少女と小さな魔剣譚
響華
アルトノーツの紅の魔剣(前)
緑が生い茂る鬱蒼とした山の中を、一人の男が歩いています。腰ほどの長さまで伸びた緑の草が、彼が通る辛うじて道と言えなくもないような道を覆い隠していました。
長身の、茶色のコートを着た黒髪の男です。左肩には革製の丈夫なバックパックを、右肩には全身が青色の鱗で覆われた幼い竜を乗っけていました。
そして、手には一本の剣。長い草をかき分けるために使われているその剣は、一般的な剣と比べてひと目でわかる明確な違いがありました。
紅い刀身、それも返り血のような赤ではなく、揺らめく炎のように鮮やかな赤色でした。見る者の目を奪うような、それひとつで芸術作品にさえなりえる剣。
そんな美しい剣で引き続き草を押えながら、青年は疲れた声でつぶやきました。
「いいなぁサファ、お前は肩にいるだけでいいんだから」
サファと呼ばれた右肩の幼竜は一言キュイッと鳴いて肩から飛んで離れます。そんな竜へと顔を向けた瞬間に、青年は足を滑らせて体勢を崩しました。
「……ほんとにこの先に人なんて住んでるのか?」
汚れてしまったズボンの土を手で払いながら、青年がため息とともにぼやきます。先の道を注視してみれば、昨日の雨のせいかどろどろにぬかっており、山の斜面と合わさってとても人が上り下りするような道には見えません。
常に雨が降っているような気候ではないのでしょうが、それでもたった一回の雨でここまで通行が危険になるような場所に本当に人が住んでいるのか。自分の聞いた情報に疑問を持ちながらも青年が山を登っていると、右前から何かと草葉が擦れるような音がしました。
「……っ! なんだ……?」
音を聞くと同時、青年は滑らかな動作で音の方向へと剣を構えます。風で草が揺れた音ではない、人か、あるいは人並みの大きさの獣、そんな何かが動いた音。
地面のぬかるみに気を付けながら、青年は音のした方向へと注意しつつ近寄ります。視界をふさいでいた葉を切り落とした先、青年は見ました。
少女です、伸びた草から顔を出して、長い白髪の少女が立っていました。その少女の目の前にいるのは、少女より少し大きめの一般的にはワームと一括り呼ばれている生き物の一種。青年が以前見た限りでは、やがて羽の生えた姿へと変化し人を襲う種類の――
青年が駆けました。後ろで飛んでいた竜を置き去りにし、ぬかるみに足を取られないようにしながら少女とワームの元へ一直線に走ります。距離はそう遠くないとはいえ、彼の覚えている限りではワームの捕食速度は一瞬、自分と同じくらいの大きさの生き物でも一飲みにしてしまうはず。
全速力で走りたいところですがこのような地面でそんなことはできません。たどり着くまであと半分というところでワームが動きました。巨体に似合わぬ俊敏な動き、一瞬で少女の眼前へと移動し――、
頭を下げました。少女の目の前で、少女の腰くらいの高さまで、頭をさげました。本来なら、ワームはこういう場合上から飲み込む形で捕食行動に入るはず。青年の頭に浮かんだその行動に関しての疑問はすぐに解けました。
少女が、そのワームの頭を撫でたのです。
突然のその行動に驚き、青年は地面に足を取られて転びました。慣性のまましばらく転がり、跳ねるようにして起き上がる。とっさの判断で難を逃れた自分を自分でほめながら青年は前に向き直ります。
「……お兄さん! 今のどうやったの!?」
そこには、撫でられてうれしそうに身をよじるワームと、撫でた体勢のまま好奇心に満ちた目で青年を見つめる少女の姿がありました。
――――――――――――――――――――――――――――――
体を揺らしながら遠ざかっていくワームを隣でぶんぶんと手を振る少女と一緒に見送ります。少女が言うにはペットであるそのワームは、当然表情はありませんでしたがどこか楽しそうに見えました。
