ネス・アレイスの重圧の魔剣
緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に一軒の家が建っています。
その家の中、食事の並んだ机越しに、一組の青年と少女が椅子に座って話をしています。
日は既に高く上っていて、彼らのいる山を明るく暖かく照らしていました。
「……ノノ、本当にもう大丈夫なの?」
「ししょーは心配性だねっ、うん……多分、もう大丈夫」
不安そうな表情で、青年が少女に聞きました。ノノと呼ばれた白い髪の少女は焼いたお肉をよく噛んで飲み込むと、少しあいまいな笑みを浮かべて答えます。
「本当はね、思い出した記憶をきちんと整理して言わないといけないんだと思う……でも、忘れちゃったの。キレイさっぱり……だから、大丈夫」
俯いて黙ってしまったノノの耳に、ガタンと椅子の引く音が聞こえました。その音に疑問を持ちながらも俯いたまま動けないでいるノノを、立ち上がっていた青年が後ろから抱きしめました。
「ごめん、ノノ」
「し、ししょーが謝ることじゃないよっ! えっと……」
言葉を続けようとして、ノノは自分を抱きしめている青年の手が震えてることに気が付きます。
「考えておくべきだった。記憶を失った直後であんなに傷ついていたんだから、思い出したくなくて忘れた可能性だってあることを、頭に入れておくべきだった。何より……僕の過去のことは黙ってるのに弟子の過去については無遠慮に探るなんて駄目なことだって、気が付くべきだった……僕は――」
「ししょーは」
泣き出しそうな、悔しそうな震えた声。ノノはその顔を見ないまま、青年の震える手にそっと手を重ねました。
「私の記憶が戻っても、私をここに置いて……ししょーの弟子のままでいさせてくれるって言ったよね。だから私は、失った記憶がたとえ思い出したくなくて忘れたものであっても、思い出してみたいって思ったのっ」
ぎゅっと、強く手を握りました。顔を見ずに俯いたまま、目を瞑って優しい声でノノは続けます。
「それに……ししょーの昔の話は、いつかしてくれるって約束したよねっ」
「……ああ、約束だ」
しばらく、ノノはそうして手を握っていました。そうしてゆっくりと顔を上げると、青年に笑顔を向けて、
「それじゃあししょー! 早く椅子に座ってご飯食べよっ、冷めたら美味しくなくなっちゃう! それで、それで、そのあとは――何日かやらなかった分! 私に研ぎのことを教えてねっ」
青年は言葉にせず、しかし確かに伝わるように深く頷きました。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ノノ、いったん手を止めて」
家の中に一部屋だけある、石造りの作業部屋の中。そこで剣を研いでいたノノは、その指示にぴたりと腕を止めて青年の方に振り返ります。
「どうしたの? ししょー」
なにかまちがえたかな? と少し不安を顔に浮かべるノノの真横に立つと、青年は剣に顔を近づけてノノにもう一度研ぐよう言います。
その近さにすこし緊張しながらしばらく研いでいると、青年は一度頷いて顔を話しました。今度は何か言われる前にノノが手を止めて、
「ししょー、何か悪いところ、あった?」
「いや……ノノ、剣の研ぎを頭の中で繰り返していたりしてた?」
疑問そうな顔で首を横に振りました。
「そっか……いや、だいぶ間が開いたし、何もしてなかった分腕がなまると思ってたけど……違うものなのかな」
「ううん、どうなんだろう……ししょーは、そういう経験あるの?」
「いや、僕は……休んだことがあまりなかったから。それに、無意識のうちに、自然と頭の中で繰り返しちゃうこともある」
少し遠くに思いを馳せるように青年が言って、「まあ、腕がなまってないのは良いことだ」と付け加えます。
ノノが短くそうだねと言って、研ぎを再開したところに、
「すいませーん! 誰かいますかー!」
