#44 黒いマレキウムの訓練Part1
野犬の遠吠えが響く、満月の夜。
某地域には、ひっそりとした廃棄場があった。錆びまみれた自転車、車、バイク、その他もろもろのゴミ。足の付ける場所が存在しない程に敷き詰められ、異様な雰囲気を漂わせていた。
風が吹くたびにキィ……と、取れかかった自転車の取っ手が動き出す。だがそんな音をかき消すような、踏み潰しながら進む音が響く。
「……これ位なら十分か……」
黒づくめの男性だった。
その者がポツンと置かれた鉄の階段へと上る。段を踏むごとに軋み音が上がるも、崩れる事はなくそのまま最上階へと到達した。
やがて彼が廃棄物を見回す。すると手をかざし、紫色の光が発せられた。
その時、あるバイクが独りでに浮く。さらに周りの廃棄物が集まっていき、バイクへと取り付けられていった。
その姿が徐々に変わっていき、やがて人型へとなる。バイクを中心に廃棄物を手足にし、赤い目を持った怪物に。
(どうやらこういった事が出来るようだ……。それよりも……)
自分の能力を確認した後、彼がある事を思い出す。
はるか彼方に自分と同じような気配を感じるのだ。具体的にどういったのかは分かっていないが、それでも思う所が出来る。
「……色々とやってみなければ……」
興味が出てくる。自分の限界がどれ程なのかやってみたくなる。
そう考えた彼の口元が、人知れず怪しく上げていた……。
===
「ごめんね彩光ちゃん、休みだってのに」
「まぁ、別にいいですよ。本当はゴロゴロしたかったですけど」
道路を駆ける白いバン。その運転席には手塚、助手席には玲央が乗っている。
さっきまで家でゴロゴロしていた玲央だったが、そこに手塚がやって来たのだ。何でも付き合って欲しい事があるらしく、今に至るという訳である。
「あれからね、私と観月ちゃんは『ベルキウム』改善に急いでいるのよ」
「ベルキウム?」
「黒いマレキウムの事で、マレキウム・ベルムの略。ちなみにベルムは、戦争を意味するベッルムから取っているわ」
どうやら黒いマレキウムの正式名称を考えていたようだった。
しかもその名称が、玲央にとってカッコいいと思ってしまう。
「なんほど、名前はあった方がいいですからね」
「でしょう? まぁともかく、その力はマレキウム・ウォラトゥスに匹敵していてね。確かにそれを制御をすれば強大な戦闘能力になる。先日の脳波送信チップも取り除いたから、暴走する危険はないしね」
話している内に、窓の外が見慣れない光景へと変わっていった。どうも郊外に行っているようで、街並みがあまり見られない。
「それでもあの力が結構厄介なのよ。だから人気のない場所に、観月ちゃんを移す事になったって訳」
「何でなんですか?」
「見れば分かるわよ」
そう言ってきたので、黙っておく事にする玲央。
やがて目の前には工場が見えてきた。工場と言っても見た目から寂れているし、人気が全くない。明らかに廃工場だろう。
その前にたどり着いた後、車から降りる二人。と、微かにだが何かの音が聞こえるようになって、玲央が少しだけ驚く。
その理由は中に入ると判明したのだ。
「ハアアアアアアア!!」
駐車場と思われる広場には、岩の巨人がいた。その巨人に立ち向かう黒いパワードスーツ。
黒いパワードスーツがベルキウムなのは一目瞭然だった。そのベルキウムが鉤爪を展開させ、岩の巨人へと立ち向かっている。
対し、腕から岩の弾を連射する巨人。ベルキウムはそれらを鉤爪で粉砕しつつ接近――大きく振るうも、巨人がそれをかわしてしまう。
だがすぐにジャンプし、巨人へと接近。鉤爪を大きく振るって、岩で構成された右腕を粉砕していった。
形勢不利と悟ったのか、巨人が浮遊しながら背後へと下がる。するとベルキウムが次の攻撃とばかりに、腕を前に差し出す。
その鉤爪から赤い光が収束し、赤い光線が放たれるも……。
「ぬおおおおお!!?」
何と反動でベルキウムが吹っ飛ばされた。赤い光線が上空で打ち上げられ、そのまま消えてしまう。
一方でベルキウムの身体が、地面へと叩き付けられる。その時、岩の巨人がバラバラになりながら消滅しつつ、誰かが駆け付けてくる。
「藍ちゃん、大丈夫!?」
エメレンターになった紗香だった。つまりさっきの巨人は《ロックジャイアント》という事になる。
玲央もベルキウムへと向かっていくと、その黒い装甲が消える。すると中から、藍が姿を現した。
「……くそっ!? 何故制御が出来ない!!」
彼女が地面を拳を叩き付け、悔しがる。その姿を見て、紗香がいたたまれない表情となっている。
だが玲央の方はキョトンとした表情を浮かべるだけ。ベルキウムの改善をしているという話を聞いただけのなので、一体何がどうなっているのか分かっていない。
「一体どうしたんですか……? 何か変な事でも……」
「ああ、玲央ちゃん……。実はね、ベルキウムの威力が凄まじくて制御出来なくなってね……。私の《ロックジャイアント》で訓練されているんだけど、これが中々……」