視界から完全にワームがいなくなった後、青年は改めて少女に向き直ります。
「……それで、君はどうしてこんなところに?」
「君じゃなくて、ノノって呼んで! お兄さんこそ、どうしてこんなところにいたの?」
ノノ、と自分で名乗った少女は誇らしげに胸を叩いた後、青年に顔を近づけて疑問そうな表情になりました。そのコロコロと変わる表情が面白くて、青年はクスリと笑います。
「それじゃあ、俺のこともルーって呼んでくれ、こいつのことはサファで。俺がここに来たのは、この先に人が住んでるって噂を聞いてな」
ルーがそういうと、ノノはパッと目を輝かせます。まるで美味しいものを目の前にした時のサファのようだとルーは思いました。
「もしかして、ししょーへのお客さんっ?」
「……師匠ってことは、ノノさんは……」
「うんっ、ししょーのお弟子さん! ししょーに用ってことは魔剣がらみ? もしかして今手に持ってるそれかなっ! うん、うん! ならたぶん噂通りだよ、大丈夫!」
「そっか、よかった、なにぶんこんな道だったから、ほんとにこの先に人がいるのか怖かったんだよ」
「あっ、それなんだけど……」
「ん、なんだ?」
「ここ、裏側の道なんだけど……ルーさんはなんでわざわざこっちから来たの?」
――――――――――――――――――――――――――――――
修行の一種と割り切ってぬかるんだ道をもう少し歩くと、ノノが着いたよと明るく大きな声で言いました。ルーがその声を聞いて顔を上げると、先ほどまで通っていた道とは全然違う開けた場所につきました。さっきまでは木に遮られていた日光が射し込み、ルーはその眩しさに目を細めます。
その隣を、ノノがはしゃぎながら通り過ぎます。目で追うと、その先には一軒の家と、その隣に小さな小屋が一軒。
家の前に立ったノノが、ルーに向かって手招きをしています。サファのキュイと言う鳴き声とともにノノの方へ向かって歩き始めると、ノノは満足そうな笑顔を浮かべた後、家の中に向かって叫びました。
「ししょーー! お客さんが来たよーー!」
「はい、今いくよー!」
同じくらいの大きさで、家の中から声が返ってきます。まだ若そうな男の声、ルーはその姿を自分の中でイメージしなおします、なにしろ最初にその噂を聞いた時思い浮かべたイメージは、白いひげを生やしたいかにもベテランと言った感じの屈強な老人だったから。
鍛冶や研ぎで有名な工業国、セイホロの近くの山奥に、魔剣のみを扱う一流の研ぎ師がいるという噂。ルーは腰に下げていた紅い剣を握ります、そして、家の扉が音を立てながらゆっくりと開きました。
出てきたのは、落ち着いた佇まいのまだ若い男でした。柔らかな笑顔で、目にかかるくらいに伸びた茶色がかった髪を少しうっとうしそうに払いながら、ノノの頭を軽くポンポンと撫でた後にルーへと目線を向けます。
「ししょー! この人がお客さん! ルーさんっていうの!」
その隣でノノが元気な声で紹介します、撫でられたのがうれしかったようで、ぴょんぴょんとその場ではねています。
「ルーです、こちらは相棒のサファ」
ルーは、師匠と呼ばれているその男に頭を下げます、下げた頭の上にサファが乗っかって同様に一礼。男はルーが頭を上げるまで待った後、彼の持っている剣を注視し、そのあと自分の腰に下げている剣――、地域によっては刀とも呼ばれる物を鞘越しに触りました。
そして、柔らかな笑みを保ったまま口を開きました。
「ようこそ、僕の名前はモルガ。わざわざこんな山奥までお疲れだったでしょう? ええ、大丈夫です、ここまで来た理由は明らかですから。完璧に研がせてもらいます、あなたのその――、
アルトノーツの
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