エピソードⅡ
#8 玲央に襲い掛かる悲劇
(こんな事……こんな事があってたまるかぁ!!)
玲央は愕然とするしかなかった。ただただ崩れ落ち、嘆くしかない。
玲央に渦巻いていく負の感情。彼女が涙目で、その小さい唇を噛み締める。
(何で……何で……何で第三巻だけ抜けてあんの!? 誰だよ、そこだけ借りた奴!!)
そう、第三巻だけ抜けてあったのだ。だからこそ嘆いているのだ。
今、玲央は地元のDVDレンタルショップにいるのである。ある深夜アニメのDVDを借りようと足を踏み入れたのだが、いざ見てみると三巻だけが抜けてあるという屈辱が目に入ったのだ。
深夜アニメは前にヒットした異世界ファンタジーのロボット物。ロボット好きな主人公がロボットのある異世界に飛ばされ云々の話で、玲央がもう一回見たいとここに足を運んだ訳である。
それが三巻だけ抜けているとなると、全話見れないという事なのだ。そう考えると玲央が嘆くのも無理はない。
「はぁ、別のにするか……」
玲央は諦めてVRMMO(仮想現実を舞台にしたストーリー)物を借りる事にした。
残念顔が女性店員を困惑させるのだが、そんな事も気付かずに外に出てしまう玲央。その足取りは乏しく、まるでゾンビを思わせるような姿であった。
やがて、自分のマンションに到着した玲央。居間に入ると、ソファーには兄の晃が座っている。
今日は二人とも学校は休みである。その晃がスマートフォンをいじっているが、どうせ料理レシピを見ていると思った玲央は覗こうとは思わなかった。
「おお、お帰り……って何かやつれているように見えるけど、どうしたんだ?」
「……例えるなら……ゲームで毒状態にされた気分……」
「意味分かんねぇよ。おっ、お前の先輩が映ってるぞ」
「ああん?」
晃がスマホへと指差すので覗いてみると、ある某動画サイトが表示されていた。さらには『魔法少女の戦闘PART2』とタイトルが振られた動画もある。
彼の言う通り、動画には管理課での先輩である乙宗紗香が映っている。なお前に玲央自身から教えた事があるので、晃は彼女の事を一応知っていた。
『グオオオオオオオオオオンン!!』
ある街の道路でエレメンター姿になっている紗香。そして彼女の前には、何と巨大な猛獣が唸り声を上げているのだ。
狼と熊を掛け合わせ、小屋程の大きさを持った灰色の猛獣。どう見てもヴィランの一つであるモンスターで、そいつが咆哮をしながら紗香へと向かう。
紗香がモンスターの突進を回避した。すぐにその背後へと回り、呪文を唱える。
『敵を焼き切れ……《サンダーボルト》!!』
モンスターの頭上に四つの稲妻が発生。モンスターへと降り落ちる。
体表に着弾し、破裂する放電。モンスターからは悲鳴が聞こえ、灰色の体毛を黒焦げにさせる。
次に紗香が氷魔法 《アイスニードル》を唱えた。一本の氷柱が出来上がり、今度はモンスターの頭部へと直進した。
『アガッ!?』
見事に脳天へと突き刺さった。生物にとっての急所をやられたモンスターがぐらりと力尽きる。
戦闘が終わったようで、一息を吐く紗香。その後、もう用がないとばかりに家の屋根へ飛び移り、動画から姿を消していった。
「これって隠し撮りじゃん。アキ君がこれ見るなんて意外」
「レシピ動画を見てたら、関連動画にこれがあっただけだよ。それよりも乙宗さんだっけ? 彼女、どれ程魔法を持ってんのやら」
「ああ、確か前に言っていたけど、火と雷と氷と土……四つだって。魔法もその気になれば増えるとか」
「へぇ」
エメレンター(エレメントのもじり)の名を持つ魔法少女だけあって、属性魔法を使役する事が出来るらしい。さらには今は属性につき魔法は一つだけだが、鍛練すれば増えるだとか。
『kkkkkkkkk 一時間前
すげええ、かっけええ!!』
『△△△ 一時間前
ローブって辺りが魔法使いって感じだよな。ファンタジー感があっていい』
『◇◇◇◇◇ 二時間前
くそっ!! 顔がよく見えねぇ!! 絶対に可愛いはずなのに!!』