「……気絶していた方が上手く使えたというのが皮肉だよ……いったいどうすればいいのか……」
黒いデバイスを見ながら、悔しそうに呟く藍。
マレキウムではそういう事がなかったので、玲央は意外感を感じる。前の暴走と言い、ベルキウムは相当操りにくい物だという事なのかもしれない。
「……どうする? もしくはベルキウムはやめて普段通りに行っても……」
「いや、そういう訳にはいかない」
紗香がやめるように提言したが、藍は首を縦に振らなかった。
彼女の目線が玲央へと向く。驚く玲央だったが、藍に至っては冷静であった。
「私は強くなった彩光に、遅れを取る訳にはいかないんだ。それにメッセージにあった災厄の影というのがある……このベルキウムなら、その災厄を倒す事が出来るかもしれないんだ」
「……藍ちゃん……」
藍なりの覚悟と言うべきか。一見すれば彼女の頑固とも見える。
ただ彼女の姿を見て、玲央は本気でやっていると実感した。こうなってしまうと、もはや
「……これは思いついた事なんだけど……」
玲央の隣にいた手塚が、真剣な表情で言ってきた。
三人の目線が一斉に振り向く中、彼がその『思いついた事』を説明する。
「ベルキウムの脳波送信チップを抜いたせいで、制御が出来ない可能性があるわ。だからと言ってあのチップを元に戻せばまた暴走をする。そこで何だけど玲央ちゃん、デバイス貸して?」
「ん?」
急に言われて、思わず眉をひそめる玲央。
「私はね、ベルキウムはマレキウムのプロトタイプと踏んでいるの。プロトタイプだからオーバースペックだし、暴走といった欠陥もある。それでマレキウムにある脳波送信チップを複製して……」
「ベルキウムに埋め込む……」
「そういう事、観月ちゃん。マレキウムの安全なチップを埋め込めば、ベルキウムを制御出来る可能性がある。ただデバイスを借りるから、それまでマレキウムにはなれなくなるけど……」
「別にいいっすよ」
「って早。いいの?」
「最近はヴィラン出現していないですし、その隙にやっちゃえば大丈夫ですよ。多分」
さすがに決断が早いので手塚達が驚く。もっともその辺、玲央は全く気にしていないのだが。
藍もまた例外ではなく、見開いた目で玲央を見ている。しかし彼女は表情を険しくさせ、玲央へと近付く。
「色々とすまない……。必ず、ベルキウムを私の手で使えるようにしてみる」
彼女が珍しく、深々と玲央に向かって頭を下げる。
そんな事をされて、逆に玲央の方が戸惑うばかりであった。
===
ある公園。
昼時には多くの人達で賑わっているのだが、今は夕方辺りなので人がほとんど見えない。見えるとするなら、あるベンチに二人の女子中学生がいる位か。
「そうなんだよねぇ。それで彼がさぁ」
「うんうん」
ロングヘアーの少女が彼氏の話をしていた。ポニーテールの少女が興味津々に聞いている。
それから彼女自身も何か話そうと思った時、ふと視線の先に何かが見えた。それは奥の樹木から見える、二つの赤い光。
「……ちょっとここで待っててね」
「えっ? あの……」
ポニーテールの少女が立ち上がると、赤い光が奥へと消えていってしまう。それを見過ごす訳にはいかず、すぐに追い掛ける。
樹木の中に入る少女だが、その赤い光を発していた者はどこにもいない。すぐに周りを見回しても、薄気味悪い木があるだけである。
恐らく逃げていってしまったのだろう。そう思った少女が肩をすくめてしまう。
「……早く戻ろう……」
諦めて友達の元へと戻ろうとした。そうして
察知をしたかのように、素早く背後へと振り返る。すると何者が攻撃してくるので、少女は咄嗟に回避する。
「……っ! 何なのこれ?」
顔を上げて確認すると、彼女が愕然する。
――ギギギッ……ガギ……
あらゆる産業廃棄物を束ねたような人型で、両腕には鋭い鉤爪が生えている。さらに正面には骸骨を思わせる顔が配置されており、そこから赤い眼光を発している。
さっきの眼光は、この化け物だと分かった少女。しかしその不気味さには、ただ息を呑むしかない。
「変身……うわっ!」
実は彼女は魔法少女である。変身して応戦しようとしたが、機械の化け物が振るう鉤爪からかわす。
変身し損ねてしまったのでもう一度しようと……しかし直後、足元に何がくるんでしまう。
「!? キャア!?」
それは鎖だった。振り返るともう一体の化け物がおり、腕から鎖を放ったのだ。
さらにもう一度鎖が射出され、少女の身体を雁字搦めにしてしまう。これで身動きが取れなくなってしまい、地面へと倒れてしまう。
「……よくやった……」
「!?」
その時、化け物の背後から声がしてくる。さらに暗闇からゆっくりと、それが姿を現す。
少女の足元に近付いたそれは、人間の男性のように見えた。その彼が雁字搦めになった少女を見下ろし、口角を上げていく。
「……これで……一人……」
口から、小さく声が出てくる。
その時、少女は恐怖を覚えた……。
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