「……続きは夜にしよっか」
青年は立ち上がると、少し早足で玄関の方へと向かいます。ノノも少し遅れてその後ろへ。
一声かけてから青年が玄関を開けると、そこには山に混じるような濃い緑色の服を着た男が立って――その周りを、薄い水色で人型の羽の生えた、物語の中の精霊と呼べるような何かが飛んでいました。
「わっ……と、こんな山奥までどうも。お客様でよろしいですか?」
その様子に少し驚きながらも、青年は目の前の男に軽く挨拶します。
「うぉっ!? は、はいっ!」
少し笑顔のようにみえる精霊とは対照的に、男は話しかけられたことに動揺した様子で返事をしました。
客であることを確認した青年はゆっくりと一礼すると、
「僕の名前はモルガ、それでこっちが弟子のノノ。ここに客としてきたということは魔剣の研ぎの依頼だと思いますが……えっと……」
モルガと名乗った青年とノノの視線が、同時に精霊の方に向きました。それに気がついた男は、刃のついていない剣の柄を取り出すと精霊の方へ向けます。
モルガとノノの方を向いていた精霊は、剣の柄が向けられるとそちらの方へ飛んでいき、
「ネス・アレイスの重圧の魔剣って言う……ます。さっきの精霊は一応ネスって呼んでますね」
目を離したわけでもない一瞬、柄には知らないうちに長い刀身がついていて、浮かんでいた精霊は消えていました。
モルガは反射的に腰につけている剣――ウルムケイトの声の魔剣を握りしめます。
「……さっきの精霊は……刀身だね……能力じゃなくて、そういう形の剣……」
怪しまれないために話しかけることができないモルガの考えていることを察知して、モルガだけに聞こえる声で答えます。
了解の意を示すために鞘を軽く小突いたモルガに対して、男は少し早口で言葉を続けます。
「特異性は、さっきの精霊が触れたもの……えっと、精霊にはこちらからは干渉できないんですけど」
「落ち着いてください、先ほどの精霊が触れたものの重量を増やす魔剣、刃になってもらっているときは切りつけたものに適応される。こんな感じで良いですか?」
驚いた表情で固まった男から、モルガはネス・アレイスの重圧の魔剣を受け取ります。
ノノにお客さんの相手をするように言いながら、研ぎの道具がある石造りの部屋へ。
「じゃあウルムケイト、研ぎの条件を教えてもらっても……」
途中まで言いかけて、自分の手に持ってる剣が少し軽くなっていることに気がつきます。ふと顔を上げると、目の前には先ほど見た精霊が。精霊は左右に揺れながらモルガの顔を眺めた後、今度は腰に下げているウルムケイトの声の魔剣の近くへ。
「……なんて言ってる?」
「仲間を見るのは初めてだって……まあ、そう会えるものでもないしね……」
気怠げに答えたウルムケイトの声の魔剣の言葉に、モルガは小さく笑いました。
しばらく眺めてても良いかと思ったモルガの後ろから、小さく音がしました。振り返るとノノが戸を開けていて、
「ししょー! お客様っていつもの場所で……ひゃっ!」
話しかけたノノの目の前に、素早い動きで精霊が飛びました。左右にふわりと動くその挙動に混乱しているノノに、モルガは大丈夫だよと声をかけます。
ノノはわかったと返した後、自分からは触れない精霊に小さく微笑んで部屋を後にします。
「……ねぇ、モルガ……」
「ん、そうだったウルムケイト。研ぎ方を教えてもらわないと――」
その光景をほほえましく眺めていたモルガの斜め下から、ウルムケイトの声の魔剣が再度話しかけました。モルガは頭を掻きながら研ぎの道具を用意しようとし、
「違う……モルガ」
その声は、普段の気怠げなものとは違う真剣なもので――
「ネス・アレイスの重圧の魔剣は今……仲間がもう一人いるって言ったんだ……ノノのことを、仲間の魔剣だって……そう、言った……」
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