私の小さな魔剣譚

 緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。

 その一室、窓から覗く月明かりに照らされながら、一組の男女と一人の少女が家族のように眠っていました。


「……ししょー……セフィナさん」


 いえ、厳密に言えば、少女はまだ起きていました。

 優しげな笑みを浮かべながら、両隣の2人を交互に見つめる。彼女の名前はノノ、またの名をノノゼアンシスの友愛の魔剣。人の形をした、人の警戒を解くための魔剣であり──横で眠る2人の家族で、娘で、弟子です。


「……ふふ、寝てる」


 ノノには最近、日課がありました。

 それは、2人の寝顔を見つめることです。少しでも、1度でも多く、覚えておくために。


 ノノゼアンシスの友愛の魔剣は知っています。

 魔剣としての自分の寿命が、人のそれより遥かに長いことを。

 いつか、2人とお別れする時が来ることも。


 モルガは言いました。


「いつか、寿命を伸ばす魔剣に出会ったら、それは巡り合わせとして受け入れるかもしれないけど……作ることは、しないつもり」


 セフィナは言いました。


「無理やり生かす毒なら、もしかしたら作り出せるかもしれないけれど……私は、人として死ぬつもりでいるの」



 けれど、ノノは知っています。

 誰かの作ったものは、色んな形で語り継がれることを。私を作ってくれた人のことを、私が語り続けられるのだということを。

 いつか、お別れをした後も。私の中には残るということを。


 モルガは言いました。


「いつかさ、ノノ。君のために、剣を作ろうと思うんだ……魔剣になるか普通の剣になるか、分からないけれど……僕が生きた中で、一番の剣を」


 セフィナは言いました。


「私から、物は贈れないけれど……治療の技術、料理の仕方……そういうものは教えられるから。託させて欲しいなって、思ってる」



 少女は知っています。

 師匠が語ってくれた、沢山の魔剣の話を。他愛のないものから、驚くような話まで。記憶に残して紡いでいた、小さくて大きな魔剣譚を。


「……私ね」


 これから、自分がどう生きるのか。

 これから、自分が誰と関わっていくのか。


 そういうことは分からないけれど、いつか自分の──ノノゼアンシスの友愛の魔剣について語る時。


「絶対忘れないよ、2人のこと」


 モルガという青年と、セフィナという女性。

 家族のような2人について話せば、それは私という魔剣についての話を彩る、小さな小さな──それでも、大事なお話になることを。


「……大好きっ!」


 ノノは、知っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る