#45 黒いマレキウムの訓練Part2

「ふうぅ……」


 夏樹が湯船に浸かっていた。

 テニスやら運動やらで疲れた身体を、こうして風呂で取っていくのが彼女の日課である。だからか風呂が大の好きで、夏休みに部員を連れて温泉を行ったりしているのだ。


 彼女が湯船の中で背伸びをすると、肌から水滴が零れ落ちる。健康的で瑞々しい肌は、まさにスポーツウーマンの彼女らしい物であった。


(……観月さん、大丈夫かな……)


 藍から黒いマレキウムを制御すると聞かされたので、心配になってしまう。

 一応紗香が付き合うと言っていたので大丈夫と思われるが、藍の方は強引な所もあるので油断は出来ない。そもそも黒いマレキウムの素性が分からない以上、危険も孕んでいる。


「……そもそもマレキウムって何だろうなぁ」


 独り言が風呂場に反響する。

 今更ながらマレキウムの事が気になってきたのである。普通の魔法少女とは色々と違うし、なおかつ戦闘能力が高い。


 まるで、ヴィランじゃない誰かと戦う為に生まれたきたようだ。


「……ん?」


 その時、風呂の脇に置いたスマホから着信音。一体誰なのかと、すぐに画面を見てみる夏樹。

 相手は紗香だと分かった。電話に出ると彼女の声が聞こえてくる。


『あっ、もしもし夏樹ちゃん。今大丈夫?』

「ええ、大丈夫ですよ。それよりもどうしました?」

『……大変な事が起きたらしいの……。東京にいる魔法少女が次々と行方不明になっているんだって……』

「えっ? 行方不明に?」


 突如の報告に、夏樹が驚愕をした。

 その彼女に対して、さらに説明をする紗香。


『十中八九ヴィランの仕業らしいの……それも魔法少女数人を捕縛するような狡猾な奴。だから今でも東京の管理課が調査をしているんだけど、これといった進展はなくて……。それで私と夏樹ちゃんが明日、その調査に協力する事となったの』

「僕と紗香さん……だけですか?」

『うん。あらゆる任務を成功させているから、管理課に優秀な魔法少女だとされたみたい。玲央ちゃんと藍ちゃんの方はベルキウム……ああ、黒いマレキウム完成の為に動けないし、七葉ちゃんが別の任務に行っているから、私達しかいなくて……』

「そうですか……」


 二人だけ。魔法少女を攫った存在に対してだと、少々心許ない。

 しかし玲央達がベルキウム改善の為に頑張っている。それに二人に頼ってはいられず、何としてでも解決をしたい。


 躊躇はなかった。夏樹は決心の表情をし、電話先の紗香へと頷く。


「行きましょう。合流は管理課で?」

『うん。それまでは休んでね。戦士は寝るのが大切って、手塚さんが言ってたし』

「手塚さんらしいですね……では、お休みなさい」

 

 紗香との電話を終わらせ、耳からスマホを離す。

 画像を切ると自分の濡れた顔が見えてきた。頷いた時の表情のままで、自分がどういった気持ちなのかというのがよく分かる。


「二人の分まで頑張らないとな。だって私は魔動甲女ラダーリウスなんだから……」


 その台詞は、自分を奮い立たせる為。

 自分も人々の平和を守る魔法少女。その姿勢を決して忘れてはならないのだ。


 