動画の下にはコメントがずらりと並んでいる。どれも紗香に対しての高評価ばかりだ。
どうも紗香は男性から人気のようである。管理課に所属してからかれこれ一週間一緒に働いているが、その管理課の男性研究員から「可愛い」「優しい」とか好評の声が聞こえてくるのだ。
確かに美人なのでそういう所は致し方ないだろう。ちなみに玲央はチビなので男受けがよくないが、女性研究員にはよく「ちっちゃくて可愛い」と褒められる事もある。
「それよりも先輩が頑張っているんだ。お前も足を引っ張らないように頑張れよ」
「うるせぇや。それよりも飯よろしく、腹減った」
「はいはい、たまにはお前も……」
何かいいたげだった晃だったが、玲央はまたしても聞かない振りをしながら部屋に入っていく。
早速借りたDVDを見ようとするが、その時にポケットから着信音が流れてきた。取り出すと、スマートフォンの画面には『手塚実』という文字と、彼のメールが一つ。
『明日、魔法少女の身体実験をするわ。別に嫌らしい事はしないから、その辺は安心してね。
後、第五管理課から一人魔法少女が異動してくるから、そこんとこよろしく』
「……魔法少女……誰だろ?」
ウィッチ管理課は第一、第二と各地に存在している。第六はその内一つという事だ。
その第五から魔法少女が来るとの事で、一体誰だろうかと思う玲央。しかし明日に分かるかと一瞬で納得し、すぐに借りたDVDを見る事にした。
この後、アニメに夢中で夕食の声に気付かず、晃にげんこつされたのは別の話である。
===
マンションから第六ウィッチ管理課はかなり遠い。なので玲央はマレキウム姿で建物の屋根を飛び移り、管理課の敷地内へと到着した。
これでならバスで通勤するよりも、早く到着する事が出来る。人がいない事を確認した玲央がマレキウムを解除。すぐに管理課の中にある教職員室へと足を運んでいった。
「あらっ、来たみたいね」
数人の教職員がいる中、一人コーヒーを飲んでいる手塚。
その彼が玲央に気付き、コーヒーカップを机に置いていった。
「昨日電話したように、あなたの数値を調べる為にテストをしてもらうわ。すぐに終わると思うから」
「はぁ……ところで紗香さんは?」
「今日は休み。それとね、例の魔法少女はある場所にいるわ。案内してあげる」
そう言って、彼が教職員室から出て行こうとする。その後を付いて行く玲央。
彼らが向かったのは、教職員室の下にある地下一階である。エレベーターを使って着くと、体育館のような広い部屋と、その間にある強化ガラスが見えてきた。
「ほら、あそこ」
「ん? ……あっ」
強化ガラスの奥には、円を描くように立てられた五本の太い鉄棒がある。
その鉄棒の間に、一人の少女の姿があったのだ。黒いショートヘア、きりっとした目つきが似合う凛々しい表情。そして何より、黒いコートと指ぬきグローブが最も特徴的。
少女が瞑想をしながら立っている。そして深呼吸をし、蹴りを繰り出した。
『ハァア!!』
ゴウ!! 表現し難い鈍い音と共に、鉄棒が曲がる。
あくまでも
すぐに他の棒を蹴り倒す少女。固い物を無理やり曲げているので強烈な音が響き渡ってしまい、思わず玲央が耳を塞いでしまう。
そうして棒は例外なく折れ曲がってしまった。その中で少女がもう一回深呼吸をした後、やっと玲央達に気付いた。
『むっ、見ていたのか……手塚さん』
「黙っててごめんね。でもお見事だわ。
彩光ちゃん、紹介するわ。彼女が東京の第五管理課で活躍していた『
観月ちゃん、この子が前に話した彩光玲央ちゃんよ」
『……観月藍だ。初めましてだな、マレキウム』
何やら硬い表情をしながらも、一応挨拶をする藍。
玲央はそのまま彼女へと「どうもです……」と頭を下げる。対し藍が胡散臭そうに見ていたのを、彼女は気付く事はなかった。
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