ぶ練習をする時は、鱗に似た深い青色の宝石を借りたものだ。


 今でも寝る前に思い出すような父との記憶は、そうした楽しい出来事ばっかりだ。

 ……辛い出来事は、上手く思い出すことが出来ない。



 その日、父が狂った。

 財宝を奪われた人間の復讐か、財宝目当てに討伐しに来た輩でもいたのか、それともほかの竜族と縄張り争いでも起こしたのか。


 成熟した竜族は頑丈で、些細な傷や生半可な毒なら何事も無かったかのように動くことが出来るはずで。つまり、尋常ではないなにかをされたのだろう、私には想像もつかないが。


 痛みを訴え、うわ言を吐き、壁に突撃して暴れ回る父を前に、私は潰されないように逃げ回ることしか出来なかった。

 自分にまだ、それを止められるような力がないことが悔しかった。やがて、父は自ら集めた宝石の山に押しつぶされて動かなくなった。きっと、もう限界だったのだろう。


 私は少しの間だけ、命の危険が無くなったことに安堵して。そのあと、この先どうしようかと悩んだ。

 とりあえず、父の守ってきた宝石をどかして、埋もれた状態だけでもどうにかしてあげたかった。


 父のような成体の竜であれば、尾の一薙で片付けられるであろう宝石の山は、私の体だと一つ一つ抱えて運ばないと行けないものだ。

 十数個運んだ段階で、自分一人では一晩かかっても宝石の山を崩すことすら出来ないだろう、と理解出来た。


 ……だからといって、辞めることも出来なかったけれど。



 その男が来たのは、二日くらいした頃だった。

 宝石を抱え、フラフラと羽ばたいていた私は、最初洞窟の入口にその男がいることに気が付かなかった。


 私が宝石を運び終わるのを待っていたのだろうその男に気づいた私は、ぐらつく意識の中で直ぐに警戒姿勢をとった。

 もしかしたら、父に毒か何かを仕込んだ人間かもしれない。幼体である自分にも、鋭利な牙と爪はある、いざとなれば自分が……と、そう思う私を横目に、男は宝石の山に近づくと、それらを手に取って──私と同じように、どかし始めた。


 しばらく呆然と眺めていたけれど、向こうがあまりにも黙々と作業をしているものだから、私もそれに加わった。

 少しの時間そうしていれば、遂に父のしっぽが姿を見せた。鱗の綺麗な青はくすみ、少し膨張しているように見える、おそらく腐り始めているのだろう。


「……竜の知性は、個体差が大きいって話だが……あんたは、俺の言ってることがわかるか?」


 突然口を開いた男の問いに、私は頷きで応える。

 まだ声帯は育っていないが、父ともこうした身振りで会話は出来ていた。この男がどこまで認識出来るかは分からないが、少なくともこれは通じたようだ。


「俺は、単に様子を見ろと言われてきただけの旅人だ。多分お前と縁があるんだろうこの竜を……腐る前に引っ張り出す準備とかは、してない」


 ただ、と一言置いて、男は次の言葉を紡ぐ。

 真剣な瞳だった、炎のような熱があった。


「腐ってしまう前に、弔ってやることは出来る。そうしてやってもいいか?」


 その提案に、私は疑問気な鳴き声を漏らしてしまったと思う。本当に分からなかったからだ、男がそうする理由が。

 ──その様子を察したか、男は少し笑みながら。


「あんたみたいな子供が、そんなにフラフラになりながら助けようとしたんだ。立派な竜だったんだと思ってな……それを置き去りにっていうのは、寝覚めが悪い」


 笑みと真剣さが同居したその表情に、私はなんとなく……任せても、いいか。と、そう思って。


「……わかった」


 頷く私を一目見て、男は腰の剣を引き抜いた。

 真っ赤な剣だった。炎のような輝きを持つ、綺麗な剣だった。


 宝石のような煌めきを放つそれが、父のしっぽにぶつかって──。




 ──────────────────────────────



「ん……起きたか、サファ」


 目が、覚める。

 どうやら寝てしまっていたらしい。軽く体を伸ばし、キュウ、と小さく声を漏らす。


 あれから、しばらく経った。

 彼の旅、魔剣の前の持ち主に会うための旅は、まだ続いている。


「じゃ、行くか」


 彼の肩に乗っかって、じっとその表情を見つめる。

 いつか、この旅が終わるまでに。言葉で、感謝を伝えられればいいな、と。私はそう思った。

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