 ===




 ──翌日の事。


 郊外にある廃工場には、未だ激しい音が聞こえてくる。発生源は工場内の広場からであり、そこでは激しい戦いが繰り広げていた。


「ベルムクロウ展開!!」


 まずベルキウムに変身した藍。ベルムクロウという巨大鉤爪を展開した彼女へと、異形の集団が襲い掛かってくる。

 キマイラ、ドラゴン、そしてユニコーン。まずそのキマイラが炎を吐いてくるのを、藍は軽やかな機動性で回避。


 続いて角で串刺しにようとするユニコーン。それに対し、ベルムクロウで受け止め、大きくぶん回す藍。

 ユニコーンが宙に舞った所を、腕の銃口から光弾を発射。一瞬にして蜂の巣にし、消滅させていった。


 瞬間、ドラゴンが背後へと迫ってくる。藍は腰スラスターを吹かせて突進し、ベルムクロウで泣き別れにしていった。


「お見事。もう終わりにする?」

「いやまだだ!! 手塚さんが来るまで召喚してくれ!!」

「はいはい」


 藍へと尋ねたのは、ヴェパールとなった琴音だった。幻獣は彼女の部下なのである。


 これは昨日と同じようにベルキウムの訓練であった。手塚のチップ作成が遅くなるという事なので、完全に制御するまでこうしているらしい。


 なお訓練に付き合っている琴音だけではなく、玲央と晃もいた。余波に巻き込まれないよう、なるべく遠くの所で座っている。


「……彼女、頑張っているんだな」

「努力家だからね。それに今まではアルティメアだったから、色々と違うベルキウムに慣らせないといけないし、大変なんだよね」

「……もしそうだと思ってたら手伝えばいいのに」

「デバイスがないので、手伝う事が出来ないっつうの」


 デバイスはチップコピーの為、手塚が管理課に持って帰っている。だから玲央は訓練に参加出来ず、こうして漫画を読んで暇潰しをしている。

 その一方で、琴音がヒュドラを召喚していた。藍はベルムクロウで、九つの首を次々と掻っ切る。


 やがて最後の首へと向けて、ベルムクロウからレーザーを発射。昨日は反動で吹っ飛ばされたが、今度はコントロール出来たのかちゃんと首へと向かう。

 見事に着弾。少々外れてしまって首の一部が残ってしまったが、それでも切断する事に成功した。


「……やったみたいだな、あの子」

「うん、あの人は凄いから当然だよ」


 玲央にとっても、藍は天才だと思っている。彼女なら必ず制御出来ると信じてやまなかった。


「んっと、そろそろ昼時か……おい、そろそろ昼飯にしようか!!」

「おお、お昼!! 食べる食べる食べる食べる!!」

「……フン」


 変身解除しながらハイテンションに向かってくる琴音と、呆れながら向かってくる藍。この辺に二人の違いが見て取れる。

 その間に晃がバックからある物を取り出した。彼が手間暇かけて作った手料理……ではなく、ハンバーガーの袋だった。


「あれ、お弁当じゃないの?」

「急に玲央に付いて来てって言われたから用意してなくて……。それに乙宗さんと織笠さんがいない時に、弁当を食べるのってもおかしいしな」

「……ああ、はい……」


 手作り弁当を期待していたのか、琴音が落胆していた。

 一方で玲央と藍がハンバーガーを食べる。さらに玲央はポテトの束を鷲掴みにし、豪快に口の中へと放り込んでいった。


「意地汚いな、お前……」

「ん? ふんふぁひひまひは何か言いました?」

「……何でもない……それよりも、魔法少女を誘拐したのは一体誰だろうか?」


 玲央達は、誘拐の話を前もって聞いていた。それでその主犯が何者だろうかと、藍が考えている。

 これには玲央も思う所はあった。魔法少女数人を誘拐するなんて相当の強敵なのかもしれない。それに魔法少女を誘拐してどうするのかという所も気になる。


 ただ、これだけは譲れなかった。


「誰なのか分かんないですけど、紗香さん達なら絶対大丈夫ですよ」

「……!」

「だって、紗香さん達ですし……」


 藍が玲央へと振り向いてきた。しかし目線に弱い玲央はそっぽを向き、ジュースを飲む。

 

「……そうだな。あの人達なら大丈夫だよな。お前の言う通りだ」


 その話を聞いて安心でもしたのか、藍がフッと笑っていた。

 彼女の手が玲央の肩へと置かれていくも、玲央は反応せずハンバーガーを頬張るだけ。その光景がおかしかったのか、晃と琴音が互いに微笑む。


 その時、


「あっ、いたいた。お待たせ皆」

「!」


 その声に玲央達が振り向いていった。そこにはやはりと言うか、手塚がいたのである。

 彼の登場に強く反応したのは藍だった。彼女がすぐに立ち上がり、手塚へと近寄る。


「手塚さん、もしや出来たのか?」


 彼女が尋ねると、手塚は返事はしなかった。

 ただニヤリとしながらポケットからある物を取り出す。それは透明なケースに入れられた、小さい黒いチップ。


 それを確認した藍が、手塚と同じように笑うのだった。


 


 ===




「いや!! いや、来ないで!!」


 薄暗く、灰色の壁に覆われた空間。

 まるで地下駐車場の中か、あるいは建設途中のビルを思わせる。いかにも近寄りがたい空間だったが、そこに少女の悲鳴が上がっている。


「……お願い……来ないで……」


 彼女はかつて、ある公園で友達といた魔法少女だった。

 しかし今はどういう事か。身体中が黒い糸に覆われ、身動きが取れない状態になっている。


 さらにそこにゆっくりと迫る足音。一歩、また一歩と、音が彼女の耳に届く。


「いや! やめて……!! アアアアアアアアアアアアアアア!!」


 空間に、甲高い悲鳴が湧き上がる。 

 その瞬間、足音も、彼女の悲鳴も、何もかもが聞こえなくなってしまった……。

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